嘘
騒めく科学室に一つの笑い声。
爆笑している久坂部に周りが振り向いて、授業が一時停止する。
「あーウケる。ちょーくだらない」
「そんな笑うほどか?」
あぁ、周りの視線が痛い。
受験真っ只中の時期なのだ。
余裕こいて授業受けてんじゃねーと言われている気がした。
「そこ、うるさいぞー」
教師にも叱られる始末だ。
「すみません。俺がなんか変な事言っちゃったみたいで」
余計な事を考えていた俺が悪い。
素直に謝り、授業に戻る。
未だにクスクスと笑いを堪えている久坂部は、ノートに何かを書き込むと、俺に見せてくる。
『怒られてやんの』
いやいや、お前も怒られたんだぞ?
いやいやいや、むしろお前が怒られたんだからね?
と、心の中で思うも、ため息とともに吐き出して捨てる。
久坂部に何を言っても無駄だ。
何より、こんな事で笑ってくれるのなら、それはそれで良く思えた。
久坂部は更に追加で書き込む。
『何か悩みでもあるの?』
「へ?」
ドキリとして変な声がもれる。
そう、これは、『非科学的な思考に笑ってしまった』という話題だったのだが、実のところそうではない。
ようするに、『質量を計って確かめたい物事がある』と言っているようなもで、つまり、『俺が悩んでいる』と久坂部はそう解釈したのだ。
すでに久坂部の性格について二度説明があったのでお気づきの方もいると思うが敢えてもう一度言わせてもらう。
久坂部という人間は、気になった事は知るまで気が済まない性格なのだ。
とにかく時間を稼ごう。
下手な嘘は通用しない。
「無いよ」
「嘘だ」
最高のスマイルと共に否定した俺の言葉が、ギロチンの如くスパッと切り落とされる。
いや、俺もどうかしている。
策無しにも程があった。
こんなものは適当にソレっぽい事を言っておけば良いのだ。
「実は財布忘れて今日昼抜きなんだよ」
「嘘だ」
何を根拠に判断しているのだろうか。
そもそも、俺自身よく分かっていない。
だから悩んでいる。
そういう状態なのだ。
諦めの悪いその瞳から逃れるように逸らした瞳だが、構わず覗き込んで来た久坂部に、距離感に、息が止まる。
「昼休み、集合で」
悪戯に笑い、妙な殺気も放ちながらそう言う久坂部は授業に戻る。
停止した思考が遅れて回りだした頃、追いつくように至った結論を俺は、
「嫌です」
そのまま返事として返したのだった。