それはまるで、凶器のようだった。
何やら見覚えのある、縁の黒い眼鏡をかけ、不機嫌な態度を見せる女子生徒が教壇へと上がっていた。
以前と雰囲気が変わっている。
と感じるのは、きっとその眼鏡と、その威圧的な態度だったからだと思う。
「この時期の転入だが、仲良くしてあげてくれ。じゃあ、自己紹介」
教師にそう言われ、無言で頷く彼女は、黒板に白いチョークで名前を書く。
身長のせいか書く位置がだいぶ低い。
後列の生徒が若干背を伸ばす程度に。
そして字も小さくて見づらい。
でも、その書かれた名前を見なくとも、俺は彼女の名前を知っていた。
「久坂部凛です。よろしくお願いします」
愛想も無く終えた自己紹介。
端的過ぎるその自己紹介に、教師も生徒も反応は無く、久坂部も、これ以上何も無いぞと無言で威圧する。
仲良くする気が無い興味が無いと主張するその瞳に、機嫌の悪いその態度は、『私に近付くな』と言っているように見えた。
教室の空気が悪い。
そのあまりの印象の悪さに、このクラスはもう、彼女を受け入れる気が無い。
時間は有限だ。
早々に教師は話を切ると、久坂部を空いている席へと案内した。
俺とは反対側の入り口側だ。
そのままホームルームは終わり、休み時間に入るも、誰一人近付かないし話しかけない。
耳障りなヒソヒソ話が耳に入るだけ。
気分が悪い。
俺はこの場に居づらさを感じ、教室から出ようと立ち上がる。
正直言って久坂部が悪い。
と言うより、本人が望んだ状況なのだ。
きっとこれで良いのだろう。
教室の扉を開け、
「久坂部」
彼女を呼ぶ声に、驚いて足が止まる。
それもそうだ。
だって、俺が呼んでいたのだから。
「あの、えっと、」
言葉が続かない。
でも、さっきまでゴチャゴチャしていた気持ちは晴れていて、後悔が無い。
そして、今にも沸騰しそうな頭を振り、声を裏返しながら発言した。
「おっ、おはよう」
ただの挨拶。
ただそれだけで、顔を熱くさせながら、上がる心拍数に息を切らす。
やってしまった。
もう意味不明である。
恥ずかしい。
そもそも、俺の事なんて覚えているか分からないのに、出しゃばった事をしてしまったと結局後悔しそうになったが、
「ん、おはよ片桐」
帰って来た返事に、思わず顔を上げる。
なんだよ、嬉しいじゃねーか。
周りの雑音が消えて無くなり、彼女のその言葉が反復する。
___あぁ、そうか。
あの日の風景を思い出す。
木枯らしのような君を。
白衣を通す君を。
一緒に過ごしたあの空間を。
「放課後、気が向いたらまた来いよ」
それだけ伝えて席に戻る。
来るか来ないかはどうでもいい。
今は、それだけで___