恵吾と美咲の罪08
恵吾は私の服を全て床に放り出すと、ベッドから静かに降りる。
私はこのまま無理やり抱かれるのかと思っていた。だから、ベッドから降りた恵吾の行動に驚いて、顔を上げる。
恵吾は私の座っているベッドから少し離れたところに立ち、裸になった私を見つめていた。途端に凌辱されたような羞恥心を覚えて、私は涙目で恵吾を少し睨む。
恵吾はその私の視線をじっと見つめ返したまま目をそらさず、自分のワイシャツの袖ボタンを外し始めた。その手つきがこれから私達に起こることを予感させる。
外れた袖口から男らしい骨張った手首が覗く。血管の浮き出た手がネクタイに延びて、見せ付けるようにゆっくりとそれを緩めると、首元からシュッと一気に引き抜いた。恵吾の手のひらに移動したネクタイは流れるようにスルっと床に落ちていく。
私の背筋はゾクっと震えてしまった。中二階の窓の外はまだ明るくて、青空が見えた。その窓からの光が恵吾の背中を照らして、艶かしく恵吾の影を際立たせた。
恵吾がワイシャツのボタンを上から一つずつ外していき、少しずつ恵吾の素肌が露わになっていく。情欲をそそるような感覚に私は戸惑いを隠せないまま、恵吾から目を離せなかった。
ワイシャツを全て脱ぎ去ると恵吾の精悍な身体にまたドキンと鼓動が反応してしまう。恵吾がベルトを外し始める。私は遂に焦って、恵吾から目をそらした。それでも耳は恵吾の行動を追ってしまっていて、ベルトの外れる音やズボンの床に落ちる音だけで、私の体温がどんどん上昇していくのが分かる。
裸になった恵吾がベッドに近づく気配がした。それでもベッドの上には上がって来ない。
「ごめんね。こうでもしないと、お互いの本音に近付けない気がしたんだ………」
恵吾の掠れた震える声に、私は組んだ腕から恐る恐る顔を上げた。私と同じように裸になった恵吾がベッド近くの床に膝をついて、私を真っ直ぐ捕らえていた。
「美咲は僕のこと、どう思ってる? 好き?嫌い?」
真剣な目で気持ちを尋ねられてしまい、私の心はゆらゆらと揺れ始めた。
「ねぇ、答えて。美咲の本当に気持ち。僕のこと好き?」
心の中ではもう、「好き」とすぐに答えていた。この気持ちに「好き」以外の意味があるなら、教えてほしいくらいで。「好き」以外の気持ちに変えることができたとしたら、どんなにいいだろう。
「誰よりも僕のことが好き?」
繰り返される恵吾の気持ちの確認に、私はもう冷静な判断なんて出来なくなっていく。
私の正直な告白がどんなに禁断であることを私はこの時理解していたのだろうか。ここで嘘をついておけば、私達は何も始まらず、この先ずっと罪や嘘を繰り返すことにはならなかったのに……。
この時の私は、心も身体も全て、恵吾に裸にされてしまっていた。
「好き……」
止められなかった。嘘なんて付けなかった。好きで好きでたまらなかった。
「好きです……遠野さん」
「名前で呼んで……」
恵吾が少し身を乗り出して、私に近づいた。
「恵吾…‥好き‥‥」
言われるがままに、私は恵吾の名前を呼ぶ。
恵吾は私を求めるような目で優しく笑った。
「僕も美咲のことが誰よりも1番好きだよ」
恵吾は立ち上がり、私が座っているベッドに膝をかける。ギシっとベッドの軋む音が響いて、裸の恵吾が目の前に座り込んだ。
私の身体を隠すものが何もない。恵吾の目は私を捕らえている。恵吾の手が少しでも動いたら、その手が私の素肌に直に触れてしまう。そしたら私は彼に何もかもを捧げることになるのだろう。
その高揚と緊張と不安が相まって、私の目の中の瞳は動揺するように揺れた。その迷いを閉じ込めるように、恵吾の顔が近付いてきて、静かに私の唇を塞ぐ。
軽いキスにも関わらず、長いキスだった。長く触れ合うことで唇が濡れる。その湿潤した重なりから、2人の感情が電気のように行き交って、恵吾の偽りない気持ちが私の心の中に溶けていくようだった。
お互いの唇で2人の気持ちの温度を確認しているみたいで、恵吾が私のことを同じように好きで居てくれているのだと思えてしまう。唇が離れる瞬間、チュっと初めてする幼いキスのような音が鳴った。
恵吾の唇の温もりを失った瞬間、私はとてつもなく怖くなった。私の思いは今、確実にまた膨らんでいた。恵吾を好きな気持ちがどんどん溢れ出している。でもこの感情の行き先は最終的に何処にたどり着くのだろう。この溢れる思いはちゃんと最後まで受け止めて貰えるのだろうか。
私はこの思いを恵吾に受け止めてもらう以外に思い浮かばなくて、咄嗟に恵吾の首にしがみついた。
「どうしたらいい‥‥‥。好きすぎて、怖い。私の思いはこれからどうなってしまうのか分からなくて怖くてたまらない‥‥」
恵吾はしがみついた私の腕を優しく剥がすと、私の目を真っ直ぐじっと見つめ返してくれる。
「その思いも怖さも、僕がずっと受け止めるから、美咲は何も考えなくていい」
恵吾の言葉に、私は気持ちのままに甘えてみたくなったけれど、この先何も考えずただ恵吾のことを思い続けたら、私は一生、恵吾から離れられない気がした。
「そんなこと言ったら、本当にずっと好きでいるよ?」
私が恵吾のことを思い続けたら、困るのは恵吾ではないだろうか。恵吾がこれまで築いてきた何もかもを私は壊してしまうのではないだろうか。
「いいよ。美咲は気持ちのままに、僕にぶつかってくればいい。コントロールは僕がするから」
恵吾は私の髪を撫でながら優しく笑って、また私の唇に軽いキスで誓いを立てる。
『気持ちのままに、恵吾にぶつかっていい』。その言葉に私は一気に支配された。
恵吾は目を細めて私を見る。その色情溢れた恵吾の表情に酔い、私は何もかもを捧げたくなってしまった。恵吾の唇を求め、無意識に口が薄く開く。身を委ねようとしている私の仕草に恵吾は顔を歪ませて微笑んだ。
「だから、美咲は‥‥とことん僕に堕ちて」
そう言った恵吾が私に返したキスは私を堕とすために練る計算高いキスではなく、逆に私に堕ちてしまったような余裕のないキスだった。
その荒々しいキスが禁断の関係を始めてしまった恵吾の止められない感情を表しているようで、私はその思いの強さに嬉しさを感じてしまう。先の見えない暗闇の恋に胸が凄く苦しいはずなのに、恵吾に触れられる唇や肌が愛されているのだと錯覚する。その手にすがりたくて、その手に抱かれたくて、私は必死に恵吾を求める。
私達はキスを重ねる度に罪が重くなる。それなのにキスの回数ごとに罪を犯すことに慣れていく。
この日から私達はどんどん溺れるように互いを求め合い、どんどん混沌に落ちていった。




