無意識意識
「片桐って友達いないの?」
「なんだよ唐突に」
「いや、いつも科学室いるなーと思って」
「俺はここに居るのが好きなんだ」
「なるほど、友達がいないんですね」
「いるだろ?ほら」
「私を数に入れちゃだめ」
「そしたらいねーな」
「ぼっち代表ですね」
「お前もな」
「うっ、片桐のくせに生意気」
授業の時と同じ座り位置に座る二人。
受験勉強の真っ最中だと言うのに邪魔をしてくるぼっち代表は、拗ねてしまったのか、机にペタンと腕を伸ばしながら寝ていく。
「お前は勉強しなくていいのか?」
「んー?」
今にも寝てしまいそうな返事。
さっきまで元気だった久坂部は、横になった事で本当に眠そうになっている。
「私はいいの。私は見るのが好きなの」
「なんじゃ、そりゃ」
単純に勉強したくないしする気もないのか、ここに来ても教科書は出さない。
ノートはたまに出してくるが、そういう時はだいたい落書きだ。
俺の似顔絵を完璧に描いた後に、まるで教科書の偉人にイタズラするかのように髭を描いたり、漢字を額に書き入れる。
たまに想像でアホ面を描いたりしている時もあり、同じ顔してと言われるから厄介だ。
それにしても、今日はやけに大人しい。
「どうした?何かあったのか?」
「何か?...何も、無い。のに、何で?だろ...いや、ある、のか?」
独り言のようにポツポツと声が漏れる。
「...片桐が、悪い」
「何でだよ」
「私だけ悪いのは、嫌」
「なんじゃ、そりゃ」
「なんじゃそりゃ、二回目ゲット」
「何かの達成条件か何かかよ...って、いかんいかん勉強勉強」
気を取り直し教科書に目を向ける。
「あれ?こんなのやったっけか?」
しかし、まるで内容が入っていない。
ノートに書き込んだ内容さえ、今初めて読んだと思う程に。
これはもう、最初からやるべきだ。
気を取り直してペンを握る。が、
「...」
窓から入る隙間風が冷たくて気が散った。
どうしてこのタイミングでそんな事を気にしたのだろうか。
静かに立ち上がり、その開いた窓を閉める。
そして振り返る俺は、すでに寝てしまっていた久坂部を視界にとらえ、思わず笑いそうになり手で額を押さえる。
「あぁ、俺って馬鹿だよ...ほんと」
化学室を占領している俺の、その領土を、久坂部は容易く侵略していく。
ただそこに、久坂部がいるだけで、俺の勉強は捗りそうもない。
「ったく、風邪引くぞ」
寒くて持ってきていた少し大きめの紺のマフラーを、広げて肩にかけてやる。
シンとした化学室の外から聞こえる生徒たちの声。
世界から外れた二人だけの世界。
俺は、何気なく、誰も来ませんようにと、密かに願った。