わたしのいろ
赤はとても綺麗だ。情熱的でよく映える色。だから、私は小物を赤で揃える。カチューシャもハイヒールも深紅を選んだ。しかしながら、赤ばかりもよくないと思い、ピアスは白いファーピアスを選んだ。白と赤のコントラストは私は好き。口紅だって赤がいいわ。燃えるような赤。美しい色。私の大好きな色。
今日は新作のマニキュアが手に入ったので、私はそれを塗ろうと寮内の談話室にて爪の手入れを始めることにした。ヤスリで削りながら形や表面を整え、その上にトップコートを塗る。左爪から塗り、少し乾かしてから右の爪。両爪とも乾かしてから、当初の目的であった新作のマニキュアを塗り始める。
この赤は日本では朱色というそうだ。薔薇の深紅さとは違い、少しオレンジがかった赤色。なぜだか惹かれて買ってしまったマニキュアだったのだ。1度塗りではうまく色がのらないため、もう一度かすれてしまった部分を覆い隠すようにまた塗り、乾かす。それから仕上げにトップコートを塗れば、指先は美しく朱色に染まった。なんと美しい色だろうか。普段とは違う赤がとても綺麗で嬉しくなった私は思わず、顔がゆるんでしまう。
日本にはたくさんの赤色があるという。微妙な色の違いでもそれぞれ名前がついている。なんと素晴らしいことだろうか。朱色に真朱、猩々緋、蘇芳、紅色…たくさんの赤が日本にはある。またこんな和の赤色のマニキュアがあったら、買ってしまおうかしらと考えているとふいに後ろから声をかけられた。
「ヴェローニカ、なんかご機嫌だな?」
振り向いてみるとそこには同じ寮で一つ年上の先輩である男が立っていた。私が最も関わりたくない男、ヴァレンティーン・エイヴィアンス。男性は基本的に関わりたくないのだが、この男だけは本当に近寄りたくもない。
そのハニーゴールドと言うのだろうかその長めの金髪に加えて、一般的に“イケメン”と言われるその水色の瞳をしたたれ目に短い釣り眉、すっと鼻筋通った高い鼻は、同級生も下級生もそして上級生にも、囃し立てられている。極め付けは右目元にあるその泣き黒子だろう。これが色っぽいと黄色い声を上げる女性は多い。そして背は平均より高く男性陣の中に頭一つ飛びぬけているくらいに高い。表情はいつもへらへらと笑っている。
異性にもてる・もてない関係なく、そのちゃらちゃらとした彼の雰囲気が、そして呼吸をするように色々な女性を口説く、そんな軟派な彼が私は大嫌いだった。
しかも、この男には同じ顔の双子の弟・クレーシャスがいるのである。二人の違いはたった一つ、極め付けである泣き黒子があるかないかであるが、やはりぱっと見ると区別がつかないため、弟は伊達眼鏡をかけていることが多いのだった。
それはさておき。この男はにへらと言った方がいいのだろうか、そういった笑みを浮かべていた。その笑顔は彼を好む女性にとっては嬉しいものだろうが、私にとってはいらつかせる材料でしかなかった。振り向いたものの、相手にするのがとてもめんどくさく感じた私は、彼を無視することにした。しかしながら彼は気にも留めず、私の隣に腰かけそしてマニキュアを塗ったばかりの私のまじまじと熟視するのだった。
それどころか、彼はマニキュアを塗ったばかりの私の手をその手で握るのだった。
「なんか、へーんなにおいがすると思ったら、これかー。これでヴェローニカは機嫌よかったのか~?」
「ちょっと!やめて、まだ乾いてないから離して頂戴」
心底嫌そうな顔をし彼を睨んでみるものの、彼は意を介せず私の手を、私のマニキュアを塗ったばかりの指先を見つめたままである。
「んー、ヴェローニカって、赤好きだよな。白い手にすごく映えていてとてもきれいだ。でも見たことない赤だな、これ」
さらっと言う褒め言葉、よくもまあすぐ女性を褒められるものだと私は呆れた。たとえお世辞だとしても、私はこの好きな色を褒められることに少し喜びを感じていた。
「あら、それはどうも。あんたでも色の違いが判るのね。ただの赤色じゃないわよ、これは。朱色っていうの」
「朱色?」
「ええ、朱色。日本の赤の一つ。オレンジがかった、黄色帯びた赤なの。…って言っても、あなたに分かるのかしら」
「ふ~ん…。んまあ色は詳しくわからないけど、その色はヴェローニカにぴったりだと思うよ、本当にきれいだ」
そう言ってまたこの男は柔らかい笑みを浮かべた。私はいらつきながらも離してと言えば、その大きな手はすぐに離された。そして私はマニキュアが完全に乾いたことを確認すると、テーブルに広げられたネイルケアセットやマニキュアを片付ける。そんな中、彼はまた私の左手を取る。邪魔ったらありゃしないと思い、再度手を離してと言おうとすると、彼は私の指先に口づけた。柔らかい、その厚めの唇が私の指先を優しく食む。
「君はきれいだね、ヴェローニカ。雪のような白い肌には赤がとても映えていて、君は美しい。その長いプラチナブロンドの髪もとてもきれい。もしも君の髪が射干玉のような黒髪だったら、人は君を白雪姫だって持て囃しただろうね」
私の指先から唇を離せば、手をとって跪くような体勢をし、彼はその口づけた口ですらすらと賞賛の言葉を並べるのだった。水色の澄んだ瞳には私が映る。嗚呼、本当に呆れる。本心か、はたまたただの口説き文句なのかは定かではないが、この男はよくもまあすぐに女性を褒めることができるもんだ。
「…あっそ、ありがとうとだけ言っておくわ。それともう、本当にやめて。気安く私の名前を呼ばないで、私に触れないで、口説かないで頂戴」
「きれいなものには触れたくなるものだよ、きれいな女性の名前を呼びたいし、君は美しいのだから褒めるのは当たり前だろ?」
彼の瞳にはしかめっ面の私が映る。
きれいだったら、美人だったら、誰にでもそう褒めるのだろうか、この男は。
「そういう、あんたの態度がきらいなの。私はあんたみたいな男きらいなの、やめて」
上辺だけのその言葉は私はいらない。本当にいらない。歯の浮くようなその口説きは、もはや嫌悪感すら感じる。誰にでも言えるその褒め言葉は、空虚なもの。だから、だから、私はいらない。
腹立たしく感じた私は、そのまま片付けた荷物を手にし自室へと戻ろうとする。するとあの男は少し悲しそうな声をして「またな」と告げるのだった。自室に戻り、ドレッサーテーブルに先ほど使ったマニキュアを並べる。朱色のマニキュアをいつも塗る深紅のマニキュアの隣に置くと、やはり同じ赤色と言われるいえどそのオレンジがかった朱色は違う色であることを再認識させた。
それにしても、やはりヴァレンティーンという男は苦手だ。簡単に女性を口説く男性なんてろくでもない。けれどもやはり嬉しかったのだ。赤色が似合うと言われたことが、朱色さえも私に似合うと言われたが。
何とも単純だろうか。
似合うって言われただけなのにとても嬉しい私がいる。柔らかい笑みを浮かべたあの男の顔が頭から離れられないのだった。きっと同じようなこと他の人に言われているだろうに。
「なんだっていうのよ、もう…」
そう、一人呟きながら私は朱色のマニキュアに染められた指先を見るのだった。
赤。情熱的でよく映える色。燃えるような赤。美しい色。私の大好きな色。私の好きな赤。