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としあきが転性してから二週間が過ぎた。
この間のとしあきは師匠の家に通ってはおさんどんの修業に明け暮れる毎日だった。
師匠宅で平七郎の世話をする娘たちの顔ぶれには日替わりで多少の変動はあったものの、常に五~六人の娘たちが出入りしている。
聞いてみると娘たちの間で話し合いが持たれた結果として当番のローテーションがあるとかで「抜け駆け禁止」が合言葉だとか。
しかも、娘たちの正体がすべて女界転性した元男で平七郎の弟子だという。
「女になったお礼参りってことか……」
としあきのつぶやきにピンクブロンドの娘が答える。
「私ら元は男だからねぇ。転性したからって、はいそうですかと女衆に受け入れられるわけもなし。
そんなことで元男だった者同士で女としての生き方について教え合おうってわけ。
一番最初に女界転性して別式で仕官した人達は、元から女だった人達の中でえらく苦労したみたいだし」
「そういうわけで転性させてくれた師匠へのお礼参りって意味のほかに、
あなたみたいに女になりたての元男弟子の女修業ってことでもあるわけ」
と緑髪のエルフ娘が語を繋ぐ。
「……あと、師匠を狙ってる娘も多いから」
ピンクブロンドエルフがとんでもないことを言った。
「えっ」
としあきは驚愕した。
「いや、ありえないだろ。元男なのに男に魅かれるとかありえないって!」
「それがそうでもないのよねぇ……」
緑エルフ衝撃の告白。
としあきは「なんですと……」と言うほかない。
この時、自分が師匠に抱かれている光景を思わず想像してしまったとしあきの背筋に戦慄が走った。
師匠の東郷平七郎は金髪碧眼、首から上は典型的エルフで首から下の身体は鍛え上げられた鋼の肉体でオークそのもの。
その師匠が分厚い胸板に自分を掻き抱いている……
「オエッ」
思わず吐き気がこみ上げてくる。何が悲しくて男に抱かれないといけないのか。
仕官先が別式しかないから女に転性したっていうのに……
「そんな精神的ホモ……もとい、身体はどうあれ心は男同士でなど実際には男色じゃないか!」
「それがそうでもない娘もいるみたいでねぇ……んふっ」
としあきの叫びに緑エルフが含み笑いをしてみせる。
「さて、あなたは何時まで保つかしら?」
「そういうあんた達はどうなのさ?」
むっとしたとしあきが言い返すと緑髪エルフは断言した。
「あたしは女にしか興味がないから」
「男なら誰だってそうだろ」
「ちがうの。元からあたしは女の身体になった上で女に興味があったから」
「へ、変態だー!!」
叫ぶとしあきをピンクブロンドが宥める。
「としあき、この人はこういう人なのよ……」
「うるさいぞ、お前達」
「あら、先生。針仕事をしながらのお喋りは女の人生の楽しみの一つですわよ」
嫣然と微笑むピンクブロンドの笑みに気圧されたのか、「程々にな」と言い置いて師匠は立ち去る。
としあき達三人の膝元には師匠の繕い物があった。
TS娘達のしていることは無償奉仕といってもいいかもしれない。
ノウハウを切らさないことが師匠への恩返しだとも言った。
その日の夕方、剣の鍛錬と女としての修業を終えたとしあき達は師匠と共に湯漬けを食していた。
お膳には香の物とインゲンマメの煮浸しが添えてある。
今日、おさんどんに来ているのは八人でピンクブロンド以外ではこの前の青髪エルフ娘もいた。
以前からの稽古に通っていた顔見知りという意味ではとしあきは全員と面識がある。
別式としての御役目の合間をぬっておさんどんをしている者は新人のリクルートも兼ねて来ているという。
師匠の道場は幕府や大名諸侯からは別式の有力な供給先と見られている関係で月謝以外にも寄付金などの臨時収入が数多くあり台所事情は豊かだったので湯殿まである。
食事が終わったら後片付けに翌日の準備と風呂炊きがあり、全員が当番制で代わる代わる入浴して終わりなのだが、その日は少し違った。
夕餉の後で白湯をすすりながらピンクブロンドの娘が話し出す。
「お師匠様、としあきさんが転性して半月が過ぎました。そろそろよろしいのでは?」
「ん……ああ。そうだったな。としあき、お前、鹿島に行って巫女の修行をしてこい」
「いいけど、なんで?」
「転性したお前の身の扱いは御成敗式目よりの習いでエルフ巫女ということになっているからな。
それにあと半月も過ぎれば、お前が転性してから一月となる」
「だから……なに?」
「(月のものが来るころだって意味よ)」
察しの悪いとしあきに耐えかねてピンクブロンドの娘が耳元でささやいた。
「……!」
……失念していた。
思わずとしあきは天を仰ぐ。
「まぁ、安心しろ。男だという意識を強く持ち続ければ月の物も止まってしまうそうだ」
「それ何の気休めにもなってないだろ!」
「としあきさん、月の物で苦しむのはそうそうある話しではありませんから……」
師匠とピンクブロンドの娘に宥められるもとしあきは未知の体験を前にして気が気ではなかった。
とはいえ、二人の話しは間違ってはいない。
精神が肉体に与える影響は実に大きく、
宝塚歌劇の男役が役にのめり込んでいると生理が止まるとかいう話があったりするし、
EU圏においては生理痛はれっきとした病気として扱われていて医療保険の対象ですらある。
目隠しした人間に「これよりお前を頚動脈切断の刑に処す」と宣告して、その首筋に微温湯の滴々を滴らせただけで、ただ失血死の恐怖により死亡したなど実例は数限りない。
そしてこの時、としあきには後先考えずに手っ取り早く生理を止める方法がもう一つだけあった。
……妊娠である。
「できるか!」
叫ぶとしあきに緑エルフが茶々を入れる。
「としあき」
「なんだよ」
「女なら……何でも経験してみるもんさ!」
ドヤ顔で言われた。
「まあそのなんだ。鹿島の巫女頭はウチの門弟だからそこら辺も含めて対応してくれるからお前もそう気を落とすな」
「そうそう。神宮の巫女頭はあたしらと同じで転性娘だから色々と話がし易いし」
「……もう。女子としての初めてを前にしてとしあきさんが不安で一杯だっていうのに」
ピンクブロンドの娘が二人をたしなめる。
「ならばあやめ、お前が鹿島へとしあきを道案内がてら連れて行ってくれるか?」
師匠の問いかけられたピンクブロンドの娘――あやめはわかったと言う。
「いいですよ。師匠の方から口入屋に話しておいて下さいね」
「あたしも行くぅ~」
緑髪エルフが同行者に名乗りを上げる。
「いいぞ。お前たち三人で巫女修行な。
紹介状は私が後で書いておくから明日の朝飯が終わったら出立するように」
ダークエルフは月曜更新予定。