腐った紳士は嫌いですか? ―カボチャなんて煮てしまえ―
ジャック・オー・ランターン。
ウィル・オー・ザ・ウィスプとも呼ばれるそれは、もはやハロウィンのマスコットキャラクターとして認識されている、あの、カボチャである。
実はカボチャではなくカブのようだが、そこはサンタの服の色は赤とは限らないと言うようなものであって、まぁつまり横に置いておいて構わない「実は」だ。大体カボチャとカブなんて大して違わないだろう。確かどっちもウリ科だし。違ったっけ。まぁいっか。
ジャックだのウィルだの長いし後の説明に突っかかるので、とりあえずカボチャ野郎と呼ぶことにする。
このカボチャ野郎、元はウィルという男であった。
こいつがまた生前どーしよーもない野郎で、くたばった理由も恨みを買って復讐されたというどーしよーもない理由で、くたばった後に当然地獄行きを言い渡された。この時裁きを下したのがペテロさん。あの聖書とかで見かける、聖ペテロさんね。あのキリストの坊ちゃんの使徒の一人だよ。
で、そのペテロさんに地獄行きだーって言い渡された時に、まぁその寸前だな、そん時にあの野郎はある特技を使った。
説得したんだよ。ペテロさんを。
よく言うよな、悪人ほどよく喋るとか弱い犬ほどよく吠えるとか。なんでこう、どーしよーもない奴ほど口が回るんだろうな。あれ傍から見てるとすげぇみっともないのに、効果はそこそこあるよな。そう考えると確かに武器の一つではあるんだろう。
あいつはそんな武器の、超巧い使い手だった。
どう考えても地獄行きだったのに、ペテロさんを説得してまさかの二回目の生を与えてもらったその手腕は凄いとしか言いようがない。
二回目って本当凄い。そりゃあ今よりはゆるめの体制だったけれど、輪廻転生とかじゃなしに個人の望みで二回目の生なんて。もう本当に凄かったんだよあいつの口の巧さは。
そして本当に、どーしよーもない奴だった。
あの野郎はまたもやどーしよーもない人生を送りやがったんだ。
二回目の邂逅を果たしたペテロさんは仰いました。「ふざけんなよこの野郎、お前もう天国にも地獄にも行かせねぇから。なんかその辺彷徨ってろバーカ」
まぁこんな感じで、あのバカはフラフラフラフラしてたんだけど、さすがに可哀想だって思った悪魔が業火の石炭を灯りに、ってくれてやったんだよ。あの野郎はそれを落ちてたカブ、まぁカボチャだな、それに入れてランタンを作り、今なおフラフラしてるってわけ。
ウィル・オー・ザ・ウィスプつまり鬼火がランタン持ってるから、ジャック・オー・ランターン。ランタン男って呼ばれるようになったんだ。
「一丁前に季節のマスコットキャラクターになりやがったクセに今更フラフラすんのやめたいだぁ? 冗談にしてもむかつく、ほんっとどーしよーもない奴だなあのカボチャ野郎はッ!」
「おい、言葉が乱れ過ぎだぞ。いいじゃないか、生きていれば考えが変わるものだ、それに2000年も彷徨っていたらしいし彼は充分罰を受けただろう」
「あのカボチャ生きてないし厳密に言えば死んでもないし、2000年って何だよ! 信じるなよ! キリスト坊ちゃんとほぼ同い年じゃんかぁ!」
「ああ彼はイエス・キリストと同い年なのか。すごいな」
「いやだからそれ嘘ですってばっ、あのカボチャは坊ちゃんの使徒のペテロさんに裁かれたんですよ!? 坊ちゃんが救世主認定されて、ペテロさんが聖人認定されて、そんでペテロさんが裁判官になってカボチャと会うまでの期間考えたら分かるでしょうが!」
一体この人はどこまで騙されたら気が済むんだ。もはや脳ミソ腐ってんじゃないのか?
あ、腐ってるか。ゾンビだし。
そう、今俺がおんぶしてるこの人、というかゾンビは、そのカボチャ野郎に騙されて魂を渡し俺の仕事を増やした張本人なのである。
ゾンビにはかなり珍しい例だが、この人は魂を持ったままに存在していた。あんまり珍しいんで魂回収したら面倒な事になるかも、とズルズル回収を延ばしてたんだがこの度めでたく新米死神の俺に命令が下った。自分達はやりたくないからって押しつけやがって上司ども。
それで魂回収に来てみたら、ゾンビが言う。ウィルの野郎に、「貸した」と。
でも話を聞いたら明らかに手土産として持ってかれてるんだよ、あいつの平穏な死後生活のためによ。
だから俺はあいつがそこらの天使や鬼に賄賂として渡す前に、回収しなきゃいけない。
特に、悪魔には絶対渡させちゃいけない。
悪魔にとっては、これ以上なく価値のある魂だから。
この人は生前、悪魔と契約した。
ただの悪魔じゃない、大悪魔だ。一歩間違えれば神とも言えてしまう存在だ。
代償は彼の魂。こう言うとああ悪魔との取引っぽいなって思うだけかもしれないけど、これかなり凄いんだ、何てったって人間の魂一つで大悪魔と取引したんだから。ただの悪魔相手でも大抵は魂一つじゃ不足で、生きてる間にそいつの運や生気や周囲の何かを摂られるのが常だな。
だから元々彼の魂の価値はすげー高かったわけだけど、何ともっと価値が上がった。
悪魔を召喚して取引を持ちかけて、それを承諾させたからだ。
彼にはそれが可能だって示すことで、価値が上がったんだ。
あれだよ、筋肉ムキムキマッチョが俺片手でコンクリートブロック砕けるよ、ってただ言うのと実際にやってみせたのじゃ、結構反応違うだろ?見た目で出来そうだなーって思っても目にしてみなきゃ分かんない。そういうコト。
証明した彼の魂の価値はうなぎのぼりだ。
でもここから更に上がった。
代償にした魂は、悪魔側の失敗により取られず、しかし彼は取引を完遂したからだ。
ストップ高だよストップ高、もうこれ以上上がんないくらいの高さの価値になったワケ。でもさ、嫌になるんだけど、この人ってゾンビじゃん。つまり死にきってないじゃん?で、契約って“彼が死んだら”魂をもらい受ける、って内容だったから、つまりさぁ…………
取引、終わってるのに終わってない状態なんだ。
もー面倒くさい。ほんっとーに面倒くさい。死んでるのに死んでないし終わってるのに終わってないし、だから一体どういう事だよ。白黒ハッキリしてくれ、勘弁してくれ。
もう下手に評価できない芸術品みたいなモンなんだよね。
そしてそういう芸術品って変な層にウケるでしょ。マニアとかコアとかそういう層にさ。
ウケちゃったんだよ、そういう層に。悪魔に。マジすげー魂がマジすげー大悪魔と取引したんだけどマジすげー事に代償の魂は結局取られなくてしかも実はまだ地上にあるんだってマジやべー、とバカウケ。
こうなるともう争奪戦になっちゃうけど、彼はカボチャ野郎に騙されて持ってかれるまで誰にも魂を取られる事なくきた。
何故か?
失敗したその大悪魔が、魂に“執着”し続けていたからだ。
あーここからの話はちょっと秘密保護法とか職務規定で若干ちょっと少しマズイんだけど……でも公然の秘密みたいなもんだしなぁ。大体みんな知ってるし。いっか。
そもそもこの人がゾンビ(魂付き)になったのがさ、その大悪魔の執着のせいなの。
取引の土壇場で失敗して結局魂はゲットできず、タダ働き状態で悔しかったのかもな。そのまま召されるはずだった相手を奴は無理やり地上に留めた。ゾンビにした。
これで取引が続いているような違うような、とっても微妙な状態になった。だから悪魔側はまだ魂は俺のモンだと主張できるようにもなったワケ。
奴は主張した、これ以上なく主張した。「俺のものだから見るな触るな近づくな!」。
力のある奴がそうやって“執着”すると、他の奴らは手が出せなくなる。魂にそういう色というか雰囲気というか、とにかく出るんだ“執着”の効果が。
そうなるとマジやべー魂取っちゃおって思ってた悪魔達もションボリ肩落として帰るしかない。
今の今まで上司が回収延ばしてたのもこれが原因の一つでさ、まー何だ、死神ふぜいが大悪魔サマの執着に勝てるわきゃ無いですよねって。これが魂の観念が薄いフツーの人間だったら別に影響受けないんだけど、俺たちバリバリ死神なんで魂とか超詳しいし影響受けまくりよ。
でも最近ようやく閻魔様やら他のお偉いさんにいい加減彼の裁判させてよって言われて協力する気になってさ、“執着”は薄れたんだ。
それでもゾンビの彼自身が許可してくれなきゃ触れられないんだけど。
そしたら何だよウィルの野郎!回収できるようになった途端にかよ!
マジふざけんな、最悪のタイミングでフラフラすんの嫌がりやがって!
せめてもっと後で嫌がれっての!つーかよりによって何でこのゾンビのを手土産に選んだ!
そして何より、何より――――
「何であんたは許可したんだぁ!!」
「うわっ、どうしたんだいきなり。驚いたじゃないか」
おんぶしてるゾンビがビクッとしたはずみに目玉を落っことした。視神経でかろうじて頭部と繋がっているそれが、俺の目の前でぶらんぶらん揺れる。
それを背中のゾンビに手渡しながらやっぱり責めずにはいられない。
「何でだよ、よりによって何であのウィルのバカに渡したんですか! どうして騙された! ほんと仕事増やさないで下さいよっ」
「君の仕事を増やしてしまった事は謝るが、彼を嘘つきみたいに言うのはやめなさい。あと目玉ありがとう」
「どういたしまして! そしてあいつは『みたい』じゃなくて嘘つきなんですっ」
「そんな、証拠もなしに」
「あああもう埒が明かないっ、はぁ、それで魂は? 感じ取れましたか?」
本人は貸したと言っていたが目の前で地団駄踏みながら困る俺を見て、回収の手伝いを申し出てくれた。その為さっきから魂の在り処を探ってもらってたんだけど、そんな芸当マジで出来るのかちょっと信じられない。だって離れてるんだよ?何にも繋がってないのに分かるワケ?
「もう少し上だな。それと右……いや左に行ったみたいだ。ああ、あの白いビルへ向かうように進んでくれると大体合ってるよ」
分かんのかよ。
長年一緒に在ったから分かりやすい、とかそういうことか?それともやっぱりあの大悪魔の影響かな。
そして今更だけどなんで動いていられるんだこの人、魂無いのに。いやゾンビって普通魂無いけど、この人がゾンビだったのって魂が在ったからだよね。無くなったのに何で動いていられんだ。まだ回収されきってないからか?
そしてそして今更だけど、こんなややこしい案件をなにゆえ新人の俺に任せたんだクソ上司。
向かっている方向がちょうど職場の方向だからついそんな事を思った。
跳ぶ足にも力が入る。
「っ、あまり速度を上げないでくれ死神くん」
見てないから確証は無いけどこの重心のかかり方、これ多分首が後ろにもげかけたな。ぐちゃって音したし。
「あ、スイマセン。……あの、死神くんって……」
一応仕事関係の相手にくん付けかよ。ほら、マナーとかあるでしょ、それだよ。別に目下扱いが気に食わないんじゃないよ。上司を連想して胸糞悪くなったとかじゃないから。
「なんだ、駄目かこの呼び方。それなら……そういえば名前を聞いていなかったな。いやまず私が名乗るべきか。私は」
「知ってるよ、回収リストに載ってましたし」
というか有名だ。
「ああそうか、仕事で来たんだもんな。君の名前は?」
長い沈黙。沈黙せざるを得ない。でもずっと黙ってるわけにもいかない。
苦々しく思いながら名前を教えた。
「………………デス・ザ・キッド」
あああぁクッソー!本ッ当に酷いぞこれ!!
ゾンビもぽかんとしてる!おんぶしてるから見えないけど絶対ぽかんとしてるって!
「です、ざ……?」
「っだーから! デス・ザ・キッドですよ!!職場じゃそう呼ばれてるんです!!仕方ないでしょ自分じゃ決められないんだから、俺だってこんな」
「そうかデス崎か」
「そうだよデス・ザ……は?何つった?」
思わず聞き返した。なんか今ものすげー別方向に酷い名前を聞いた気がするぞ。
「だからデス崎だろう?なるほど和洋折衷というやつか、最近の子はミュージシャンみたいな名前だなぁ」
「みゅ……ミュージシャンて……あの、今それアーティストって呼ぶんですよ。じゃなくて、」
「ほう、何だかお洒落だね。」
唖然とした。いや呆然だ。もう駄目だ、何これ会話が酷い。
忘れてた。この人オッサンだったよ……確かにオッサンだったよ。デス崎って。和洋折衷って。ミュージシャンって!
ジェネレーションギャップとか言ってる場合じゃない。ひでぇ。本当にひでぇ。
あんまりにもナンセンス過ぎて駄目だ、ツッコめない。そんな気力は無い。つーか力抜けた、もういいやこの人に限ってはデス崎呼びで。
なんかどっと疲れながらとりあえず聞いた。
「えーと……ですね、方向こっちで合ってます? 場所移動してませんか?」
「ああ、こっちで合っている。カボチャくんもあまり移動していないな」
あまり移動してない、っていうのは少しまずいかもしれないな。
あのバカは魂を賄賂として渡すために相手を探しているはずだ。それがあまり動かなくなったっていうのは、まさか、取引の相手が見つかった?
「あのちょっとスイマセン、まずい状況かもしれないんで飛ばしていいですかっ!?」
「あ、ああ分かった、すまない」
俺の焦りようを見て自分がした事が本当にまずかったって分かったのか、謝ってきた。
そっそういう素直な所が駄目だったんだよあんた!そんなんだから魂持ってかれちまったんだよ!そりゃペテロさんを騙す程の口の巧さではあったけど、あいつの悪行が知れ渡った今時ホイホイ魂渡す奴なんていないんだからなぁ!?
いいゾンビなんだけどな、と思いつつ地団駄踏みたくなる。
…………ん?
あれ?
速度を上げながら思う。待て、方向このままで行くと、いや待て、おいそんなまさかあの野郎、
俺の職場に持ってったのか!?