第五話
そして、ストックが尽きる……なるべく早く続きを書けるようにします。宜しければ感想&ブックマーク、お願いします。
「……ねえ?」
「なんでしょうか?」
「私、言ったよね? あんまり無茶しないでって! ねえ、なんで!? なんで私の言う事聞いてくれないの!?」
SHR終わり、職員室の自分の机の上に置いてあった『学園長室に来ること!!!』と書かれた紙に首を捻りつつ、学園長室に入ったロッテを待っていたのは夜叉もかくやと言わんばかりの表情で血走った眼を向けるリーゼの姿であった。
「すみません、リーゼ? 無茶とは?」
「貴方、結城さんに向かって『今日も綺麗だね』とか言ったらしいじゃない!! 既に学園中の噂よ! なんとか言ったらどうなの!」
「ショートホームルームからまだ十分やそこらなのに、随分と話の回りが早いですね」
「女子高生の噂話好き舐めんな! っていうか、釈明! 釈明は無いの!?」
「アンが美しいのは自明の理ですよ?」
「そういう話じゃ無いの! なんで? なんであんな事言ったのよ!!」
「ですから、あまりにもアンが愛らしかったので。つい、口から出たのですよ」
「口から出たのですじゃないわよ! 問題行動は起こさないでって言ったじゃん! 私の話聞いてた!?」
「美しいものを美しいと言うのに何か問題でも?」
「生徒と教師なのが問題なの!! 依怙贔屓って言われるでしょう!? なんで分かんないかな!?」
そう言って頭を抱えるリーゼ。目の端に涙が浮かんでいた事に、少しだけ、ほんの少しだけロッテは申し訳無さそうな表情を浮かべて見せる。
「リーゼ? その……」
「……なによ。言い訳は聞きたくない……」
満身創痍、死んだ魚の様な目を向けるリーゼに。
「いえ、言い訳ではなく。話が終わったなら次の授業がありますので、もう宜しいですか?」
「勝手にしなさい、このバカロッテ!!」
リーゼの怒声が理事長室中に響いた。
◆◇◆◇
一時間目、二時間目をまるまる現国の時間に当てて貰ったロッテは、一時間目を使って実力テストを実施した。大沢辺りは不満そうにぶーたれていたが、全くスルーでテストを行い、十分間の休憩時間で手早く採点、二時間目のスタートはテスト返しからとなった。
「全員、テストは返って来たか?」
右上で踊る点数に悲喜こもごもの表情を浮かべる乙女たちを見やりながら、ロッテは言葉を続けた。
「今回、問題を幾つかの分野ごとに区分けした。そうだな……大沢、分かるか?」
「は? なんで私に聞くのよ?」
「お前のテストが最低点だったからだ。点数を言おうか? 点数は――」
「い、言わなくて良いわよ! 小説と評論文! そうでしょう!?」
顔を真っ赤にして睨みつける大沢を華麗にスルーし、ロッテは首を振って見せる。
「流石、最低点だけある。外れだ」
「はあ!? そうじゃん!」
ガタンと椅子を蹴立てた大沢。その行動にクラスの視線が集まり、そしてその視線がロッテに向かう。その視線を受け――そして、その視線が皆一様に同じ事を問うているであろう事を理解し、ロッテは黒板に顔を向けた。
「モノの本に寄ればこの国語、特に『現代文』と言われる科目は『センスが大事』などと言われる風潮にある様だな。勉強しても点数が取れないや、そもそも勉強の仕方が分からない、或いは勉強など不要という戯言も流れているらしいが……そんな事はない。逆に、この分野こそ点数を伸ばす事が出来る分野だと言っても良い」
そう言ってロッテは黒板に向かってチョークを走らせる。物の数十秒、黒板に文字を書き終えたロッテは視線を大沢に向けた。
「読め、大沢」
「だから、なんで私に――」
「さっさと読め、大沢絵里香三十二点」
「――言うんだって、点数言うな! プライバシーの侵害よ! ①読む②書く、でしょ!」
「その通りだ。国語の勉強法はこの二点しかない。一番は読む事で、二番は書く事だ。それで国語の点数の八割程度は簡単に取れるだろう。なあ、三十二点」
「なんで点数で呼ぶのよ! っていうか、何言ってるのよ、貴方! 読むと書く? 当たり前でしょ! そんなんで国語の点数が上がる訳ないじゃない!」
激高し、それでも少しだけ小馬鹿にした様な大沢の態度に、ロッテが肩を竦めて見せる。
「その通りだ。だが、それは逆説的にその『当たり前』の事が出来ていないから君たちは点数が上がらない。君たちのしている事は読んでいるのではない。ただ、文章をなぞっているだけだ。言い換えればこうなる」
そう言ってロッテは『読む』と『書く』の二文字を消し、その下に『読解』と『解答』と書いて見せた。
「『現代文』で最初に躓くポイントは此処だ。読解が出来ていないから何を答えて良いか分からず、結局的外れな解答しか出てこない。大問の一番はそんな問題ばかりを集めた。これは読解力が高い人間であれば簡単に点数が上がる様な解答を用意している。此処の点数が良かった者は安心して良い。君たちの点数は概ね簡単に伸びるだろう」
ロッテの言葉に、クラスの半数程度の人間がほっと息を吐く。大沢? 渋い顔のままだ。
「次、大問の二番だ。此処は二番目の『解答』の力が試される問題を用意した。解答力、と言い換えても良い。一番の発展形だが、此処は『どこを切り捨てるか』が重要になってくる。意味が分かるか、おおさ――」
一息。
「――すまない。解答者を変えよう」
「どういう意味よ!」
「大沢には少し難しすぎる。済まなかった、私のミスだ」
「バカにしてんの、アンタは!」
叫ぶ大沢をしり目にロッテは視線を教室内に睥睨し。
「……アン?」
「……あの、先生? 流石に下の名前で呼ぶのは勘弁して欲しいんですが……」
「なぜだ? 私と君の仲じゃないか」
「誤解を招く! 事故の被害者と加害者ですよね!?」
「生徒と教師の関係もあるが……まあ良い。なんだ? 生徒一人を下の名前で呼ぶのが不満か?」
「ええっと……はい、まあ……そうです」
「……ふむ、確かにそれは一理ある」
明確に『差別する』とは言ったが、『贔屓』はまた別。リーゼにも言われたし、と、そう思いなおしてロッテは顎に手を当てて何かを考え込み、そして閃いた様に手をポンと打って見せる。
「……エリカ」
「…………は? ……は、はあ!? なんで急に私のことを下の名前で呼ぶのよ!」
「吠えるな、やかましい。私だってイヤでイヤで仕方ないが……だが、お前の事を名前で呼べば、アンだけが特別視される事も無かろう。唾棄すべき事ではあるが、我慢だ」
「なんでそこまで言われて下の名前で呼ばれなきゃいけないのよ!? そこはアンの事を結城って呼べばよくない!?」
ごもっともである。が、ロッテはそんな大沢――エリカを華麗にスルーし、アンに微笑みかけた。
「さて、アン? それでは問題を出すぞ? 第一問」
笑顔を浮かべたままで。
「『私はある女子高生が好きだ。あの人はとても可愛い人だ』」
「犯罪の香りしかしないじゃない! なに考えてんのよ、アンタ!?」
「やかましい、おおさ――じゃなく、エリカ。ともかくアン? この文章の『あの人』とは何を指す?」
「え? これ、私が答えるんですか? なんか凄い事故の香りしかしな――ああ、はい、わかりました。分かりましたから、そんな泣きそうな顔しないでください! えっと……ある女子高生?」
「正解だ。それでは第二問。『私はある女子高生が好きだ。笑顔が可愛く、意思の強い瞳を持ち、誰にでも優しいあの人が』さて、この文章の『あの人』は誰を指す?」
「……ある女子高生」
「では第三問。『私はある女子高生が好きだ。笑顔が可愛く、意思の強い瞳を持ち、誰にでも優しいあの人が。私が事故を起こし入院していた時、病院にお見舞いに来てくれた。あの時彼女の顔を初めて見て、私は体中に電流が走った様なある種甘美な感覚を覚えた。その時の感動をいまでも忘れないし、むしろ私の中ではあの人こそ運命の人だと思っている。ああ、可愛いよ、アン』……さて、それで――」
「ちょ、ちょっと、先生!? 最後なに、最後!」
「ああ、済まない。気持ちの発露だ。ともかく、この文章の『あの人』『あの時』『その時』は?」
「は、発露って……え、ええっと……あの人は女子高生、あの時は病院にお見舞いに来てくれた時、その時は……体中に電流が走った様な甘美な感覚を覚えた時?」
「正解だ。流石、アンだな。ちなみに解答の三番に関しては『彼女の顔を見た時』と答える人間も少なからずいる。彼女の顔を見た時ではその後ろの文章、『感動』に掛かっていない。彼女の顔を見て感動したわけではない。電流が走ったような甘美な感覚に感動したのだからな。後は答えが長過ぎるパターンだ。『彼女の顔を見て電流が走ったような~』と続けるパターンだな。これは文章を要約出来ていない事に起因する。つまり、問題が『読めて』いないんだ」
そう言って教室内を一瞥――アンに笑いかける事を忘れず――し、ロッテは言葉を継いだ。
「此処まで出来れば現代文に関しては七割は確実に取れる。先程言った通り、文章を読めて、そして書ければ十分にテストの点は取れるという事だ」
そんなロッテの言葉に教室の中央から遠慮がちに手が上がる。
「どうした、金沢?」
「え、ええっと……済みません、漢字、とかはどうでしょうか? その、暗記が苦手で……」
「勉強方法は幾つかあるが、どちらかと言えば漢字に関しては暗記が一番簡単で、そして早い。入試問題で『憂鬱』や『薔薇』が問われる事はまず無かろうし、漢字検定の……そうだな、準二級程度の漢字が覚えられればまず問題ないと思うぞ?」
ロッテの言葉に少しばかりしゅんとした表情を見せる金沢。その表情に苦笑を浮かべながら、ロッテは口を開いた。
「金沢は文章題の方は十分な点数を取っているな。読めるけど書けない、というヤツか?」
「あ、はい。そもそも、文字を書く事って……あんまり、ないし」
「文章が読めるのなら、漢字を意味で覚えるという方法が良いかもしれないな。簡単な例だと『親』という漢字だ。これは『木の上に立って見守る』、つまり視界の開けた所から我が子の安否を確かめようとする親心から出来た言葉だ」
「……あ。それ、覚えやすいかも」
「それは良かった。ただ覚える、という作業が嫌いなら、エピソードと結び付けて覚えるのも一つの方法だ。『暗記』が近道ではあるが、暗記の仕方に正解はない。自分が覚えられればそれで良いんだ」
そう言ってロッテは腕を組み、少しばかり宙に視線を飛ばす。
「……ふむ。なるほど、そういう方法もアリか。金沢、今度頻出漢字の覚え方に関するエピソード表を纏めよう。必要ならば使ってくれれば良いし、不要なら捨ててくれ」
「え? で、でも! そんな……申し訳ないですよ」
「何を申し訳なく思う必要がある。これはビジネスだ、金沢。私は君が点数を取れる様にサポートし、君はそれを実行する事により確実に成績を上げる。それにより私の待遇は良くなる。WIN-WINの関係だろう?」
そう言ってにこやかに微笑むロッテ。その姿に、教室の後ろの方から遠慮がちに手が上がった。
「どうした、菊池?」
「その……問題の最後の所、凄く分かりにくかったんですけど」
「ん? 最後の問題?」
そう言って、ロッテは手元の模範解答に視線を送り。
「ああ、『オタサーの姫の生態』に関する話か?」
「そ、そうです! なんですか、オタサーの姫って! な、なんか専門用語? みたいなのがいっぱいでワケ分かんなかったんですけど!」
「現代国語の答えは全て――まあ、漢字などを除いてたが、概ね文章中に答えが書いてある。先程言った『読解』が出来て『解答』が出来れば点数が取れる。が、可能であればその評論文の背景、つまり『何について書かれているか』を最初から理解出来ればなお簡単だ。中川?」
そう言ってロッテは視線を菊池から外し、教室の隅で眠たそうに眼をシパシパさせている少女に向けた。
「……なんです?」
「君は漫画研究会だろう? 偏見込みで敢えて言うが、『オタサーの姫』について予備知識はあったか」
「はい」
「どうだ? この問題に書かれている事は……そうだな、『難しかった』か?」
そんなロッテの問いに中川はグッと親指を立てて。
「余裕っす」
「だ、そうだ。これが菊池の好きな事……済まない、寡聞にして菊池の好きな事を知らないが、仮に好きなテレビドラマの制作裏話とかであれば興味がわかないか? 実はある俳優とある女優がドラマの制作現場の裏でこっそり、なんていう恋愛話とかな」
「湧きます! 凄く湧きます!」
目をキラキラさせる菊池にもう一度苦笑を浮かべ、ロッテは視線を教室内の生徒全体に向ける。
「現代国語で『本を読む事』が推奨されるのは実は此処にある。無論、スピードや読解力を鍛える意味合いもあるが、最初から問題の背景を『知っている』というのは実は何にも代え難い財産だ。読解も出来て解答も出来る生徒に関しては本を読む事を推奨する。君たちの経歴や所属の部活などを勘案し、なるべく興味の無さそうなモノをな」
静まる教室をもう一度、一瞥。
「次の授業からは個人ごとのレベルに応じて毎授業、問題を作成してくる。読解が出来ない人間には読解を中心に、解答が苦手な生徒には解答を中心に、どちらも出来る生徒には背景知識を補うための本を用意しよう。漢字の問題集も配布する。エピソード付きでな。何か質問はあるか?」
そのロッテの言葉に、静まり返った教室から一本手が上がる。アンだ。
「どうした、アン?」
「え、ええっと……先生、今『個人ごと』って言いました?」
「言ったが、それがどうした? 不満かい、アン?」
「ふ、不満じゃなくて! え? だってこのクラス、四十人いるんですよ? 毎回毎回、四十人分の問題を作ってくるって言うんですか!?」
「一人一人、レベルが違うんだ。そのレベルに応じた問題を作って来るのは当然だろう? 学力がバラバラの生徒に指導するのに画一的な問題では、個々人のレベルアップなど到底図れないと思うが?」
そう言って首を捻るロッテ。そんなロッテに、先程の金沢が遠慮がちにもう一度手を上げた。
「その……せ、先生? それって物凄く……大変じゃないです?」
「大変?」
「だ、だって毎回四十人分ですよ!? しかも、『次の授業』って、次は五時間目と六時間目ですよ? そ、そんなの……」
言い淀む金沢に、ロッテは心底分からないと言わんばかりに首をもう一度捻り。
「たった四十人だろ?」
……まあ、フレイム王国宰相として政治、軍事、財政と多岐に渡る、それも正解の無い問題を解き続けて来たロッテだ。小娘の国語の問題程度、造作もないっちゃ造作もない。
「仮に君たちが私の心配をしてくれているのであれば、有り難く思うが無用な心配だ。君たちは自分の成績だけを心配すれば良い。恩義に感じてくれるのであれば、成績を上げさえしてくれれば良い。そうする事によって、作る問題の数は相対的に減るからな。それに――」
そう言って、ロッテは視線を松代梢に固定する。
「――問題文を作成するのは正確には三十九人だ。松代梢、百点。君は授業中、好きな事をしてくれれば良い。必要があれば言ってくれ。その時に問題を作成しよう」
そんなロッテの言葉に無表情にピースサインを作り、『いえーい』なんて松代梢は言って見せた。




