89 黄昏
「まあ、お前がローズたちに報告するようなら、また消えるまでだ」
「消えるって、どこに」
「さあな。俺が隠れる場所なんていくらでもある。考えるのはその時になってからでも遅くない」
セヴィスの余裕は、十年間捕まらなかったという自信から来ているのだろうか。
そんな彼を警察として腹立だしいと思う自分と、友人として納得する自分がいた。
「報告なんてしねえよ」
「……いいのか? ローズと父親を裏切ることになるんだぞ」
「今お前が抜けたら、この島の治安がまた悪くなるだろ。お前が今も何か盗んでるなら別だけどよ、今のお前は何もやってねえんだろ。むしろこの島の犯罪を減らしたって、そこのミルダが教えてくれたぜ。そんな奴を捕まえて犯罪を増やしたって、何の意味もねえ。何のための警察だよ。
親父とローズにはただのいたずらだったって伝えておく。バカの一つ覚えにフレグランスの逮捕ばっかり叫ぶローズとおれは違うんだぜ。過去の罪を裁くより、今を良くした方がいいに決まってる。ラスト・ギャンビットがお前らの正しいと思ったことなら、それを裁かないことがおれにとっての正しいことなんだ」
ハミルなりに格好つけてみたが、三人は唖然としている。
ハミルは自分が恥ずかしくなった。
「何を言いたいのかよく分からないが、それならしばらくは安泰だ。ジェノマニアの警察はこんな奴を雇ってるんだからな」
「こんな奴って? おれが裏切り者だって言いたいのかよ」
「お前が裏切り者にはなれないだろ。どうせローズに口を割らされて終わりだ。モルディオみたいにローズに頭で勝てるならともかく、軽々しく逆らうようなことを言わない方がいいんじゃないか」
報告してほしいのかしてほしくないのか、よく分からない。
セヴィスの考えが読めないのは昔からだが。
「お前、常におれを馬鹿にしてるよな」
「そんなことない。むしろ、俺にない部分ばかり持ってるから、羨ましいって思ったこともある。馬鹿正直で、誰かを騙すようなことができない。もう少し、その部分を生かしたらどうだ」
「やっぱり馬鹿にしてるじゃねえか」
「誰かが欠けてたら、イノセント・スティールは完遂できなかった。もちろんお前もな」
「なんだよ。褒めたり貶したり、意味わかんねえ」
なぜか、目から涙が零れてきた。
しかしその泣き顔を見て、ミルダがくすくす笑っている。
ハミルはすぐに涙を拭った。
「わ、笑うなよ!」
「あっごめんなさーい。姉さん、僕邪魔みたいだし、外で遊んでくるね」
ミルダはへらへら笑いながら、走り去っていく。
ハミルは肩をすくめた。
「あたしも中にいるね」
邪魔だと思ったのか、ミルフィも中に入っていった。
「なんか、あの子見てたらモルディオを思い出すのはおれだけか?」
「お前もそう思うか? あいつ、趣味も同じなんだ。島のゴロツキがやってる賭博にすぐ首を突っ込む」
「それって、モルディオというより昔のお前じゃ……」
「俺はファイトクラブしかしたことないし、そこまで勝率が高かったわけじゃない。でもあいつは負け知らずですぐ儲けてくる。あいつが本当に未来を見てるんじゃないかって、最近思い始めてきた」
「あの子があいつの生まれ変わり、なんてあるわけねえよな。人間に死んだ後なんて存在しねえんだからよ」
アフター・ヘヴンが良いものだとは言い切れない。
死んだ後があったとしても、いらないと思う。
それより、後悔しない生き様を晒したい。
自分が死んだ後の世界を見たくない。
セヴィスを見ていたらそう思えてきた。
「そうだ、フローラルって結局どうするんだ? それだけでも教えてくれよ」
「あの偽者なら俺がさっき捕まえたぞ」
「えっ!? もう捕まえたのかよ!」
「ああ。家の前でうろうろしてたから、軽く問い詰めたらすぐ吐いた。それでひと段落ついたから帰ってきたところだったんだ」
彼の一言で、ハミルがここに来た理由がなくなってしまった。
怪盗フレグランスではなかったら、今すぐにでも警察に入れたい人材だ。
「問い詰めって、意外と甘いんだな。てっきり追いかけまわしたのかと思ったぜ」
「走って追い駆けるのは無理だからな」
「えっどういうことだよ」
セヴィスは左足を一瞥して、小さくため息をついた。
よく見ると、黒いバンドのようなものが巻きついている。
「俺の左足はサキュバスに潰された。そのせいで後遺症が残って走れなくなったんだ」
「じゃあ逃げられたら終わりじゃねえか。嘘みたいだな。死んだはずのS級が生きていて、走れなくなって、警察みたいなことしてるんだからな」
「相手が逃げたらワイヤーを巻きつけて捕まえるから、そこまで苦労してない。それより日常の方が大変だな。癖で走りそうになって転んだこともあるし、この足のやつだって誰かの手を借りないと」
「ふーん。ミルフィさんに助けられっぱなしだな、お前」
「……悪かったな」
セヴィスが素直に自分の非を認めることが珍しい。
五年前のセヴィスなら否定しただろう。
「お前知らねえだろ。お前が大量出血で意識失ってる間、ミルフィさんが一睡もしないで待ってたこと」
彼は、ミルフィの功労をどこまで知っているのだろうか。
ミルダの話を聞く限り、彼はミルフィに何もしていない。
「今もそうなんだろ。もう少しミルフィさんを大切にしろよ」
「分かってる。俺だってこのままじゃよくないって思ってるんだ。でも」
「恥ずかしいとかそういう問題なのかよ。相手はあんなにお前のことを想ってくれてるんだぞ。言葉が恥ずかしいなら行動で示せよ。ったく、おれはてっきり結婚までしてるのかと思ってたぜ。まあ……『宝石』がない今じゃ、指輪を渡しても意味ねえけどな」
そう言って、ハミルは荷物を持ち替える。
「それじゃ、おれはそろそろ帰るぜ」
「もう帰るのか?」
「フローラルが捕まった以上、ここにいる意味はねえしな。お前の居場所がはっきりしたわけだし、もう用はねえ。じゃあな、またどこかで会おうぜ」
幸せになれよ。
それだけが言葉にならなかった。
逃げるようにその場を立ち去る。
この島には島民だけの秩序がある。
そんな場所に、ジェノマニアの警察の手はいらない。
この島が、島民の『宝石』そのものだから。




