季節の終わり
【C】判定と書かれていた用紙を綺麗に小さく折りたたみ、ゴミ箱に落とす。
ゴミ屑に紛れたその用紙は、まるで自分自身のように情けない。
誰もいない科学室に冷たさを感じていると、迷い込む猫のように顔を覗かせる、見知らぬ少女が窓の外にいた。
「科学室はどこですか?」
霞むようなその声に、これまた冷たさを感じて息が詰まる。
摂氏温度低下。
俺は、少女に言葉を返す。
「ここだけど...」
「あっ、そうでしたか」
科学室を知らないって事は、ここの生徒では無いのだろう。
制服は着ておらず、紺のPコートに赤いスカートでお洒落に着飾る少女。
身長に見合わない大きなリュックサックを背中から下ろすと、ムンと声を発して科学室の中に投げ入れた。
「え?あの、君?」
そのまま俺の動揺した声も御構い無しに、窓をよじ登って跨ぐと侵入する。
カーテンを揺らしながら、落ちる枯れ葉を背景に、少女は秋の一部と化す。
まるで木枯らしのようだった。
金木犀の香りが室内を泳ぎ、君の視線は真っ直ぐに俺を捉える。
「あなたは、...誰?」
それはこちらのセリフである。
しかし、初対面の相手にそう尋ねるのは普通だとも言える。
未だ逸らすことのないその瞳に、吸い込まれそうになりながらも、反射に近い感覚で言葉をもらす。
「...片桐、ここの生徒だ」
「私は久坂部。ここの生徒ではない」
ここの生徒ではない。
なら何者なのだろうか。
自己紹介が済むと、久坂部は自分のリュックサックを開け探る。
「ここを使ってもいい?」
「え、まぁいいけど」
いいのか?
知らん。
ここで断る理由はあれど、俺には関係が無い。訳でも無いが、しかし、俺にそんな事を言う度胸も無ければ義理も無い。
俺が見張っていれば問題ないだろう。
そう思い、椅子に腰かける。
「いま何年生?」
「いまはもう三年だよ」
「同じだね。科学委員か何か?」
「いや、違うけど、許可を得ていつもここで居残り勉強してる」
「そう。今日は何するの?」
「今日は気分転換に物理実験だけど」
「面白そうね。内容は?」
コイツ、見かけによらずよく喋る。
多分趣味は情報収集とかだきっと。
気になったら知らないと気が済まない性格なのだろう。
嘘は吐かないタイプだ。
左利き。
よく頰を触る。
「片桐は観察が趣味?」
「あ、が」
慌てて視線を逸らす。
そんなに見てたのか、俺。
「何それ、ウケる」
「逆に、久坂部は情報収集が趣味か?」
「趣味じゃないわ。これは癖よ」
なんだ癖か。
って、それはどう違うんだろうか?
「実験、するんでしょ?」
「...変なやつ」
久坂部はリュックサックから白衣を取り出すと、Pコートを脱ぎ袖を通す。
季節の変わり目が存在するならば、きっと今日なのだろう。
雪のように真っ白な彼女は、卒業間際のこの時期に、この高校に転校して来た。