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としあきは御奉行様から紹介された道場の門を叩いた。

現れた門弟に北町奉行からの紹介を受けてきたと話すとそのまま中へと通される。

お話は諏訪美濃守様よりお伺いしておりますと現れたオークエルフの師範は云う。

師範は東郷平七郎と名乗った。

彼は薩摩で直心影流を学んだ後、江戸に出てきて道場を開いたのだと云う。


ともあれ、としあきはこの道場で10年ほど学んだ。


過ぎ去った10年の間には様々なことがあった。

西浦屋の娘とは結局縁がなく夫婦の契りを交わすことはなかったが、

主人夫婦に望まれて養子となり、西浦敏明と名乗りは変わった。

そののち、主人が娘夫婦に身代を譲ったのを契機に西浦屋を出て長屋暮らしをはじめ、道場の師範代を務めるかたわら仕官の口を捜す日々を過ごす様になった。


そんなある日のこと。

さる大名家へ仕官の口を伺いに行って色よい返事を得られなかったとしあきは師匠の平七郎に会っていた。


「……そうか、今回もだめだったか」


「はい。

 仕官の口はあることはあるのですが、どこの大名家でも探しているのは別式(べっしき)であると……」


当世では太平の世もたけなわな折、各大名家でも仕官の口はそう多くもない。

そういうご時勢のため、としあきの就職活動もうまくはいっていなかった。

その一方で求人が増えていたのは別式の募集である。

別式(べっしき)とは書いて字の如く「別」の「式」であり、わかりやすく言うと、男ではない、女の武芸者のことを指す。

戦の無い世の中では、戦闘員全体の需要は減少していく一方で、女の戦闘員の需要は増加傾向にあった。

大奥や男子禁制の場所での護衛を務める女の侍の需要がそれなりにあるのにくらべ、女の武芸者の数が少なかったことから起こった現象である。

自分が女だったらこんな苦労などしなくて済んだのに――と、としあきは益体もないことを考えてしまった己を恥じて思わず首を振る。


「あるぞ、女になる方法が――」


だがそんなとしあきの心の声を師範の平七郎は聞き逃さなかった。


「――我々エルフに伝わる秘儀、女界転性(にょかいてんしょう)を使えば女子に生まれ変わることができる」


思わず、お戯れをと言いそうになったとしあきだが、師匠の目が笑っていないことに気付いて黙る。


「――壱度(ひとたび)この術を受けると、おいそれとは男に戻ること叶わぬが」


と決断を求める師匠の視線に思わずたじろいだとしあきは一晩の猶予を貰った。

長屋に帰ったとしあきは考える。

師匠の常日頃の言動とあの雰囲気からして嘘偽りを言っているわけではないのだろう。

剣の道を捨てれば就職先はあることはあった。

知識チートを頼りに芝居小屋の座付き作者になることも可能かもしれない。

でも、としあきは剣の道を捨てられなかった。

それに、自分がTSすることへの興味も捨て切れない。

一晩考えてとしあきは決断する。


翌朝、としあきの目を見た師匠は何も言わずに道場へと誘った(いざなった)

師匠の言いつけに従ってとしあきは全裸となる。

道場の板の間にはとしあきを中心にして魔方陣が描かれていく。


「としあき、私の合図に従い、その刀で己の首を掻っ切れ」


刀をとしあきに手渡す時に師匠はそう言った。


胡座を組んだ師匠が真言を唱え始めると、魔方陣を構成する魔道具が紫色の妖しい光を帯びていく。

魔方陣がまるで脈打つように強弱を繰り返しながら光る。

妖しい光の輪の中心にいてとしあきは刀を両手で握って刃を(くび)に宛がった。



詠唱は何の前触れもなく突然終わった。


「Mulier sui corporis! やれ、としあき!!」


師匠の言葉にとしあきは(くび)に当てた刀を引いた。

(くび)から血が吹き出す。


吹き出した血は見る間に白い糸に変化してとしあきの全身に巻き付いていった。

血が吹き出さなくなった頃にはとしあきはもう白い繭に包まれていた。

外から見たら人間大の大きさの繭にしか見えない。人が入っているなどとはまず誰も思わないだろう。

としあきが繭から出てくるまでの間、としあきの長屋のことなどの手続きは師匠がしてくれる手筈になっていた。


としあきは意識のないまま、繭の中で十月十日を過ごす。

もしもこの時に繭の中を透視したら、細胞単位に分解されたとしあきのスープが見えたことだろう。


やがて時が満ち、まどろみの中から目覚めたとしあきの目に入ったものは闇だった。

としあきが本能的な動作で繭を食い破ると、光が目に入ってきた。瞼を閉じて光に目を慣らす。

長い間、目を使っていなかったので少し視界がおかしい。


「しばらくはジッとしていることだ。

 少し頭がぐらぐらするだろう?

 視覚が慣れるまで少し休め」


師匠の言葉に従って薄目を開けて横になる。しばらくすると頭がくらくらした感じも薄れてきた。


「としあき、そのままの姿勢で聞くがいい。

 女界転性(にょかいてんしょう)は成功した。己が身体に己が手で触れてみよ」


言われてとしあきは全身をまさぐる。

触ってみると髭手足や胸の毛がなくなっていることに気付いた。


「うゎ……すべすべ」


としあきは肌の感触を楽しむ。掌に当たる肌触りの新鮮さにしばし陶然(とうぜん)となった。

恐る恐る胸に触る。甘い声が思わず漏れた。


「あー、としあき。もういい。その辺で十分だろう」


師匠が顔を横に向けたままで刀を渡してくる。


「無粋ですまぬが、それで己が顔を確かめてみよ。

 ウチには鏡がないのだ……すまぬ」


としあきは鯉口を切って刀を抜く。

抜いた刀を覗き込むと玲瓏な光を放つ刀身にはとしあきの顔が映っていた。


美少女だった。


思わず溜息を吐く。


もう一度まじまじと見た。


美少女だった。


シュメール人のように大きくて澄んだ碧色(みどりいろ)の瞳。


粘土をつまんでくいっと持ち上げたような小ぶりな鼻。


小さめな口。


小さな顔。


麦わらのように黄色く細い、金色の長い髪。


……およそアングロサクソン的な美的要素がそこにはあった。


肌も抜けるように白い。


およそ転生前のとしあきとは到底、似ても似つかない。



「ぁ……ぁ……」


混乱したとしあきは口をぱくぱくと動かす。

意味がわからない。


「……どうした?」


「どうしたもこうしたもあるかッ!何でこうなるのさッ!」


「としあき、お前はエルフになったのだ。

 喜べ。これで仕官先は選り取り見取りだぞ」


そう云って(いって)オークエルフの師匠は着る物を渡してきた。

としあきはそれを受け取るとすばやく着込んでいく。

髪は後ろで結って、下に垂らして時代劇によくある宮本武蔵のスタイルを真似てみた。

立ち上がってちょっと歩いてみる。


「……なんか身体のバランスが今までと全然違う」


「付いてるモノの位置と大きさが変わったから致し方ない。

 今の身体に慣れるには多少、時がかかるであろう。その辺も含めて稽古が必要だな」


としあきの仕官の日はまだまだ遠い。



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