罪と嘘の再会02
シワが目立つ、若干湿り気のあるシーツの上で、恵吾の滑らかな素肌の胸に私は頬をすり寄せた。恵吾は私を腕の中に抱き、指で私の髪の毛を梳きながら、頭の上に顎をのせる。
煙草を吸わない恵吾は肌を重ね合わせた後も私から一時も離れず、必ずと言っていいほど、こうして抱き締めてくれた。その行為が今まで付き合ってきた誰よりも愛を感じてしまって、不覚にも幸せな気分に毎度満たされてしまっている自分がいる。
「ねぇ、まだ写真撮ってる?」
「仕事ではね」
「‥‥‥そう」
5年ぶりに再会して、聞きたいことや確認したいことはたくさんあったけれど、私が聞くことが出来たのはそれだけだった。
「実は仕事の合間だったんだ。だから、そろそろ会社に戻らないといけない」
「‥‥‥そう」
恵吾の終わりを仄めかす言葉に、私の声はどことなく暗く、さびしそうに返事をしたけれど、心の中はずいぶんと冷静で、諦めている自分が居るんだなと客観的に思った。以前は2人の時間の終わりを察する度に胸を酷く痛めていたけれど、今はそこまで痛くない。
偶然再会し、突発的に作り出された2人の時間が、いつまでも続くことがないことを、このホテルに入った時から十分理解していた。
でも、この再会はもしかしたら神様が気まぐれでも与えてくれた最後のチャンスなのかもしれないなんて淡い期待を抱いてしまった私は、「また会える?」と気持ちのままに聞いてみた。
「どうだろうね。また、偶然再会することがあれば‥‥ね?」
そう言って、静かに笑った恵吾の顔を見て、私は言わなければよかったと後悔した。さっき、終わりを仄めかされた時は痛くなかったのに、何故か、今回は痛い。私は心の中で自分をせせら笑った。
愛してると囁いて、私を激しく求めるようにさっきまで抱いていたくせに、もう会えなくても大丈夫だと言わんばかりの余裕ぶりが憎らしさすら呼び起こす。
私が恵吾を深く強く求めれば、恵吾はそれを制するかのように、私の思いを受け止めてはくれなかった。そうやって、ブレーキをかけたのだと、今さらながら思い出して、自分が滑稽で仕方がなかった。
そうやって5年前も、2人の関係はずっと恵吾にコントロールされていたというのに……。
2人の時間にタイムアップを指示するかのように、電子音が鳴り始めた。私の携帯着信音が鳴っているのだと気付き、私は床に落ちていた鞄から携帯を取り出した。
画面に表示された名前に一瞬息を飲んだけれど、私は深呼吸して応答ボタンを押す。
「もしもし?」
「美咲。今すぐ戻ってこれる?」
受話器から男性の声が聞こえた。その声は大きくて受話器の外に声が漏れているだろう。たぶん、恵吾にも聞こえているはずだ。
「めぐみが我儘を言って、俺の言うことを聞かなくて困ってるんだ」
「うん、すぐ戻る。今どこ?」
「K百貨店の玩具売り場」
「分かった。すぐ行くね」
携帯電話の終了ボタンを押しながら、ホテルの床に目がいくと、男女の服があちこちに散らばり、重なり合っていた。その艶かしさが現実と釣り合わなさすぎて、息が苦しくなる。
「旦那?」
恵吾が背後から私を優しく抱き締めながら、耳元で囁く。
「……うん。娘がぐずってるみたい」
「そう」
恵吾はさほど気にもしていないように答えて、私の顎をクイっと引き寄せて唇を軽く塞いだ。
「僕を忘れないよう、おまじない」
口角を上げて意地悪そうに笑う恵吾を私はただ黙って見つめ返す。
私はまた罪を犯してしまった。そして、また嘘をついてしまった。
私が恵吾を求めるとブレーキをかけさせるくせに、私が他を求めようとするとアクセルを踏ませようとする。恵吾はそうやって私の気持ちをいつも乱して、私の行動までもをコントロールしようとしていた。でも、もう恵吾は、私をコントロールなんて出来ていない。
私は何も言わず、溢れそうな涙をこらえながら、必死に微笑み返した。そして、恵吾の腕をすり抜けると一度も恵吾に振り向かずに帰り支度をした。