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罪と嘘  作者: 水沢理乃
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恵吾と美咲の嘘。そして樹生02

※※※

 恵吾と私が、あのマグカップに誓約を立てた1ヶ月前。

 恵吾は本格化してきた北泰製造との提携に向け、中国へと出張していた。

 通訳の私はその出張に同行する予定だったけれど、北泰製造が日本語を話せる通訳を用意してくれたことから、日本に残って補佐業務に回っていた。

 恵吾から送られてくる打ち合わせた内容や資料を確認して書類をまとめ、必要になる書類を作成して、返信する。その日も私は黙々とデスクワークをしていた。

 仕事内容が書かれたメールの後、無題のメールが送られてくる。そして、その後にすぐに送られてきたもう一つのメールに一瞬ドキンと心を揺さぶられながらも、私は冷静を装って仕事を続けた。

 書類作成がひと段落ついたところで、会社内の周囲の様子を確認する。パソコンの画面を誰にも見られないと判断してから、再度そのメールを立ち上げた。

『会いたい。声を聞かせて』

 そう1行書かれたメールを一瞬だけ眺めて、私はそれをすぐに削除した。

 送信先のアドレスは適当に並べたアルファベットをアカウントにしたフリーメールで、文章内に名前は書かれていない。だからもし他の社員が偶然見たとしてもいたずらメールだと勘違いするだろう。

 だけど、私には送信者が恵吾だと分かっていた。

 恵吾に誘いを断られた後、私は決まって恵吾からのメールや電話を無視していた。返事するのは会社のメールに送られてくる仕事内容のメールか、会社に掛かってくる電話だけ。そうすると、恵吾は私に絶対読んでもらえる会社のメールにわざわざフリーメールを送りつけてくるようになっていたからだった。

 恵吾の出張は6日間の予定で、その日は5日目。会えなかった週末を含めたら、私達は約1週間、顔を合わせていなかった。そして、仕事以外の会話もしてなかった。

 私は恵吾から送られてくる仕事以外のメールを無視するくせに、宛名を隠してまで気持ちを伝えてくるフリーメールが送られてくる度にどことなく安心していた。

 いっそのこと私に愛想を尽かしてくれたらいいのにと突き放しながら、それでも離れていかないと胸を撫で下ろす。私のことがそんなにも好きなのだと錯覚して酔いしれる。

 恵吾の甘い言葉を鵜呑みにしてコントロールされたくないと拒否をしても、結局はそう思わせられてコントロールされているのかもしれないと思うと空しくもなった。


 夕方近くになってメールを確認すると、恵吾からまたメールが入っていた。数枚の添付ファイルが添えられていて、『申し訳ないんだけど、至急翻訳して欲しい』と書かれていた。

 会社内の時計を確認して、これは残業するしかないと決断する。

 定時に帰ったとしても予定があるわけでもない。一人で恵吾のことを考えてモヤモヤするよりも仕事をしている方が冷静で居られた。

 私は作業中の書類を一旦中断し、翻訳作業に取り掛かった。



 社内の窓が鏡のように姿を映すくらい日が暮れると、社員は全員退社していて、私一人になっていた。

 翻訳作業が終わり、それを恵吾に送信しようとマウスをクリックした時、両肩をがしっと掴まれて、私は小さく悲鳴を上げた。

 ビクビクしながら振り向くと恵吾が立っていて、驚きと安堵で目元がじわっと濡れる。そして、溢れ出す感情。

 会いたかった………。どんなに無視し続けても、やっぱり会いたかったんだと気付いてしまう。

「驚かさないで……。何で居るんですか?」

 泣くような小さな声で恵吾を訴えながら、思わず恵吾に腕を伸ばしていた。恵吾はにんまりと笑う。

「美咲、可愛い。いつも凛として隙を見せてくれないのに、不意打ちには弱いよね?」

 そっと伸ばしてきた恵吾の指が私の目元に溜まった涙に触れる。

「……誰だって、不意打ちには弱いです」

 私は恵吾に心を読まれた気がして、恵吾のその手を静かに払って、くるっと椅子を反転させ背を向けた。すかさず恵吾の腕が私の身体に巻き付いてくる。

「なんでメールも電話も無視するの?」

 恵吾は優しく耳元で囁いた。

 私は黙ったまま、恵吾の巻き付いた腕を外そうと抵抗する。すると恵吾は椅子丸ごと私の身体を自分と向き合わせて、私の目を覗き込んだ。

「拗ねてる?」

 恵吾の意地悪そうな笑い。そうやって笑うことが増えたなと思いながら、私はその心を隠した表情をただ黙って見つめ返した。そして、恵吾の心が読めないと諦めると、私も深く考えるのを止めた。気持ちのままに恵吾に甘え、その腕の中に納まることにする。

 恵吾はそんな私をぎゅっと抱きしめて、「一緒に帰ろう」と言った。



 一週間ぶりに見る恵吾の横顔をチラッと横目で盗んでから、フロントガラスに映り込むネオンを眺める。そしてまた恵吾の横顔を盗む。

 恵吾の顔を一度見てしまったら、私はずっと恵吾を欲していたんだと嫌でも分かってしまって、気付くと恵吾を見てしまっていた。そんな私に気付いたのか、恵吾は前方を見ながら、くすりと笑う。

「チラチラ見なくても、じっと見ててもいいよ?」

 瞬時に顔が赤く火照った私の右手に左手を伸ばして、指の端を焦らすように撫でる。私の身体はゾクと恵吾に反応して、くすぐったさを止めようと恵吾に指を強く絡めた。恵吾も指をしっかりと絡めてくれる。

 しっかりと繋がった2人の指が恵吾とのこれからの時間を期待させた。

 何時間くらい、一緒に居られるんだろう。恵吾をずっと欠乏していた私は膨れ上がる欲を心の中で何度も戒めていた。

「出張は明日までじゃなかったんですか?」

 気持ちを落ち着かせようと仕事の話を恵吾にする。

「うん。その予定だったんだけど、急遽早めて帰ってきちゃった」

「至急、翻訳が必要だって言ってた資料は明日使うものじゃなかったんですか?」

「うん。週明け、至急に使うよ?」

 横目で私を見ながら、にやりと笑った恵吾を見て、私は恵吾に騙されたんだと気付いた。

「……嘘つき」

 私は唇をとがらせて、ふてくされてみせた。

「バレた?でも美咲がメールも電話も無視するからいけないんだよ?どうしても今日会いたくなっちゃんだ。だから、残業させて会社で捕まえることにした」

 恵吾は繋いだ手を自分の唇に引き寄せて、軽くキスをする。

「今日はこれから連れて行きたいところがあるんだ」

 キスをされた手が恵吾のスラっとした顎の頬骨に当たり、薄い髭に触れる。その有るとも無いとも言えない微かな髭に私はくすぐったさを感じていた。


 恵吾に連れてこられたのは閉店間際のインテリア雑貨店だった。

 店じまいを始めていた店主は快く2人を迎えてくれて、私達はショップ内を端から順々に眺める。客は恵吾と私だけ。関係を隠さないといけない私達。だから、恵吾は閉店間際を狙ったのだろう。

 シンプルな店装の中に丁寧にレイアウトされた生活用品の数々。それらの商品は種類が様々で、雰囲気も印象も統一感がない。それでも、扱われているもの全てに作者の魂が込められていた。

 店主が海外や国内の様々な品を選んで取り寄せているというだけあって、同じものはなく一品もの。どの生活用品も秀逸だった。

 食器や家具を興味深く見つめる恵吾は普段私が見たことないような顔で、無意識に頬が緩んでいた。それは子供が宝物を見つけた時にみせるような無邪気で夢中な表情で、私もその表情に頬が緩んでしまう。

 身の回りにある生活用品を写真に撮るのが好きな恵吾。本当にインテリア雑貨が好きなんだなと受け止めた。

「美咲。このカップとこの皿はどうかな?」

 恵吾が色違いの洒落た模様の入った2組ずつのカップと皿を私に見せる。そのお揃いのカップと皿を見せられて、私の胸はキュンと詰まった。

「ペアなんですか?」

「うん。美咲が作ってくれるスパゲッティを食べるときに使えそうでしょ?」

「……うん」

 2人の関係にあり得そうもない甘い生活を予感させるような響きに、心が舞い上がってしまいそうになる。

 恵吾はそれ以外にもペアのコップ、箸、ランチョンマットなどを買った。それらを丁寧に詰め込んだ段ボールを大事そうに抱えて、2人は車に乗り込んだ。

 全てお揃いの生活用品たちが詰められた箱を車の後部座席に積んで、車は走り出す。その向かう先がアトリエだとしても、恵吾と2人だけの生活を始めるための引っ越しをしているような気分で妙に心は満たされていた。

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