母の思い
うだるような暑さも遠のき、紅葉が山を覆い、その上を雪が真っ白に染め上げた。
頬を真っ赤に紅潮させ、雪遊びに夢中な俺と弟は、きっとお袋が見たら雪に住む妖精のように見えただろう。
お袋は相変わらず働いていた、お袋の頭の中は俺と弟の分の将来の学費やらなんやらで一杯になっていた。
冬の寒さは、お袋の持病の腰痛に拍車をかけ、今年で38になったお袋は実年齢以上に見えた。
毎日疲れて家に帰ると、俺と弟が家中をメチャメチャにしている、それを溜息とともに片付けながらも俺と弟の寝顔を見てお袋は(頑張ろう)と小さく呟いた。
小学校ではマウンテンバイクが流行っていた。
友達の誰かが、親に買ってもらったマウンテンバイクの話を自慢げに話していて、誰もが羨ましく思った。
そいつは学校が終わると、ピカピカの真っ赤なマウンテンバイクで走り回っていた。
歩道の段差を軽々と超えて見せたり、滑りそうな雪の上を格好良く走って見せた。
しばらくすると「俺も買ってもらった」とかいう話を聞くようになった。
マウンテンバイクを持っている奴等は(金持ちチーム)持っていない奴等は(貧乏チーム)となんともむごい称号を頂いた。
(貧乏チーム)のメンバーは本当に貧乏な家の子供達3人で構成されていた。
その数の少なさが小学生ながらにリアルに感じられて悲しかった。
(金持ちチーム)は学校が終わると、何枚も重なったビックリマンシールをポケットに入れてどこそこに集合して町中を冒険してまわり(金持ちの秘密基地)まで作り上げた。
学校にいけば小学生独特の無邪気さで「貧乏菌」「汚い」「くさい」と呼ばれた。
それがなんだかお袋が馬鹿にされているようで、帰り道に自然と涙が溢れてきた。
俺はお袋にありったけの思いを伝えた
「小遣いちょうだい」「ビックリマンシール買って」「マウンテンバイク買って」「洋服買って」「一軒家に引っ越したい」「ファミコン欲しい」「マジックテープの靴も欲しい」
欲しいものを涙ながらにねだった。
大人は簡単に買えるんだと思っていた。
実際お袋はそれなりの貯金をしていた、しかしそれはお袋なりに念密に計算した俺達の将来の必要経費だった、だから毎日の買い物は500円以内と決めていたし、お袋が着ている洋服はすべて年代物や友人からの貰い物ばかりだった。
ここぞとばかりにおねだりに便乗した弟との大合唱をお袋は沈んだ笑顔で受け止めた。
「ごめんね、ごめんね」
そればかりお袋が連呼するから、弟は何故か泣き出し俺も何故か泣いてしまった。
買ってもらえない悲しさと、お袋の悲しい笑顔がそうさせた。
クリスマスの日(貧乏チーム)は俺一人になるようだった、他の2人はクリスマスに買ってもらうと言っていたし、俺はもうお袋にねだる勇気がなかった。
ちょうど冬休みで学校は休みだから、(貧乏コール)も(金持ちチーム)の話も聞かなくて済むのが幸いだった。
12月25日
お袋がいつも通り帰ってきた。
ハァハァ息を切らせて、いつもより大きな買い物袋を持って帰ってきた。
俺と、弟は玄関が開く音に敏感に反応して、お袋のもとへ駆け寄り大きな買い物袋に喜んだ。
「今日はご馳走!?」
「そうよ、一緒にクリスマスを祝おうね」
お袋がコッソリ冷蔵庫にケーキを隠したのも知っていたし、お袋が骨付きの鶏肉を焼く音に落ち着かなくなって、食卓と台所を行ったりきたりした。
ご馳走といっても、スーパーで特売だった骨付きの鶏肉が一羽づつと、ご飯と味噌汁という少し淋しいご馳走だったが、(特別)という響きに俺と弟は酔いしれた。
ケーキを食べて満腹になった俺と弟はすぐ寝てしまった。
と、いうよりサンタが早く来てくれるように早く寝た。おきたら枕元にプレゼントがあってそれはきっとビックリマンシールかファミコンのはずだった。
朝起きると、以外にも枕元には何もなくてお袋の字でサンタからの置手紙がテーブルにおいてあった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
良い子のお兄ちゃんと弟君へ
プレゼントは外においてあるよ、お母さんは君たちが大好きだよ
お母さんが帰ってきたら鍵は渡すよ
サンタさんより
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
小さな体を跳ね上げて弟と一目散に外に出た。
ハンドルに真っ赤なリボンがついた。
真っ黒な同じマウンテンバイクが2台あった。
一台は補助輪が付いていて、弟のそれとすぐわかった。
「うわあ!!!やったぁ!」
「兄ちゃんマウンテンバイク!」
やったやった!と大喜びしながらマウンテンバイクを眺め回した。
ところどころサビついててピカピカではなかったが、それは正真正銘のマウンテンバイクで泥除けも、骨太のフレームもかっこよかった。
夕方頃、お袋が帰ってくると俺も弟も抱きついて離れなかった。
ありがとうありがとう!
母ちゃんありがとう!
嬉しくて嬉しくて、子供のボキャブラリーではありがとうしか言えなかった。
お袋は笑って、もう(貧乏チーム)じゃないねと言った。
「あんた達は私の宝者。宝者が泣いてるとお母さんは悲しくなるよ」
とニッコリ笑った。