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絆の肖像  作者: godlove
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宝者を想う人

お袋の涙を知ってる。

弟の悔しさも知ってる。

俺たちは、これからもずっと家族なんだ。


両親は俺が3歳の頃に離婚した。

秋も終わりかけた11月の寒い日に家族の糸はぷっつり切れた。


寡黙で、釣りだけが趣味の親父。

酒は呑まず、仕事真面目で、休日は釣りに行く。


お袋は少し頑固で、心配性で、生まれたばかりの弟をいつも抱えてた。


弟を生んでお袋は腰を痛めた。

家事もろくにできず、親父は仕事から帰るとお袋や俺たちに食事を作った。

市営の安アパートで立派な家具なんてひとつも無い、慎ましい暮らし。

お袋にはそれだけで十分だったみたいだ。


親父は仕事に、家事に、弟の夜鳴きに、潤わない生活に疲れ果てた。


離婚は必然だったみたいだ、俺が覚えてるのはお袋が薄っぺらい布団で泣いてる姿だけ。

気がつけば親父はいなくなっていて。

相変わらずヒューヒューと鳴る隙間風と、ガタガタうるさい窓ガラスだけが安アパートに残った。



お袋は働き始めた。

生活保護は受けないというのが、お袋の意地だった。

「あんた達は母さんの宝者、絶対幸せにするからね」

これが27年間言い続けているお袋の口癖だ。


俺が保育園生になった頃、お袋の腰はだいぶ回復していた、回復していなかったとしても

俺達にはそう見えた。

お袋は、朝は新聞配達、それからスーパーで露天販売をした。

毎日疲れて帰ってくると、俺と弟のうっとおしいお喋りがお袋を待っていた。

保育園であった訳のわからない話だとか、弟がどんな悪さをしただとか。

お袋は、俺たちの話を聞きながら眠っていた。

俺はそれが少しだけ、本当にすこしだけ不満だった。

もっと聞いて欲しかった。


たまの休みにはお袋を叩き起こした。

飛行機して欲しかった。

ホットケーキ焼いて欲しかった。

どこかおもちゃがいっぱい飾ってあるところとかに連れて行って欲しかった。

何もしなくていいから、起きて一緒にいて欲しかった。

お袋は、そんな恨めしい俺たちを見ていつもニッコリ笑った。


「こんなうるさい宝者はないね。」


俺にはそれが文句に聞こえて、いつもふてくされた。


「布団に入りなさい」


そう言ってお袋がペラペラの掛け布団を捲くると、俺と弟は一目散に布団に飛び込んだ。



たまに親父が来た。

いつも、玄関で俺と弟を呼んだ。

黒ずんだ肌に刻まれたシワをクシャクシャにして笑って、いつも同じジャンパーを腕まくりして玄関に立っていた。

「身長何cmになった?」「俺のことわかるか?」

いつもそれだけ言うと、言葉に詰まる親父

俺は精一杯親父を睨みつけた、弟は恥ずかしそうにモジモジする。

お袋は台所で黙って立っていた。

玄関の電球のオレンジ色の光が、親父と俺達兄弟にちょうどいい距離を作っていた。

親父が帰るときは、いつもコッソリ窓から親父が帰るのを見ていた。

知らないオバサンが乗った車に親父が乗り込む。

台所でお袋が「くそ」というのを何度も聞いた。


俺が小学生になった頃、弟の提案でお袋の新聞配達を手伝うことにした。

俺より2歳も年下でチビの生意気な弟が


「兄ちゃん、母ちゃんきつそうやし新聞配達手伝ってやろうや」


なんて言い出すから、なぜか悔しかった。

しかし、お袋は許さなかった。

だいたい、スクーターなのに3人では行けなかった。

俺は何が何でも手伝おうと決めた。

お袋が朝4時頃起きて、ゴソゴソと用意しているうちに弟とコッソリ外に出た。

俺がスクーターの足置きのところにチョコンと乗って、弟は後ろのカゴにスッポリ収まっていた。

でも、お袋はいつまで経っても出てこなかった。

どうやら毎日仕事に出る前に、俺たちの寝顔を見て出かけるのが習慣らしかった。

しばらくして、半狂乱で出てきたお袋は俺たちの滑稽な姿を見るなり泣き出した。

「カワイイカワイイ!私の宝者!大切な宝者!」

と、泣いた。

大きなお袋は、片手で弟をカゴから引き上げ、俺の首根っこを掴んで抱き上げた。

ギュゥっと二人を抱きしめてずっと泣いているもんだから、弟の顔はビショビショに濡れていた。

結局、手伝いは幻に消えたが俺も弟も満足だった。





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