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罪と嘘  作者: 水沢理乃
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恵吾と美咲の嘘。そして樹生13

「恵美ちゃんは?」

 服部をリビングテーブルの前に案内し、私が向かい合わせに座ると、服部は開口一番、そう尋ねてきた。

「服部さんの要件はなんですか?」

 今の発言で内容はおおよそ検討はついていたけれど、私は敢えて尋ねる。

「うん。まぁ、分かっているとは思うけど、ちゃんと説明するよ。僕に仕事を依頼してきたのはもちろん恵吾。恵美ちゃんの父親が誰かを調べて欲しいということだった」

「知ってどうするんですか?」

「うーん、どうするのかな?それは恵吾が答えることだから、僕は答えられない」

 服部はさっき私に見せた戸籍謄本の入った封筒をリビングのテーブルの上に乗せ、見せびらかすように人差し指でそれを叩く。

「それで、恵美ちゃんの父親は誰なのかな?」

 服部が私の顔色を窺っていると分かり、私は出来るだけポーカーフェイスを装って、無言で返す。

「じゃあ、質問を変える。君の父親のことを調べさせてもらったよ」

「………っ!」

「だいぶ前に引退しているけど、以前は政治家で結構、名の知れた人だね。当時、少しニュースにもなった」

 私の背中はじわじわと汗をかく。ポーカーフェイスを装うとしても、それすら難しくなる。

「ニュースになった部分は美咲さんたちが抱えている問題の氷山の一角、まあ、結果なのかもしれないね?」

 私は黙り込んだまま、必死で堪えていたけれど、服部や恵吾のように何があっても平静を装う技量はまったく無かった。目頭からが熱くなり、涙が勝手にこぼれ始めてしまう。

 服部はそんな私の変化を見て、恐ろしく優しい目をして、私に微笑んだ。

「ごめんね。傷付いた?でも、敢えてそう言わせてもらったんだよ?美咲さんもそろそろ、親に囚われることから卒業した方がいいと思ってね」

 服部がおもむろにポケットからハンカチを取り出し、私に差し出してきた。私はそのハンカチを受け取らず、近くにあったティッシュ箱を手を伸ばした。

「人を好きになる気持ちはさ。コントロール出来るもんじゃない。それが結果、法律や倫理に反してしまうことだってあると思う。

 犯罪だってさ。人は罪を犯したくて、罪を犯すわけじゃないと僕は思ってる。入り組んだ事情や抑えられない感情。気付いた時にはすでに罪を犯していて、誰ものが、その罪悪感に飲み込まれる。

 大事なのはさ。罪を犯した後だと思うんだ。裁判だって、罪を犯した理由、その後の態度が判決内容に反映されるだろう?」

 涙を拭うと、服部と目が合い、その目が至って真面目な話だよと訴えていた。

「美咲さんは何故、嘘をつき続けるの?」

 服部の質問に、私は静かに唇を噛み、口には出せない答えを飲み込む。

 黙秘権を行使する私に服部は怒りをみせることもなく、引き続き優しい声で繋いだ。

「僕もそれなりに嘘は使うよ。武器としてね。嘘も方便とも言うくらいだし、嘘が悪いとは言わない。だけどさ、使い方を間違うと、真実はどんどん闇に紛れて、結果は最悪になるから、結構慎重に使うようにしてる。

 美咲さんの嘘のつき方が正しいのか、正しくないか、僕には判断がつかない。だけど1度、ちゃんと恵吾と、もしかしたら樹生さんとも話してみた方がいいと、僕は思うよ」

 話すべきことを話し終えたのか、服部は徐に立ち上がり、茶色い封筒を鞄の中に入れようとした。できることならそれを食い止めたくて、「その書類」と私は声を出す。

「この書類は申し訳ないけど、恵吾からの依頼だから、恵吾に提供させてもらうよ。だけど僕は君の味方だから、書面上に記載されていること以外は恵吾に伝えたりしないから安心して。そして、美咲さんの情報を恵吾に渡す代わりに、恵吾の情報を美咲さんにも提供してあげる」

 服部は鞄の中に茶色い封筒を仕舞うと、中から白い封筒を取り出した。

「これは5年前、僕が恵吾から依頼されて裁判していた時の記録だよ」

 そう言って、リビングテーブルの上に置いた。私はその白い封筒をじっと見る。

「『鳶の子は鷹にならず』 とか『鳶は鷹を産むはずが無い』とか誰かさんは言ってるけどさ。僕は 『鳶が鷹を産む』ことだってあると思ってるよ。まあ、どれも自分次第ってことだよね?」

 服部はそう言うと、動かない私を気にすることなくリビングから出て行った。しばらくして、玄関の閉まる音が聞こえる。

 私の心には、服部が去り際に残した言葉が、妙に優しく響いていた。そして、服部が置いて行った書類の内容を読んで、私は初めて、恵吾の本当の気持ちを受け取ったような気がした。


 その日の夜、私が恵美を寝かしつけ、キッチンの後片付けを始めた頃、自宅の玄関のチャイムが鳴った。本日2度目のチャイムに身体が勝手に狼狽える。

「こんな時間に誰だろうな?お隣さんか?」

 不芳の来客を予期すらしない樹生の普段通りの発言に胸が痛む。

 私は今日の昼間、服部が訪れたことを樹生に何も話せていなかった。流れからして、今回の来客者が誰であるか想像がついてしまう。インターフォンの画面には来客者がいることは分かるものの、肩しか写っていなかった。

 首を傾げながら、不審そうな顔をして樹生が玄関の方へと歩いていく。

 夜の来客については基本、樹生が対応していたけれど、私は樹生と少し距離を置いて後ろにつく。

 樹生は玄関のドアを開けた途端、「なんでアンタが‥‥」と低い声を出す。

「夜分遅くに申し訳ありません。美咲さんとお仕事をさせていただいている遠野と申します」

 明らかに動揺している樹生に対して、恵吾の声は取引先相手に使うような口調で、恵吾はすでに戦闘態勢が万全だと分かる。

「美咲さんとお話しがしたいんです」

「何を今更話すことが」

「お願いします。あなたともちゃんとお話しがしたい」

 恵吾が樹生の後ろにいる私に気付いて、「美咲」と呼ぶ。その声に樹生が振り返り、私の冷静ぶりに気付いて不機嫌な目をする。

「まさか俺に内緒で?もしかして、この間泣いた原因は、またコイツなのか?」

 樹生に睨まれて、私は唇を噛む。

「また繰り返すのかよ?」

 幾分声を荒げた樹生に、私は樹生を落ち着かせようと、服部から受け取った裁判記録に書かれていた内容を樹生に伝える。

「違うの。離婚してたの」

「は?」

「彼は、恵吾は離婚してた」

 樹生は眉間にしわを寄せると、恵吾の方へと振り返る。

「お願いします。説明させてください」

 恵吾は樹生に向かって、深々と頭を下げた。

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