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▲7話



 ――ロッテ・バウムガルデンというある男の話をしようと思う。



 ロッテ・バウムガルデンはオルケナ大陸にあるフレイム王国でも指折りの名門商会、バウムガルデン商会の三男としてフレイム王国王都ラルキアに生を受ける。上の二人が男の子であり、幾らか年が離れた末っ子という事で出来れば女の子を――政略結婚による一層の商会の発展的にも、異性の子供は可愛いという俗説的にも――熱望した父の期待を裏切る様、珠の様な男の子として。

 気を落としながら、それでも父も、そして母もロッテに愛情を持って接した。女の子が生まれたら付けようと決めていた『シャルロッテ』という名前を諦めきれず、『ロッテ』という名前を付け、大事に大事に育てた。

 跡取りである長男、良く言えば跡取りの補佐的役割、悪く言えばスペアの役割を期待される次男と違い、商家の三男は商会にその居場所が無い事が多い。フレイム王国の財界を牛耳る『九人委員会』に名を連ね、押しも押されぬ大商会であるバウムガルデン商会に置いてもそれは例外ではなく、また年の離れた二人の兄が比較的商人としては優秀であった事もあり、大店の商家の坊ちゃん嬢ちゃんがする様にロッテもごく普通に家庭教師から勉学を学び――そして、その『才能』を開花させる。ロッテには才能があったのだ。


 大した努力もせずに、物事を身に付ける事が出来る、という才能が。


 ロッテの才を、父も母も愛した。運の良い事に、バウムガルデン家には唸る程に金があった。乾いた綿が水を吸収するように、どんどんと知識を吸収していくロッテに、父や母は優秀な家庭教師や高価な書物をまるで湯水の様に与えた。与えれば与えるだけ、ロッテは吸収していく。そうすれば、その姿を喜んだ父と母により、また新たな知識がロッテに与えられる。成長するロッテに目を細めながら様々な知識を与える事は、ある種両親の趣味の様になっていたが、或いはそれは商会に居場所がないロッテに対し、何処に出ても、何をしても飢える事の無い様にという両親の精一杯の愛情であったのかも知れない。そんな両親の願い通り、ロッテはラルキア大学に首席で入学、そして一度も首席の座を渡す事無く無事に卒業を果たし他の優秀な卒業生と共に、中央省庁である『王府』へ奉職する事になる。

 王府に奉職してからの数年間は、ある意味ではロッテ・バウムガルデンがその人生で経験した初めての暗黒時代であったかも知れない。ロッテが入庁した当時、王府は唯の政庁ではなく、貴族階級の社交場の側面もあり――そして、年功序列の激しい職場だったからだ。


 無能でありながら、『年齢』だけで自分の上に居る上司。


 無能でありながら、『家柄』だけで自分の上に居る上司。


 無能でありながら、『縁故』だけで自分の上に居る上司。


 無論、ロッテ自身にも非が無かった訳ではない。

 ロッテの頭の回転の速さは、優秀な人材を集めた筈の王府の中でも飛びぬけて速かった。他の人が三日かかる仕事も一日と掛けずにやり上げ、その上で平然としている。苦労をしたり、失敗をしたり、或いは師事を仰ぐ『フリ』だけでもすればまだ可愛げがあるが、ロッテにはそれも無い。ロッテ自身、そんなつもりは毛頭なかったが、その態度が『鼻に掛けてる』と思われる事も多々あった。『同僚、上司との意思疎通に著しい問題あり』としてロッテをクビにする案も出たが、ロッテの家は豪商であるバウムガルデン家だ。クビにする訳にもいかず、困った当時の上司たちは、ロッテを同期で最も速く昇進させる事にした。

 ――文書管理局文書管理課の課長という閑職へ、栄転という形で。

 三日に一度上がって来るか来ないか分からない書類に、ただ承認の判子を押すだけの簡単なお仕事。それも、『王城のゴミ捨て場の変更』や『先日行われた夜会に関する報告』などの、本当にどうでも良い、誰がやっても変わらない書類にただ判子を押すだけだ。元々、退庁が近い職員に宛がわれるポストであり、二十代の働き盛りのロッテに与えられるポジションではない。当然、ロッテは腐った。与えられたポストで全力を尽くそうにも、そもそも全力を尽くす程の仕事が無いのである。毎朝、一応庁舎へ出仕したロッテが与えられた課長室での昼寝を日課にしていたのはこの時である。別に、王府だけが仕事ではない。元々商会の三男坊、商売のやり方だって門前の小僧なんとやら、だ。ロッテは決意する。折り悪く、自身の上司である管理局長が出張中であった為、彼の出張が終わってから退職願を出そう、と。

 明日には局長が出張から帰って来るというその日、今後の新生活に期待を膨らませたロッテのもとに、一枚の書類が届いた。裁可を求める政策案だが、流れる様な綺麗な字で書かれたその政策案は着眼点は面白いものの、まだまだ青臭さが抜けない理想論だった。こんな政策案が文書管理課に回って来たことに少しだけ眉を顰め、最後ぐらいは好き勝手にさせて貰おうかと、ロッテは計画の改善点をその政策案に付して突き返した。明日になれば、文書管理課がその組織の設立以来初となる『否認』で返して来たと騒動になるだろうとほくそ笑み、それでも久々に仕事をし、充実した気分になったロッテが上機嫌で家に帰り、次の日の朝に王府に出仕すると机の上に一枚の書状が置かれていた。貴殿の意見は中々興味深い、出来れば一度会って話がしたい、と書かれたその書状の一番下には昨日も見慣れた達筆な字で差出人の名前が書かれていた。


 ――フレイム王国王太子、ゲオルグ・オーレンフェルト・フレイムの名が。


◆◇◆◇


「……ロッテ様。その……お、お慕い申し上げております! よ、宜しければ、その……け、結婚を前提に、お付き合いをして下さいませんか!」


 頬を真っ赤に染めたまま、それでもクリクリとした潤んだ瞳をこちらに向けて来る女性に、ロッテはそうとは分からない様に胸中でだけ溜息を吐き薄く笑む。

「……ディードリッド様、お気持ちは大変嬉しく存じます」

「で、では!」

「ですが……済みません、今は私もまだ結婚などは考えられないので御座います」

 丁寧に、気持ちが伝わる様に頭を下げる。頭上で、ぐすっとディードリッドが涙を呑んだのが分かった。それでもロッテの真摯な態度に納得をしたのか、肩を落として立ち去る件の彼女を溜息と共に見送り、ロッテは心持『じと』っとした視線を柱の陰に向けた。

「……で? お前はそこで何をしている、カール?」

「……あちゃー。ばれた?」

「そんなでかい図体で何を言っている。バレるに決まっているだろう。隠れきれてない」

 ロッテの言葉に、バツの悪そうな顔をして一人の男が柱の陰からひょこっと顔を出す。年の頃はロッテと同じくらい、『ワイルド』と称すのがぴったりの中々に目鼻立ちの整った成人男性――フレイム王国近衛騎士団団長にしてローザン侯爵家当主、カール・ローザンである。

「仮にも近衛の団長がこそこそと盗み聞きなどするな、みっともない」

「いや~、別に盗み聞きするつもりは無かったんだけどよ? お前を探しに来たら、こう……たまたま今の場面に遭遇しちまって……っていうか、アレ、ディードリッドだろ? え? なに? 愛の告白?」

「見ていたのだろう? ならば、そのままだ」

「いや、そうだけど……でも、なんで断ったんだよ? ディードリッド、別嬪さんじゃねーか。化粧だって凝ってるし、若い貴族の娘の中では一番人気だぞ、おい。おっぱいも大きいし」

「貴様と言う奴は……」

「あれ? お前、巨乳派じゃねーの?」

「女性の評価を胸でするな。そもそも、ディードリッド様はまだ十五歳か十六歳だろう? 幾つ離れていると思うんだ」

「お前、三十八だっけ? いや、でも別に珍しくないだろう? 二十やそこら離れての結婚なんて。三十ぐらい離れてる結婚だってあるぞ?」

「そうかも知れんが……だが、私はお断りだな。流石に二十も離れた少女と結婚するつもりはない」

「若い嫁さん貰うのって男の夢じゃねーのかよ?」

「若ければ良いという訳ではない。夫婦になるという事は、お互いに高め合うという事だ。現状、ディードリッド様と婚姻を結んだとしても高め合っていける未来が想像できないからな」

「……出た」

「……なんだ?」

「お前さ~……なんだろうな? お前がそういう考えなのは分かるケドよ? ただ……あー……うん、もうちょっとさ?」

「……奥歯に物が挟まった様な言い方だな? どういう意味だ? はっきり言え、はっきり」

 ロッテの言葉にポリポリとカールが頭を掻く。その後、ちらっとロッテを見た後、諦めた様に溜息を吐いた。

「もうちょっと、周りも立ててやれよ」

「……なんだ、それは」

「内務局のマーシャルがこないだ献策しただろう? 近衛に関する意見具申」

「マーシャル……ああ、そんな事もあったな」

「お前、一刀両断したらしいじゃねーか」

「一刀両断はしていない。ただ、着眼点が普通過ぎるし、現状の把握が出来ていないし、案としてもまだまだ練れていない上に根回しも下手くそだ、と言っただけだ」

「……それ、一刀両断じゃねーか」

 呆れた様に肩を竦めて見せるカールに、ロッテは眉根を寄せる。

「……そうか?」

「そうだよ。お前がああいう仕事の仕方をするから、若いのが皆、お前に怯えて政策の具申をしないんじゃねーか。お前、一人でフレイム王国を回すつもりか? そんな事、お前に出来るのかよ? なあ、王府次長様よ?」

 少しだけ小馬鹿にした様なカールの言葉。その言葉に、ロッテは小さく首を振る。


「やれと言われればやる自信はあるが?」


 縦に。そんなロッテに、カールがガクッと肩を落とした。

「……そうだよな。お前、やれって言われれば出来る奴だもんな」

「どうした?」

「もういい。ともかく、だ! 仕事はまあ、別にしても……別に、無理して夫婦で高め合っていく必要はなくねーか? ああ、いや、別に高め合ってもイイんだけど……なんだ? 心の安定とか、そういうのを求めればいいじゃねーか」

「……」

「なんだよ?」

「山賊の様な見た目をして、『心の安定』などと世迷言を言うからな。見ろ、鳥肌が立った」

「お前、マジで酷くねーか!?」

 わざわざ腕をまくってまで見せるロッテに、悲鳴にも似た言葉がカールの口から響く。

「そもそも、なにも好き好んでこんな年寄りを配偶者に選ぶ必要は無かろう。貴族の子女なら特にな。もっと良縁がある」

 そんなロッテの言葉に、カールが小さく息を吐く。

「……お前の今の役職、言ってみろ?」

「次長だが?」

「そうだ。王府次長だぞ、王府次長! 王府では宰相、王府総長に次ぐ地位だぞ? その地位にお前は就いてんだぞ? 内務、外務、財政の局長を三十代で経験した若き俊英で、ゲオルグ王太子殿下の覚え目出度い、次期王府総長どころか、平民初の宰相まで狙える最有力候補だろうが。加えてお前は見た目も悪くないし、剣術だって中々のもんだ。しかもお前はバウムガルデン商会の直系に連なる人間だぞ? そんな人間が、独身貴族を気取ってやがるんだぞ? 超優良物件が空き家みてーなもんだろうが。さっさと結婚でもなんでもしろ! こっちの迷惑も考えろ!」

「……なんだ、藪から棒に。迷惑?」

「昨日もダンスパーティーがあったんだよ! そこでわけー貴族の娘にワラワラ絡まれたんだ! 『カール様とロッテ様、とても仲が宜しいとお伺い致しました。その……ロッテ様は本当に将来を約束された方はおられないのでしょうか』ってな!」

「……」

「他の若い貴族の男は俺の事を親の仇の様な目で見てやがるしよ! さっさと落ち着いてくれ、頼むから! 主に、俺の安寧の為に!」

 ビシッとロッテを指差してそう宣言するカール。その姿に、ロッテがついっと視線を逸らした。

「……考えて置こう。ともかく。それで? 一体、なんの用だ?」

「あからさまに話を逸らしやがって……まあ、良い。そんな訳で、ちょっと俺は今ご機嫌斜めなんだよ。近衛の若いモノじゃ相手にならんし、ちょっと付き合え!」

「付き合う? 付き合うとは――ああ」

 腰に差した剣を指差しながら不敵に笑うカールに、小さく溜息。その後、肩を竦めてロッテは言葉を続けた。

「……少しだけだぞ?」


◆◇◆◇


「……あのバカ力が」

 王都ラルキアの東通り。その東通りを一本裏道に入った路地に、ロッテの行きつけの定食屋がある。大学時代に友人と共に入った定食屋だが、下町情緒の溢れるその香りは平民とはいえ裕福な暮らしをしていたロッテに取って異国の様な顔を見せてくれるお気に入りの場所だった。まあ、王府のナンバースリーがわざわざ足を運ぶような場所ではないが。

「手加減と言うモノを知らんのか、あのバカは」

 余程溜まっていたのか、カールは練習用の木剣を握るなり嬉々としてロッテに斬りかかって来た。あちらは肉体労働がメイン、こちらは頭脳労働がメインである。五本取りで負けたロッテは甚だご機嫌斜めだ。尤も、頭脳労働メインの癖に二本取った事も称賛に値するのであるが。次に戦う機会があれば必ずコテンパンにしてやるとロッテが心を決めた所で。

「ど、泥棒ぉーーーー! 誰か! 誰かそいつを捕まえて!」

不意に、若い女性の声が聞こえて来た。声の方を見れば、そこには脇にハンドバックを抱えた男が、一直線にこちらに向かって走ってくる。

「……ふむ」

 やれやれ、といった感じに肩をすくめ、ロッテはすぐさま戦闘態勢へ。カールと一戦交えたとはいえ、まだまだ余裕はあるし。

「……このラルキアで盗みを働いたヤツが悪いな」

 ――なにより、負けたイライラは頂点に達しているのだ。完全な八つ当たりだが、それを咎めるものは誰もいない。戦闘態勢を整え、さて叩きのめすかとロッテが獰猛に笑んだ所で。


「――どいてよ、おじさん。邪魔だよ」


「…………は?」

 目の前に、少年が躍り出る。否、躍り出るという表現は正しくない。

「………………え? う、上?」

 少年は空から『降って』来たのだから。帽子を被り、長袖のシャツに膝下まであるダボッとしたズボンを履いたその少年に呆気に取られている間に、件の泥棒はみるみる内にその距離を詰めて来た。

「ど、どけー!」

 泥棒は少年のすぐ目の前まで迫ってきている。手には刃渡り三十センチはあろうかという刃物を持って。そこまで状況が逼迫し、ようやくロッテの灰色の頭脳が正常に動きだした。

「き、君! 危ない! どきたま――え?」

 時、既に遅し。刃物を持った泥棒の右手が伸びた瞬間、少年の体が沈んだ。

「………………は?」

 と、同時。不意にロッテの目の前から泥棒の姿がかき消えた。

「………………え?」

 さっきから、『は』と『え』しか言っていない。そんな、何時にない呆けた声を上げて呆然とするロッテの眼が宙を舞う泥棒の姿を捉えた。自身の頭上を、まるで背面飛びの様に華麗に舞った泥棒を視線で追い、最後にどうっと音を立て背中から叩きつけられた泥棒の姿が目に入った。

「がっ! ……はっ……」

 肺から空気を搾り出すように息を吐く泥棒の姿を横目で見ながら、少年がパンパンと手を叩く。

「……は、はあ。あ、ありがとう御座います!」

 慌てて走ってきたのは、泥棒に荷物を取られた女性だろう。額に大粒の汗を流しながら頭を下げる女性に、少年はにっこり微笑んで見せた。

「いえいえ~! 大丈夫でしたか?」

 声変わりをしていないのか、まるで女性の様な幼い声。およそ、この裏通りに相応しくない様な声に思わずロッテが目を見開いた。

「で、ですが……お礼を……」

「ああ、良いですって。それより、お姉さん? ホラ、衛士が来たよ? 事情を説明した方がいいんじゃない?」

 そう言って女性が走って来た後方、鎧をガチャガチャ言わせながら走って来る二人組をを指差す少年。

「私は事情聴取的なヤツは面倒くさいから。それじゃ、これで!」

 指差すが早いか、脱兎の如く走り出す少年。その姿に、はっと気づいた様にロッテが溜息を漏らした。

「……不味い」

 走って来る衛兵に見覚えがある。唯でさえ、『王府の次長が下町で飲み食いだと?』と王府総長を務める上司に苦い顔をされているのだ。これで、『泥棒騒ぎに巻き込まれました』と言うと、どんな嫌味を言われるか。

「……あれ? 何してんの、おじさん?」

 学生時代から通った慣れた道だ。右に左にと細い路地を抜け、少しばかり広い空き地に出たロッテの目の前で、息を整える少年の姿があった。

「……私もあの場にいると少しばかり『厄介』だからな」

「……厄介? なに? まさかおじさんも泥棒の仲間だったりするの?」

 帽子の下から訝し気な視線を向ける少年に、ロッテは苦笑を浮かべて顔を左右に振って見せる。

「そうではない。そうではないが……まあ、そうだな。色々と厄介なんだ」

 カールとの剣術練習に、ランニング。少しばかり息の上がったロッテが息を整えると、小さく頭を下げた。

「……ありがとう」

「……なんでおじさんが頭を下げるのさ?」

「私は王府に勤めている人間だ。衛士の管轄は王府であり、言わば街を守るのも私達の大事な仕事だ。君は泥棒を捕まえてくれた。礼を言うのが当然だろう?」

「……ふーん。おじさん、王府の人なんだ」

 納得が行ったのか、『それじゃ、有り難くお礼を受け取っておくよ』と言ってへにゃっとした笑顔を浮かべる少年。その姿に、知らず知らずの内にロッテの頬も緩む。

「そうしてくれ。いや、それにしても凄いな少年。あの泥棒、宙を舞っていたじゃないか。なんだ? あれは、秘術か何かか? 可能であれば、お礼にお茶でも奢らせて頂きたいが、どうだ?」

 全く称賛に値する働きだ。王府の次長として、このラルキアを守ってくれた少年への敬意を込めたロッテの言葉に、先程まで笑顔を浮かべていた少年の顔がピシッと固まった。

「……別に、いい」

「遠慮するな。子供は大人のいう事を聞くモノだ。出来れば、あの体術についてもご教授願いたいしな?」

「奢って貰う理由がないし」

 警戒感……というよりも、不信感と不満感、それに不快感もあらわに、取り付く島も無い、と言った感じで断ってくる少年にロッテが肩を竦める。

「そんなに心配するな。別に人攫いという訳ではない。単純に、君の働きに敬意を表しただけの事だ、少年。なんなら表通りでケーキも付けようか? 男でも甘いものは嫌いではなかろう?」

 にやっと笑って右目でウインクをして見せる。それでも少年の顔から不信感は取れず、むしろ強まった印象しかない。

「……ねえ、おじさん? おじさんは三つ勘違いをしています」

「勘違い?」

「そ。まず、一つ目。さっきのアレは、『アイキ』という武術で、別にわざわざご教授する程のモノでもない。このラルキアにだって道場は沢山あるし、そこで教えて貰いなよ。二つ目、先程からおじさんは、私の事を子供扱いしてるけど、私もう十五だよ? 自分で物事の分別は付く年だし……そもそも、おじさんが逆立ちした所で、到底私には勝てないんじゃないの? 誘拐なんかは心配していませーん」

 指を折ってロッテの間違いを指摘する少年に、口をポカンと開けるロッテ。

「……ふ、ふむ。済まなかったな、少年……ではなく、青年。非礼を詫びよう。 間違いなく、君は紳士だ」

「それで、三つ目だけど……」

 そこまで言って、『キッ』としたきつい目でロッテを睨んで帽子に手を掛け。


「――私は……女だ!」


 そのまま、帽子を脱ぐ。帽子の中に仕舞ってあったのか、流れる様な綺麗な肩よりも少しだけ長い金髪が舞った。

「………………は?」

「なによ、その『嘘でしょ?』って目は! 言うに事欠いて『立派な紳士』? そこは素敵な淑女でしょうが!」

「し、失礼した」

 そう言いつつも、半信半疑にロッテは少年……じゃなくて女性を上から下まで見渡す。帽子で仕舞っていた為に分からなかったが、なるほど確かに帽子の下から覗いた顔は中性的であり、『美少年』ではなく、『美少女』の部類に入ると言えば入る。入るが。


「………………十五、か」


 ――十五歳の、胸部ではない。先程、ロッテに告白して来たディードリッドと比べると、戦力差は致命的とさえ言える。

「ど、何処を見てるのよ! ええ、ええ、ええっ!? どうせ私の胸はちっちゃいですよ!悪かったですね! でもね! 『貴方はこれから成長するから! 成長期だから!』って言われてるんだから!」

「目を逸らしながらか?」

「な、なんで分かるのよ!」

「…………余りにも見るに不憫だから、という事か……」

「うるさいうるさい! おーい、衛士さーん。ここに痴漢が居ます! 私の胸をナめ回すように見てます!」

「……い、いや、済まない。済まないが……」

 ナめ回すほどのボリュームは、残念ながら無い。

「今、失礼な事考えたでしょ! 目で分かんだからね!」

「ご、誤解だ!」

「衛士さーん! 酷い! この人、本当に酷い人です! 変態です!」

「へっ! だ、誰が変態だ!」

「もう、お嫁にいけなーい!!」

「誤解を招きそうな発言をするな!」

 ……その後。

 散々に大声を挙げた少女のせいで衛士に見つかり、裏通りでひと悶着が有った事がバレたロッテはその後、散々に王府総長に怒られた。本当に最悪だとロッテは思い、出来ればあんな出逢いは忘れてしまいたいと思った。


 思って、いたのだが。


 この出逢いがロッテ・バウムガルデンと――そして、フレイム王国をすら変える事になると、この時のロッテはまだ気付いていなかった。



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