譲れないもの
ノーコメント
「こちら太一、食堂に潜入することに成功した。どうぞ」
携帯を片手に太一は食堂への潜入に成功した。
「こちら省吾、オーケー良い調子だ、目標は右手奥にある。どうぞ」
昼休みの食堂、それはまさに戦場と言って差し支えない。
人の波はさながら重戦車のように生徒たちを蹂躙する。
昨年は3人の死者と多数の重軽傷者を出した魔の海域だった。
太一と省吾の目標はただ一つ、ヤキソバパンであった。
それは戦場に咲く一輪の花の如く、食堂に一際輝く黄金のような美しさを誇っている。
「こちら太一、列への潜伏に成功した。どうぞ」
「こちら省吾、そのまま慎重にな。目標は近いぞ。どうぞ」
人波に押しつぶされ、太一は激痛に顔を歪める。
「こちら太一、どうやら骨にヒビが入ったようだ! これ以上の進軍は不可能だと進言する。どうぞ」
「こちら省吾、諦めるな太一! 今ここで諦めたら今まで散っていった同胞の意思が無駄になる! どうぞ」
苦痛に耐えながらも、太一は亡き同胞の顔を思い浮かべ先へと進む。
「こちら太一、なんとか先頭にたどり着いた。どうぞ」
「こちら省吾、よくやった。目標を速やかに確保せよ。どうぞ」
「こちら太一、目標ロスト! 繰り返す目標ロスト!」
「こちら省吾、くそっ! 一足遅かったか……! 周りを見渡せ! どこかに必ずアレを確保した標的がいるはずだ!」
太一は必死に周りを見渡した、そこには決死の想いで目標にたどり着いたのであろう女生徒の姿があった。制服は破れ片腕は折れたのかだらりと垂れ下がり、頭部からは大量の出血が見られる。
「こちら太一、標的を発見した!」
「こちら省吾、よくやった! 速やかに確保しろ! 手段は厭わん!」
「こちら太一、了解した! この命に替えても必ず成し遂げる!」
太一は女生徒が命懸けで奪取したであろうソレを、奪い取ると一目散に食堂から駆け出す。
どれだけの想いでソレを手に入れたのであろうか、女生徒はその場に崩れるように倒れた。
「こちら太一、標的の確保に成功した。どうぞ」
「こちら省吾、これにて作戦完了だ。速やかに帰投せよ。交信終了」
「こちら太一、了解した。交信終了」
満身創痍ながら任務を完遂した太一は教室へ戻り、省吾へソレを手渡すとその場へ崩れ落ちる。
「よくやってくれた太一……、お前の犠牲は無駄にはしないっ!」
太一が命懸けで奪取したソレを涙ながらに噛み締めると、省吾はその場に泣き崩れた。
パンに挟まってたのはヤキソバではなく、うどんだった。