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「としあき、右から新たな屍人だ!

 斎藤達の援護を頼む!」


局長である近藤佑子(ゆうこ)の声でとしあきは飛び出した。

雄叫びを上げてゾンビの群れに飛び込むと、近付いてくるゾンビの首を斬り飛ばす。


一子(いちこ)っ!」


「としあきか! 頼む!!」


新生組三番組組長の斎藤一子(いちこ)はゾンビの群れに押し倒されていた。

としあきは一子(いちこ)に群がるゾンビの首を片っ端から撃ち落す。

助け上げた彼女は肩を噛まれていた。

抱き起こす際に彼女は痛みに軽く顔をしかめる。

としあきは近付くゾンビを蹴り飛ばし、首に木刀を突き入れて叫ぶ。


一子(いちこ)は下がってかもめの治療を受けろ! 後は俺が引き受ける!」


「すまない。としあき」


一子(いちこ)に向かって首肯したとしあきは木刀を天に向かって掲げる。


「もう粗方屍人は刈り尽くした! 残っているのはここだけだ!

 死人に噛まれた隊士は下がってかもめの手当てを受けろ!

 みんな! 終わらせるぞ!!」


あちこちから挙がる新生組隊士の雄叫びに木刀を突き上げてとしあきは応える。

としあきは納屋から這い出してきたゾンビの後頭部を踏み砕いて駆け出す。

町木戸まで駆けつけると、そこには閉じられた木戸の格子に腕を突き込んでうめき声を上げる屍人の群れが見えた。

閉じられた町木戸の向こうでは蔵屋敷に詰めている松平陸奥守配下の仙台藩兵が押し寄せるゾンビの大群と対峙している。


「押し負けるな! 何としてでも防げ!」


仙台藩兵を指揮する伊達家の女騎士の声が飛ぶ。

町木戸は押し寄せるゾンビの肉の津波に呑み込まれようとしていた。

木戸が嫌な音を立てて軋む(きしむ)


「支倉様、もう持ちません!」


町木戸を突棒(つくぼう)で押さえている徒士(かち)の一人が絶望の篭った声音で朱塗りの南蛮胴を着込んだ女騎士に向かって叫ぶ。


「耐えろ! 今行く!」


としあきは叫んだ。

叫びながら木刀で薙いだ。

一閃するたびに断ち落とされたゾンビの首が宙を舞った。

町木戸にたどり着く。

木戸はゾンビによって今にも押し崩されそうだった。

掴みかかってくるゾンビに向かって木刀を打ち振るう。

としあきは幾たびか噛まれた。

歯型のついた身体でゾンビを押し返す。


「としあき組長!」


駆けつけた三番組隊士が背後からゾンビの群れに襲い掛かったところで形勢は逆転した。

ゾンビの群れが速やかに駆除されていく。

その代償として、としあき以外にも何人かの新生組隊士がゾンビに襲われて負傷していた。



「局長、町内の屍人の始末は終わりました」


報告に来たとしあきの姿を見て局長の近藤佑子はかもめの所に行くように告げる。

佑子の言葉に従ってとしあきが芹沢かもめの許を訪れると、医術師範の彼女はゾンビに噛まれた隊士に医療魔法をかけているところだった。


「かもめ、俺もやられた。頼む」


「またあんた? せっかく綺麗な身体してるんだから、ちょっとは注意したらどうなの?」


「そんな悠長なことを気にしてたてたら被害が大きくなっちまうだろうが」


「まったく……」


かもめは呆れ顔になる。


「としあきも女になってるんだから、いい加減乱暴な口調は已め(やめ)ればいいのに」


嘆息しつつもかもめがとしあきの全身に医療魔法をかけると、としあきの全身についた噛み傷が跡形もなく消えてなくなった。


「……これでいいわ。

 あと、恒例の後始末があるんでしょ? 行って来なさいな」


「ああ、ありがとう。助かった」


かもめに礼を言ってとしあきは後始末の場所へと向かう。

町内の広小路には生き残った住民が一人残らず集められていた。


「虱潰しに町内をあたりました。漏れはありません」


隊士の一人から報告を受けた副長の土方歳絵は無言で刀を抜いた

ゾンビに噛まれた者たちが隊士に引き立てられてくる。


「屍人に襲われたお前達はもう助からん。

 逃げたとしても穢土(えど)から離れるまではもたないだろう。

 今、ここで選べ。

 人として死ぬか。

 それとも屍人となって人に斃される(たおされる)か」


「い…、いやだ、死にたくない。 た、助けてくれぇ」


ゾンビに噛まれた町人達がパニックを起こして騒ぎ出す。

その騒ぎ声を聞いて未だ幼い乳飲み子達が火のついたように泣きだして手が付けられなくなった。

噛まれた者達が死に物狂いとなって逃げ出そうとして新生組隊士と揉み合いとなる。


火のついたようなけたたましい泣き声。

怒号。

罵声。

悲鳴。

群集の持つ死への恐怖が狂気へと昇華される刹那に放たれる剣閃。

歳絵の放った一閃がゾンビに噛まれた男の首を斬り飛ばした。


「副長!」


混乱の極まった現場でとしあきが叫ぶ。

その声に応えたのは局長の佑子だった。


「歳! としあき! 構わぬから斬れ! 他の隊士は噛まれていない者を取り押さえろ!」


佑子の声に反応して飛び出した土方歳絵がゾンビに噛まれた乳飲み子の首を飛ばすと、その母は言葉にならない金切り声を張り上げて叫んだ。

としあきも遅れを取るまいと木刀を振るう。

指物師の脳天に振り下ろした木剣が頭蓋を割り砕いた。

女房らしき女から悲鳴が上がる。

すすり泣き。

誰言うとなく声が漏れていく。

誰かが力なく地面を叩いた。


全てが終わった時、残されていたのは生き残った者だけだった。

置き去りにされた者の悲嘆を横目に撤収に入る。

白地にただ一文字、「真」と墨で書かれた隊旗を掲げて引き上げるとしあき達を見送る瞳は空虚だった。

屯所である壬生藩江戸屋敷へと引き揚げる新生組隊士らを日の出の光が照らしていく。

夜明けと共に起きだしてきた町人達が新生組の隊旗を目にして震え上がった。


――壬生の人斬り狼がまた人を斬ってきた……!


江戸庶民の間では新生組の名は恐怖の代名詞になっていた。

この新生組――江戸市中を含んだ周辺地域である穢土(えど)をゾンビによる終末から守る、

江戸守護職を拝命した下野壬生藩鳥居丹波守忠瞭(ただあきら)預かりの浪士隊にとしあきが関わることになったのは、

今を去ること15年前の事件がきっかけであった。



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