手を伸ばせば掴める幸せ
省吾が大体の元凶
「太一、聞いてくれ」
「なんだい? 省吾」
青ざめた表情でプルプルと身を小刻みに震えさせながら省吾は太一に語りかける。
「俺は今、大便を我慢している。この気持ちわかるか?」
「ああ、わかるよ。僕にも経験がある」
太一は省吾の置かれた環境に少なからず共感を覚えたように頷き、省吾の目を見つめる。
「しかし、そろそろ我慢の限界のようだ」
苦悶の表情を省吾は浮かべる。
「実に興味深いね、続けて」
省吾は口にするのもやっとといった感じで言葉を続ける。
「このままでは俺は漏らすかも知れない。それが何を意味するかわかるか?」
太一は瞬時に悟った、そんなことになれば周りは阿鼻叫喚の地獄絵図になるであろうことを。
「なるほどね、だが何が君をそこまで我慢させる? 君が何に耐えているのかが僕にはわからないよ」
太一は省吾の置かれた環境を理解していた、だが頑なにその場を離れようとしない省吾に疑問をぶつけた。
「いいか太一? よく聞け、人は誰しも大便を我慢することがある。それはどんな悪人でもだ、便意を催した瞬間漏らすような人間はどこにもいない。どんな人間でも必ず我慢するはずだ」
省吾の言葉に納得するかのように太一は頷いた。
「そう! 漏らすという行為は悪だ! 人は皆それに抗うように、大便を我慢するっ! それは1番人間らしく一際輝いて見える瞬間だと俺は思う。どんなに怠惰な人間でも必ず我慢する、人は努力できるんだ」
太一は省吾の目をじっと見つめ、次の言葉を待つ。
「だから俺は大便を我慢する、俺の人生でここまで努力をしたことがあっただろうか? いやない! 俺は皆が努力している中、逃げるように生きてきた。そんな俺がだ! 今努力をしている! 人生で1番輝いているときであろう!」
太一はそれ以上喋らなくていいと言葉を遮るように省吾の肩に手をおき、首を横に振った。
「トイレ行け」
「はい」