罪と嘘の再会03
「ママ!!」
K百貨店の玩具売り場に着くと、娘のめぐみが勢いよく胸に飛び込んで来た。私はさっきの数時間で膨れ上がった寂しさを解き放ちたくて、めぐみを力強く抱き締める。
「ママ。くるしいよぉ」
私の腕の中で小さくもがく娘を覗き込み、「ごめんね」と言って、頬にキスをした。さっきまでのことは夢で、今が大切な現実なんだと言い聞かせる。
「ケーキを買いに行くって言って、ずいぶん長かったな」
携帯電話と同じ声が背後から聞こえて、私は気不味さを隠すように、俯き加減で振り返る。
「ごめんね、樹生。ちょっと、混んでて‥‥」
私は嘘をつき、片瀬樹生の顔を真っ直ぐに見ることができなかった。
「そういや仕事、来週からだろ?必要なものは揃えたの?」
私の嘘に気付かず質問してくる樹生に、私は平静を装って、なんとか笑顔を作る。
「うん。洋服とか筆記用具とか用意したよ。バックも買っちゃった」
「そうか。でも、俺の給料だけで2人を養えるんだから、本来なら美咲は無理して働かなくたって良いんだけどな」
樹生は私の仕事復帰をいまだ賛成していないようで、仕事が決まった後だというのにそんなことを言う。でもそれは、育児と仕事を両立して、私が身体を壊すのではないかと心配しているからだということは分かっていた。
「無理はしないから。心配してくれてありがとう。それに期間限定の派遣社員でバリバリ働かないから大丈夫」
「まったく、ずっと反対していたのに、美咲は言い出すと聞かないからな」と、樹生は諦めたような顔をしてみせた。
私がめぐみを妊娠した時、仕事を辞めるように樹生に言われた。そして私は樹生が望むように、家事と育児だけに専念した。幼いめぐみとゆっくり向き合って過ごすことが出来たのは樹生のおかげだと思っている。だけど、めぐみが幼児教育を受ける年になったら、保育園に預けて仕事復帰すると、私はずっと前から決めていた。そして、めぐみはもうすぐ4歳になる。
「身体辛くなったら、すぐ辞めろよ」
「うん、分かってる」
「なんかあったら、すぐに俺に相談しろよ」
「うん、分かった」
私をあまりに心配している樹生がおかしくて、私は小さく笑ってしまう。すると樹生は「まったく」と呆れたように言って、私の頭をポンポンと優しく叩いた。
側に居ためぐみがするりと私の手のひらに小さな手のひらを滑り込ませ、ぎゅっと握ってくる。私はめぐみの手を握り返して、「帰ろうか」と促した。
めぐみは可愛い顔で「うん!」と頷いて、樹生の手もぎゅっと握った。そして、2人の間で嬉しそうに笑って、両腕を振り始める。3人並んだ親子の風景は誰が見たって、幸せそうに見えるはずだ。
私はこの風景をさっき壊そうとしたのだということに気付いて、自分を酷く呪いたくなった。
5年前、私は恵吾と付き合っていた。そして、犯した二つの罪から、恵吾と別れ、樹生との生活を選んだのだ。
それなのに、偶然、恵吾と5年ぶりに再会してしまったら、私は一気に過去の感覚に囚われてしまった。以前のように求めてしまった。止められなかった。
自分の弱さが酷く情けなくなる。私はなんて無様で、最低なんだろう。恵吾は過去に置いてきた人。もう会わないはず人のはずだった。そして今日、犯してしまったことも、もうすでに過去になったはずだ。私はもう恵吾を思い出してはいけない。振り返ってはいけない。忘れなくてはいけない。
新たに築き上げた私の生活を守りたかった私は、さきほど犯した事実すらなかったことのように白を切る。だけど、再会してしまった恵吾の今日の余裕ぶりが何を意味していたかなんて、まったく考えていなかった。