プロローグ
もしも、もしもだ。
例えば仕事や恋愛や青春に、質量が存在するならば、いま目の前にある天秤で計ることが可能だ。
重さがわかれば悩まないで済む。
フラスコで混ざり合う薬品を見つめながら、俺はそんな事を思っていた。
科学を専攻しておきながら、こんな非科学的な事を考えている自分に笑いが込み上げてくる。
「何笑ってんの?」
不意に視線に紛れ込む。
猫のようにツンとした、少し幼さを残すルックスに大人っぽく引かれた口紅。
退屈そうに寝そべり、短い髪がサラリと崩れて頬を撫でる。
退屈な授業の時間に、意味深に笑う俺が気になったのだろう。
隣に座っていた久坂部凛がそう言った。
「いや、なんでもないよ」
「そう言われるともっと気になる」
彼女の白衣が揺らぎ、飛び出した足が俺の脚を小突く。
痛い、普通に。
しかし、悪い気はしない。
いや、そうゆう性癖という意味で受け取ってはいけない。
それは東を西と言っているくらいに誤解している。
意味が分からないならそれは正しい。
なんせ俺にも分からないからだ。
「教えないと酸飲ます」
「こえーな、おい」
気になったら知るまで気が済まない性格の久坂部は、授業をそっちのけにして俺の脚を蹴り続ける。
「ホントくだらないぞ?」
「うん」
周りに聞かれないように片手を添えて近付く。が、腕から覗く久坂部の瞳にたじろいで視線を逸らす。
___あぁ、きっと、これは重い。
君は不思議そうに首を傾けた。