樹生と美咲の罪と嘘。そして償い05
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「ねぇ美咲。本当のことを教えて。美咲は結婚していないの?樹生さんは兄弟なの?恵美ちゃんは誰の子なの?」
真剣でいて、とても必死な恵吾の表情が私を見据えた。
私は言葉に詰まり、恵吾のその真実を探る熱い目に捕まりながら、唇を噛みしめる。
「樹生さん、教えてください」
私が答えないと分かると、恵吾は樹生に矛先を変えた。樹生は少し間を置いた後、鼻から深く息を吐いた。
「美咲は結婚していない。恵美は俺の子じゃない。アンタの子だ」
私達が兄弟であることだけは答えず、恵吾の質問に淡々と答える樹生。恵吾に事実を打ち明けた樹生は、その後すぐにその場から立ち上がった。
「後は2人で、よく話し合え」
私の後ろをサッと横切り、リビングから出ていこうとする。
「た、樹生!」
私は恵吾に待っててと目で合図すると、急いで樹生を追いかけた。
樹生は玄関に立ち、財布と車の鍵を手にしていた。今日は戻らない。そんな気がした。
「樹生……待って」
「良かったじゃないか。裁判記録を見る限り、恵美が妊娠した頃には、あの人の離婚は成立してる。もしかしたら、俺たちの嘘は最初から必要なかったんじゃないか?」
樹生は私と目を合わさず、靴を履く。その態度がとても寂しく感じてしまうのは5年という年月を一緒に過ごしてきたからだろうか。
「……でも私が嘘をついたのは、恵吾だけが理由じゃない」
樹生とは好き合えない。樹生のことは兄だと思っている。それでも、私は樹生のことを大切にしたかった。
靴を履いていた樹生は私の言葉に一瞬動きを止め、靴を履き終えた後で私に向き直り優しく笑って見せた。その表情はよく知っている大人びたあの笑顔だった。
「ああ、分かってる。でも今、美咲と恵美が一番幸せになるためには、もう嘘は必要ないだろう?嘘をつかずに、事実とちゃんと向き合って、何が一番の選択かを考えられる」
樹生は私の頭に手を伸ばして、いつものようにポンポンと頭を叩くと、くしゃくしゃっと髪を優しく撫でた。その行為がいつもよりも長くて、樹生はもうこうやって私の頭を撫でたりすることをしないつもりなのだと、なんとなく感じた。
「俺はずっと親父が犯した罪を美咲に償いたかった。親父のせいで、美咲のお袋さんに無理をさせて、早死までさせてしまった。身寄りが何もない美咲を一人ぼっちにはさせたくなった。それに恵美も同じ境遇を味あわせたくなかったんだ」
樹生の手が私から離れる。だけど樹生の手の温もりを失っても、温かさはじんわりと頭から全身に流れていった。
「約束して美咲。恵美を幸せにするって」
「もちろん、絶対幸せにするよ」
今まで樹生に半分背負ってもらったものをしっかりと引き受けて、私は恵美を幸せにする。
その決意を真剣に表情で樹生に返すと、樹生は「まぁ母親って、子供のためになら怖いくらい必死だからな」と言った。
樹生と私はきっと、今同時に自分たちの母親のことを考えたのだろう。一瞬、同じ秒数ほどの間を作った私達はその後、静かに笑い合った。
樹生が玄関ドアを開け、出る間際に私に振り返る。
「美咲と恵美が幸せになれるなら、俺も新しい恋でもするよ」
すぐに玄関ドアはパタンと閉じられて、樹生の残した言葉だけが胸に強く響いた。
樹生のその言葉が樹生にとって真実なのか、それとも私と恵美のためについた嘘なのかは分からなかった。でも、『この先一生恋はしない』と言って私の気持ちを縛り付けた言葉を打ち消す意味があることだけは分かる。
リビングに戻りドアを開けると、恵吾は今まで見せた中でも一番不安そうな顔をして待ち構えていた。
私は静かにリビングの中へと入り、恵吾の前に腰を下ろす。
「樹生さんは?」
問いかけてきた恵吾に「出かけてくるって」と答えると、「そう」と歯痒そうに恵吾は返事をした。
「もしかして、美咲と樹生さんは……」と言いかけた恵吾は私の表情を見て、そのままその先の台詞を封じてくれた。
私はどんな顔をしてしまったんだろう。怖い顔だろうか。泣きたい顔だろうか。嬉しい顔だろうか。私自身、考えることもしたくない。
恵吾は崩れていた姿勢を改めて正すと、私に向き直った。
「美咲に嘘をつかせたのは僕のせいだよね。罪を犯させたから、僕が美咲を追いつめた。親のことに拘ったり、樹生さんの存在を疑ったりしたから、余計に拗らせた。でも、もう嘘はやめよう?」
人は罪を犯すと、嘘をつきたくなってしまう。守るため、逃げるため、庇うため。
私達も罪を犯した。でも進む先の未来を捻じ曲げてしまったのは嘘をついたせいかもしれない。そして相手のためにつく嘘だとしても、自分の本音を押し殺してついてしまった嘘は、その罪と嘘から逃れられなくさせる。
「僕は確かに罪を犯したけれど、美咲に誓った言葉は何一つ嘘じゃないよ?美咲の嘘じゃない本当の気持ちを聞かせて。どうしたいかを聞かせて。僕を愛してると言ってくれたのも、もしかしたら嘘なの?」
嘘じゃない、私の本当の気持ち。私はもう嘘をつくことなく、自分の気持ちのままに、この思いを恵吾に伝えていいのだろうか……。
恵吾の問いかけにどう答えていいか戸惑いながらも、口を開こうとした時、寝室からガタンと物音がした。振り返ると、眠そうな目をした恵美が瞼を擦りながら立っていて、こちらを見ていた。
「恵美……」
私が恵美に呼びかけると、恵美はパッと目を見開いてこちらにかけてくる。次の瞬間、私と恵吾は息を呑んでいた。
「パパ!」
恵美はそう言って、恵吾のもとに走り寄ったから。
恵美は恵吾のすぐ隣に行くと、恵吾の前に立つ。
「イタイイタイのとき、めぐみをだっこしてくれた」
恵美は今日、具合が悪い時に恵吾が抱っこしてくれたことを言っていた。熱で意識が朦朧としていた中でも、恵美はちゃんと恵吾の顔を見ていたらしい。
「たっちゃんとめぐみ、ヤクソクしたの。ママ、ないちゃうから、パパのハナシしない」
恵美は無邪気に嬉しそうな顔をして恵吾に話している。
「でも、ヤクソクまもったら、パパがきてくれるっていってた!」
樹生が私に内緒で恵美にそんな約束をしていたとは知らなかった。そして、パパが会いに来ると話していたことも。
「そうなんだ。会いに来たよ」
恵吾が恵美に笑いかけると、恵美は「うん!」と頷いて、恵吾の手を握った。
「パパとあったらね、(手を)はなしちゃだめーって」
恵美は自分の腕を伸ばし、恵吾の手に自分の手を重ねた。
めぐみの小さな手が恵吾の大きな手を握ると、たった二本の指を掴める程度だった。それでも恵美は嬉しそうにぎゅっと恵吾の指を握る。
その行為に私は胸が熱くなった。鼻の奥がツンとして、泣きたくなる。
樹生が恵美にそう言ってくれていたことが嬉しかった。
恵美に自分のことを一度もパパと呼ばせなかった樹生。そして樹生は自分以外の男性が恵美のパパになることを望んでいてくれていたということだった。
樹生は私を片瀬の姓にすることで、おじさまを正式に私の父にしてくれた。
そして、もしかしたら恵美のもとにも本当の父親が現れることを祈ってくれていたのかもしれない。
夜も遅く、風邪を引いているのに起きてしまった恵美を再度寝かしつけるため、恵吾に協力してもらって、恵美を布団に入れた。
私は恵美の横に寝転がって、少し興奮気味の恵美を寝かしつけのトントンで落ち着かせる。
私達と一緒に寝室の畳の上に寝転んだ恵吾のスーツは申し訳ないほどにシワをつくって縒れていた。
それでも恵吾は気にする様子もなく、話しかけてくる恵美に優しく「分かったよ。でも今日はもう寝よう」と声をかけてくれる。
しばらくすると恵美のおしゃべりする口はしどろもどろになって、大きな欠伸をし始めた。そこまで来たら、早かった。恵美はすぅーと静かに眠りについてくれた。そして恵吾と私は静かになった恵美を2人して、そうっと覗き込んだ後、目を合わせる。それはなんだか不思議でいて、今までもこうしたことがあるような変な感覚だった。
「美咲。結婚しよう」
恵吾が静かな声が、恵美の寝息に重なって、耳をくすぐる。
穏やかでいて、優しい焦りのないその恵吾の顔をそういえば5年前も見たなぁと、私はぼんやりと考えていた。
あの時、あの誓いを疑うことなく信じることが出来たかといえば、きっと難しい。大好きな恵吾の側にいるためには、自分の気持ちに全て正直になることは怖すぎた。愛を貫くために、嘘が必要だと思っていた。
でも、今は嘘をつく必要がない。そして、やっと私は恵吾の思いを信じられるのかもしれない。
「まだ美咲の本当の気持ち、聞かせてもらってない」
恵吾は黙っている私を見て、少し不安そうな顔をした。私はそんな恵吾の顔を見て、穏やかで優しい笑顔を返す。
「恵吾、愛してる。私と結婚してください。恵美のパパになってください」
心から偽らず、心から愛してる人を疑わず、愛していると言えることは、なんて素敵なことなんだろう。
私、今初めて、恵吾に告白できたような気がした。
恵美は眠ってからも、恵吾の手をギュッと離さなくて、私達はその夜、川の字で眠って、朝を迎えた。
Fin




