恵吾と美咲の嘘。そして樹生11
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「美咲はちゃんと覚えてくれているのよね?あの時の誓い」
2人が逢瀬を重ねたアトリエ。小窓から忍び込む静かな光がマグカップを淡く照らす。
恵吾は私が5年前の誕生日にプレゼントしたマグカップを大事そうに撫でると、静かにカウンターの上へ置いた。
恵吾のその動作を私は目で追い、そのマグカップの横にリボンと包装紙の巻かれた箱が置かれていることに気付いてしまう。
「美咲はこれがなんだか分かるよね?」
恵吾はその箱を手に取ると、スルスルとリボンの紐をほどき、箱の中からマグカップを取り出した。
二つのマグカップがカウンターの上に並べられる。その二つは色違いだとしても、対であることはすぐに分かった。
描かれた絵柄がもともと一つであったかのように一体感を表し、二つの存在が当たり前のように一つになっている。
「美咲の誕生日に渡すはずだったのに、5年も経ってしまった。でも『永久』の時間は5年の歳月なんて大したことないよね?僕たちは約束した。このマグカップのペアが揃ったら、永久に愛し合うって」
恵吾は二つのマグカップを手に取ると、底に書かれた番号を私に見せた。
その両方にしっかりと『201』と刻印されていて、私たちの誓いを確約する証のようにそこにある。
「僕は誓うよ。美咲だけを永久に愛してる」
「………」
「美咲は?」
「………」
「僕だけを愛してるって言って。再会した時、愛してるって言ってくれたよね?僕を求めたよね?あれは嘘?美咲の本当の気持ちはどこにあるの?」
心がまたゆらゆらと揺れ始める。5年前、恵吾に気持ちを確認された時のように、心が勝手に答えそうになる。
「疑えば、愛が去り、愛すれば疑いは消えるなら、僕は美咲の気持ちを疑わない。美咲は僕を愛してる。永久に僕のことだけを愛しているはず。そして僕も美咲のことを永久に心から愛している」
圭吾の腕がすぐに私を抱き寄せて、私はあっという間に恵吾の腕に納まってしまった。
ゆらゆらと流され、気持ちのままに恵吾を求めたい欲求があふれ出しそうになる。だからこそ、やはり逃げるべきだったのだ。恵吾に捕えられたら、私は逃げられなくなってしまうのだと分かっていたのだとしたら。
人を愛する思いはどうやったら無くなるのだろう。突然、愛する人を心の底から嫌いになれることなんて、余程のことがない限り難しい。
世の中の人々は叶わない思いをどう整理していくのだろう。
私はこの5年間、逃げて、見えないふりをしてきたけれど、結局この思いが消えることなんてなかった。
私を抱きしめていた恵吾の手が背中の服の裾から中へと忍び込み、素肌を撫でる。するすると慣れた手つきで服を脱がされそうになり、私は恵吾の手を掴んだ。
「やめて……」
「裸にすれば、前みたいにちゃんと本音を言ってくれる?」
5年前、逢瀬をする際にアトリエで必ずしていた儀式。その儀式で私はずっと囚われていた。
「ずるいよ」
「美咲を手に入れたいから、ずるくもなるんだ」
拒絶する私の手を恵吾が力強く掴んで、私の腕を抑え込む。自分の背中の後ろに封じ込められた手や腕は恵吾の行動を止めることができず、恵吾の唇が首筋をつたう。
身じろぎながら、恵吾の愛撫から身体を逃す。だけど恵吾は力で私の動きを抑え込み、抗えなくなる弱さを探そうとする。
「5年前みたいにまた始めよう?」
恵吾の唇が耳元で囁いた後、耳たぶをかじる。
「美咲が結婚していても、子供がいるとしても構わない。気持ちだけでいいから、僕を求めて」
恵吾の舌が耳の中へと刺激を探る。その刺激に意識が惑わされそうになりながらも、私は自分に言い聞かせた。
また罪に溺れるわけにはいかない。罪から目をそらすわけにはいかない。そのために嘘を貫いたのだから、私は後戻りしてはいけないのだ。
「私はもう始めたくない」
5年前のように罪に目をつぶってのめり込めるほど、もう夢見心地にはなれない。私には守るものがある。だから流されるわけにはいかない。
2人の関係も私の心もコントロールしようとしていた恵吾。でも、もう私の心はコントロールできていないのだから。
「こんなことを繰り返しても、何も意味がない」
私の腕を抑え込む恵吾の力が一瞬弱まり、私はすぐに腕を引き抜くと、恵吾の身体を押しのけた。恵吾の腕から逃れ、距離を取る。
「帰ります」
私は落ちていた自分のバックを拾い上げると、アトリエの出口の方へと歩き出した。
「じゃあ、別れて」
恵吾の声が私を呼び止めた。
「旦那と別れて欲しい。彼の子でもいい。子供は僕が面倒みるから」
恵吾の提案に驚き、私は思わず足を止めてしまった。
「…………どうしてそんなことを軽々しく」
無意識に声が小さく漏れてしまう。
その時突然、アトリエ内に電子音が鳴り響いた。私は我に返り、電子音の元となる自分の携帯電話をカバンの中から取り出す。表示画面を見ると、めぐみの保育園の名前が表示されていて、慌てて通話ボタンを押した。
「もしもし……」
「めぐみちゃんのお母さんですか?お仕事中、すみません。実はめぐみちゃんが高熱を出してぐったりしていて……」
「え?」
「すぐに病院に連れて行った方がいいと思うんです」
電話の声が聞こえていたらしく、恵吾は私の手を取って、「迎えにいこう」と言った。恵吾に手を引っ張られながら、「すぐに行きます」と電話口に答える。
2人の足がアトリエを出て、玄関へ続く廊下に入ると、電波が遮断されてしまったのか、電話の向こうの声はまったく聞こえなくなっていた。




