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INNOCENT STEAL -Last GAMBIT-  作者: 豹牙
エピローグ Phantom Thief -FRAGRANCE-
99/100

89 黄昏

「まあ、お前がローズたちに報告するようなら、また消えるまでだ」

「消えるって、どこに」

「さあな。俺が隠れる場所なんていくらでもある。考えるのはその時になってからでも遅くない」


 セヴィスの余裕は、十年間捕まらなかったという自信から来ているのだろうか。

そんな彼を警察として腹立だしいと思う自分と、友人として納得する自分がいた。


「報告なんてしねえよ」

「……いいのか? ローズと父親を裏切ることになるんだぞ」

「今お前が抜けたら、この島の治安がまた悪くなるだろ。お前が今も何か盗んでるなら別だけどよ、今のお前は何もやってねえんだろ。むしろこの島の犯罪を減らしたって、そこのミルダが教えてくれたぜ。そんな奴を捕まえて犯罪を増やしたって、何の意味もねえ。何のための警察だよ。

 親父とローズにはただのいたずらだったって伝えておく。バカの一つ覚えにフレグランスの逮捕ばっかり叫ぶローズとおれは違うんだぜ。過去の罪を裁くより、今を良くした方がいいに決まってる。ラスト・ギャンビットがお前らの正しいと思ったことなら、それを裁かないことがおれにとっての正しいことなんだ」


 ハミルなりに格好つけてみたが、三人は唖然としている。

ハミルは自分が恥ずかしくなった。


「何を言いたいのかよく分からないが、それならしばらくは安泰だ。ジェノマニアの警察はこんな奴を雇ってるんだからな」

「こんな奴って? おれが裏切り者だって言いたいのかよ」

「お前が裏切り者にはなれないだろ。どうせローズに口を割らされて終わりだ。モルディオみたいにローズに頭で勝てるならともかく、軽々しく逆らうようなことを言わない方がいいんじゃないか」


 報告してほしいのかしてほしくないのか、よく分からない。

セヴィスの考えが読めないのは昔からだが。


「お前、常におれを馬鹿にしてるよな」

「そんなことない。むしろ、俺にない部分ばかり持ってるから、羨ましいって思ったこともある。馬鹿正直で、誰かを騙すようなことができない。もう少し、その部分を生かしたらどうだ」

「やっぱり馬鹿にしてるじゃねえか」

「誰かが欠けてたら、イノセント・スティールは完遂できなかった。もちろんお前もな」

「なんだよ。褒めたり貶したり、意味わかんねえ」


 なぜか、目から涙が零れてきた。

しかしその泣き顔を見て、ミルダがくすくす笑っている。

ハミルはすぐに涙を拭った。


「わ、笑うなよ!」

「あっごめんなさーい。姉さん、僕邪魔みたいだし、外で遊んでくるね」


 ミルダはへらへら笑いながら、走り去っていく。

ハミルは肩をすくめた。


「あたしも中にいるね」


 邪魔だと思ったのか、ミルフィも中に入っていった。


「なんか、あの子見てたらモルディオを思い出すのはおれだけか?」

「お前もそう思うか? あいつ、趣味も同じなんだ。島のゴロツキがやってる賭博にすぐ首を突っ込む」

「それって、モルディオというより昔のお前じゃ……」

「俺はファイトクラブしかしたことないし、そこまで勝率が高かったわけじゃない。でもあいつは負け知らずですぐ儲けてくる。あいつが本当に未来を見てるんじゃないかって、最近思い始めてきた」

「あの子があいつの生まれ変わり、なんてあるわけねえよな。人間に死んだ後アフター・ヘヴンなんて存在しねえんだからよ」


 アフター・ヘヴンが良いものだとは言い切れない。

死んだ後があったとしても、いらないと思う。

それより、後悔しない生き様を晒したい。

自分が死んだ後の世界を見たくない。

セヴィスを見ていたらそう思えてきた。


「そうだ、フローラルって結局どうするんだ? それだけでも教えてくれよ」

「あの偽者なら俺がさっき捕まえたぞ」

「えっ!? もう捕まえたのかよ!」

「ああ。家の前でうろうろしてたから、軽く問い詰めたらすぐ吐いた。それでひと段落ついたから帰ってきたところだったんだ」


 彼の一言で、ハミルがここに来た理由がなくなってしまった。

怪盗フレグランスではなかったら、今すぐにでも警察に入れたい人材だ。


「問い詰めって、意外と甘いんだな。てっきり追いかけまわしたのかと思ったぜ」

「走って追い駆けるのは無理だからな」

「えっどういうことだよ」


 セヴィスは左足を一瞥して、小さくため息をついた。

よく見ると、黒いバンドのようなものが巻きついている。


「俺の左足はサキュバスに潰された。そのせいで後遺症が残って走れなくなったんだ」

「じゃあ逃げられたら終わりじゃねえか。嘘みたいだな。死んだはずのS級が生きていて、走れなくなって、警察みたいなことしてるんだからな」

「相手が逃げたらワイヤーを巻きつけて捕まえるから、そこまで苦労してない。それより日常の方が大変だな。癖で走りそうになって転んだこともあるし、この足のやつだって誰かの手を借りないと」

「ふーん。ミルフィさんに助けられっぱなしだな、お前」

「……悪かったな」


 セヴィスが素直に自分の非を認めることが珍しい。

五年前のセヴィスなら否定しただろう。


「お前知らねえだろ。お前が大量出血で意識失ってる間、ミルフィさんが一睡もしないで待ってたこと」


 彼は、ミルフィの功労をどこまで知っているのだろうか。

ミルダの話を聞く限り、彼はミルフィに何もしていない。


「今もそうなんだろ。もう少しミルフィさんを大切にしろよ」

「分かってる。俺だってこのままじゃよくないって思ってるんだ。でも」

「恥ずかしいとかそういう問題なのかよ。相手はあんなにお前のことを想ってくれてるんだぞ。言葉が恥ずかしいなら行動で示せよ。ったく、おれはてっきり結婚までしてるのかと思ってたぜ。まあ……『宝石』がない今じゃ、指輪を渡しても意味ねえけどな」


 そう言って、ハミルは荷物を持ち替える。 


「それじゃ、おれはそろそろ帰るぜ」

「もう帰るのか?」

「フローラルが捕まった以上、ここにいる意味はねえしな。お前の居場所がはっきりしたわけだし、もう用はねえ。じゃあな、またどこかで会おうぜ」


 幸せになれよ。

それだけが言葉にならなかった。


 逃げるようにその場を立ち去る。

この島には島民だけの秩序がある。

そんな場所に、ジェノマニアの警察の手はいらない。

この島が、島民の『宝石』そのものだから。

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