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罪と嘘  作者: 水沢理乃
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恵吾と美咲の罪09

 恵吾の優しいキスも荒々しいキスも、私の唇は触れていなくても感じるように覚えていく。恵吾の素肌の滑らかさも体温も大きさも、いつでも包まれているかのように温もりが残っていく。

 激しく身体を合わせた恵吾の微かな汗の匂いに私は甘美を誘われてしまうほど、アトリエの独特な匂いは私の嗅覚を邪魔することがなくなる。

 繰り返される数ヶ月間の私達の逢瀬は、鼻につく現像液匂いも、恵吾を求める罪の深さも、アトリエに居る時の私には感じさせなくなっていた。


 煮えたぎるように大地を照りつけている日差しが中二階のベッドを暖める平日の昼下がり。私はベッドに寝転んで、露わになっていた肌を薄い掛け布団の中に隠した。シーツと布団のカバーに擦れる肌はくすぐったさと心地よさに包まれる。

 明け方近くまで、愛しい肌と温もりを何度も重ね、お互いの気持ちを刺激と甘美で確認し合った私と恵吾は昼過ぎ近くになって、遅い朝を迎えた。

 月1回、2人で示し合わせる平日休み。何処にも行けない私達は、アトリエでいつものんびり過ごしていた。私は自宅で多めの惣菜を準備して、アトリエに新しく購入された冷蔵庫に保管する。それを夕食時までゆっくりつまんだり、パスタ程度の簡単な料理をアトリエのキッチンで作ったりした。

 私はアトリエのベッドで1人横たわっていた。恵吾は「少し待ってて」と言って、中二階から一階に降りていったきり、まだ戻ってきていなかった。

 掛け布団の中に身を隠すと、シーツに擦れた肌が私を求める恵吾の激しい快感を蘇らせて、身体の芯が疼いた。戻ってきた恵吾はまた私を抱くだろう。それが分かっているから、裸の肌は尚更、彼を求めてしまい、私の深い奥を濡らす。

「美咲‥‥」

 恵吾の声が聞こえ、私が彼を求めて身体を起こすと、掛け布団が私の肩から滑り落ちて、素肌を日差しがチリと照らす。カシャッとシャッターを切るような音がして、恵吾の方に振り向くと、カメラのレンズが真っ直ぐに私を覗き込んでいた。

「やだっ、恵吾」

 私は咄嗟に掛け布団を引き上げて素肌を隠す。すぐにまたカシャッとシャッター音が鳴る。

「撮らないでっ!」

 私が怒るように声を出すと、「いやだ、撮りたい」と駄々をこねるような恵吾の声が返ってきた。

「美咲、撮らせて」

 今度は甘ったるい声でそう言って、もう一度シャッターを押すと、カメラのファインダーから目を放し、くすっと意地悪そうな顔を私に見せた。私はその恵吾の何かを企んでいそうな目にドキドキと鼓動が騒ぎ始める。

「僕しか見ないよ?美咲を写真に収めて独り占めしたい。僕のものだって証明するみたいに‥‥」

 恵吾は掛け布団に身を潜めた私に近付いてきて、私の顎を捕まえるとキスをした。恵吾の舌が口の中に少しずつ入り込み、深くなる。私はその深いキスに夢中になり、腕を恵吾の首に回した。

 潤う唇と舌で何度もお互いの感触を確認し合った後、自然と2人の身体が離れる。それと同時に恵吾は私の身体を覆っていた掛け布団をサッと引き抜いて、ベッドの外に投げ出した。

「あっ!」

 カシャ。

 何も身に纏っていない私の身体が写真に撮られる。

「やだ‥‥。恥ずかしい‥‥っ」

「大丈夫、恥ずかしがらないで?綺麗だから」

 カシャ。

 シャッターを押し続ける恵吾に背を向けて、胸を隠す。

「でも‥‥」

 私は膝を抱え、ベッドの上に丸くなる。

 カメラのシャッター音が止まって、私は小さく腕の中から顔を上げて、恵吾の様子を伺う。恵吾の顔が私の前まで近づいてきて、唇が微かに耳元に触れた。

「じゃあ、目を瞑って‥‥」

「え‥‥?」

「そしたら、恥ずかしくないはず」

「恥ずかしいよ‥‥」

「じゃあ、試してみて?」

 恵吾は写真に撮られることから解放してくれる様子がない。

「えぇ‥‥」

「いいから‥‥‥ね?」

 甘く甘く、耳元に息を吹きかけるように囁き、私を刺激する。変に緊張感のあるイヤラシイ行為にクラクラして、私は恐る恐る目を閉じた。

 またカシャとシャッターの音が鳴り始めて、私はビクと身体を強張らせた。目を開けたくなり、瞼を動かそうとすると、「開けたらダメだよ?」とすぐに制されて、私は開けたいのを我慢して、ギュと目を閉じた。

 カシャ。カシャ。と何度もシャッターが耳に届く。

 私は微動だに出来ないまま、ただただシャッター音を聞き続けた。

 何回、恵吾はシャッターを切ったのだろう。シャッター音が止まり、フィルムを入れ替えているような音がする。

「美咲、同じ体勢は疲れたでしょ?ベッドに横になっていいよ?」

 代わりに恵吾の声が聞こえた。そう言われ、私は身体を少し動かす。緊張のあまり、同じ体勢で身体に力を入れ過ぎていたせいで、確かに身体は凝り固まっていた。

 私は身体を少し伸ばし緊張を少し解いて、そのまま、ベッドに胸を隠すように寝っ転がる。いつしかまたシャッター音は鳴り始めていた。

 その音は近付いたり、遠ざかったりしながらも、規則的な間を空けながら、鳴り続ける。寝転んだ私はさっきよりも幾分肩の力を抜いて、そのシャッター音に耳を傾けていた。

 すると、突然、シャッター音が鳴り止んだ。私が居るベッドの周りは瞬時にして何もかもが消え去ったかのように音が消える。ベッドの周りを歩いていた恵吾の気配すら無くなってしまった。

「‥‥け、恵吾?」

 私は不安になり、圭吾の名前を呼んだ。でも返ってくるのは静かな沈黙。その後もずっと音は聞こえてこなくて、私はどんどん不安になった。

 もう堪らず、私は目を開いた。目を開けると同時に、カシャとシャッター音が鳴る。

 その音に一瞬驚きながらも、また規則的に鳴り始めたシャッター音に私は気付けば慣れていた。目を開けたまま、カメラを構えた恵吾の姿を追う。恵吾の顔はカメラのレンズに隠れてしまって、しっかりと顔が確認出来ない。

 私はその見えない恵吾の顔が見たくて、カメラをずっと目で追った。カメラのファインダーから目を外した恵吾が私を見て、にっこり微笑む。その顔にキュンと心を摘まれてしまった私は、近づいてきた恵吾に身体をベッドに押し倒されて、片腕ずつ頭上に持ち上げれた。

 両腕が恵吾の片手で軽く押さえつけられる。そして、キスをされ、首筋を舐められた。

 私の身体はピクンと反応し、恵吾を求める。でも恵吾は首すじから唇を離すと、耳元に「そのままだよ?」と囁いて、私から離れてしまった。抱いて欲しくて堪らず、私は離れた恵吾を見る。

 すぐにカシャっとシャッター音が鳴った。

「あっ‥‥‥」

「僕を物欲しそうに見る美咲の瞳。たまんない‥‥」

「っ!!」

 卑猥な写真を撮られてしまったことを実感し、恵吾を責めたい感情が沸き起こる。

「もう!やっ‥‥‥んんっ」

 でもカメラを置いた恵吾に唇を優しく塞がれてしまい、声を失った。

 唇を離した恵吾の顔が私を覗き込むと、意地悪でいて、凄く満足気な顔が視界いっぱいに入り込んで来て、「今日もいっぱい愛してあげるからね」と笑う。

 キスの嵐が始まると私の心は蕩けてしまって、恵吾を責めたい気持ちはもう何処かに旅立ってしまった。

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