88 再会
ミルダに会ってから十五分歩き続けて、止まった場所は見覚えのある看板の前だった。
「ここって、クリムゾン・スターじゃねえか」
黄色の髪の悪魔のイラストと、『CRIMSON☆STAR』という文字。
間違いなくマリが描いた看板だ。
そういえば支店にはマリが働いているとアルジオが言っていた。
「ちょっと待ってて」
ミルダは扉を少し開ける。
クレアラッツにある本店と同じ、ベルの音が木霊した。
「姉さん、セビ兄さんってまだ帰ってこないの?」
「帰ってくる? あいつがここに住んでるのか?」
ハミルが前に出ようとすると、ミルダが口に指をあてて制止してきた。
ハミルは仕方なく引き下がる。
「まだだよ。それよりミルダ、朝からいなかったけど、また賭け事してたの?」
この声は、まさか。
ハミルはミルダを押しのけて扉を開ける。
「ミルフィさん!」
少し大人びたが、間違いなくミルフィだ。
クリムゾン・スターの赤いエプロンをしている。
「ハミル? どうしたの」
ミルフィの声は歓迎というより驚きに近かった。
「こいつについて調査してくれって、ローズに頼まれたんです。セレーネ=ラスケティアって聞いた時はまさかとは思ってたけど」
ハミルは怪盗フローラルの予告状を見せる。
ミルフィは軽く目を通すと、落胆したような顔をした。
「この予告状は無視していいよ。だって、セレーネさんの宝物はもうないから」
「もうないって」
「セレーネさんが昔集めた『宝石』が、宝物としてみんなに伝わってるんだ。この島は悪魔の全滅とか知らないから、未だに綺麗な石が存在してると思ってるんだよ」
予想だにしなかった事態だ。
悪魔のいる世界が当たり前だと思っていたハミルにとって、この島の住民の気持ちは理解できなかった。
「じゃあ、もうないって伝えた方がいいんじゃないですか?」
「悪魔のことを一から説明するのも大変だからね」
「……あと、セヴィスはここにいるんですよね」
ミルフィの表情が強張った。
「セビ兄さんはしばらく帰ってないよ。あの人忙しいから」
と、ミルダが言った。
「忙しいのか?」
「この島を治安のいい島にしたいっていうセレーネおばさんの遺言を叶えるために、セビ兄さんがこの島で悪いことをする奴を取り締まってるんだよ」
「それって、セヴィスがこの島で警察みたいなことしてるってことかよ」
「ちょっと違うけどね。まあ、セビ兄さんも元泥棒だから捕まえるのも上手いし、元S級だから誰も勝てないんだよね。この島の人はS級とか知らないけどさ。最近は悪い奴も減ったよ。悪いことしたらセビ兄さんに痛みつけられるって、みんな言ってるし。だからって、姉さんに寂しい思いをさせるのもどうかと思うけどね」
信じられない、という言葉がすぐに浮かんできた。
セヴィスが悪人を捕まえるなど、想像もできない。
「さっきから姉さん姉さん言ってるけどよ、ミルダってミルフィさんの弟なのか? 名前も似てるし」
「名前は偶然だよ。僕の名前はおばさんがつけてくれた名前だからね。姉さんはおばさんの孤児院を引き継いだんだ。僕もレストランのお手伝いをしてるんだよ」
「そうか。……なんか、セヴィスっていっつもミルフィさんを悲しませてるよな」
「そうそう。たまに帰ってきてもすぐ寝ちゃうんだ。姉さんが毎日遅くまで待ってるの気づいてないし、あの人ほんと鈍いんだよ。セビ兄さんは強いしかっこいいけど、男としてはダメだよ。僕だったら帰ってきてすぐに抱きしめて、添い寝して……」
ミルフィが無言で怒っているのを察したのか、ミルダは笑いながら口を塞ぐ。
随分ませた子供だ、とハミルはため息をつく。
この人を馬鹿にする態度、誰かに似ている。
「そうだ、何か食べてく?」
ミルダが笑顔で言う。
険悪な空気を誤魔化そうとしているらしい。
ハミルは時計を見て、夜までの時間を確かめる。
「まだ時間があるな。腹減ったし、セヴィスが好きなハンバーグでも食べようかな」
「どうしたんだ? 店の入り口で集まって」
無意識に声のした方を振り返る。
男はサングラスをしていて顔がよく分からない。
「あ、セビ兄さん」
ミルダが笑いかける。
ミルフィが目を見開いている。
「えっ!?」
ハミルは横にいる男をもう一度見る。
逆光でよく見えなかったが、男の髪は確かに紫色だ。
五年前と比べると髪が伸びているが、前よりはさっぱりしている。
「ハミル、お前どうして」
「こいつが海に浮いてたのを漁師が発見して、ローズが調査を依頼してきたんだよ」
驚いているようにも見えないセヴィスに、ハミルは予告状を見せる。
「ああ、フローラルの予告状か。海に落ちたやつが、まさかハミルにまで伝わるなんてな」
「ああ、じゃねえよ。久しぶりに会ったのになんだよそれ。連絡先も教えずに消えやがって」
「お前が警察じゃなかったら教えた。さすがにローズに捕まるのは困るからな。何年牢獄暮らしになるのか分からない」
と、セヴィスは告げた。
それだけの理由で、自分を信じてくれないのだろうか。
こいつは未だに心を開いてくれないんだな。
ハミルは一度息を吸った。
「それじゃお前、どうするんだ? 今、ここにおれがいるわけだろ」
ハミルは試すように言った。
「どうするって、別に何もしない」
「おれが怪盗フレグランスを捕まえるって言っても?」
「何もしない」
「じゃあお前、このまま捕まるぜ?」
「ハミルが俺を捕まえるとは思えない」
もしかして、ハミルが捕まえないことを信じてくれているのだろうか。
ハミルは思わず口角を上げる。
「お前、おれが捕まえないって思ってるのか?」
「いや、お前が俺を捕まえられる程凄腕の警察だったら、今頃牢獄だろ」
「お前なぁ……」
セヴィスは相変わらずだ。
だが、それでいい。
彼はむしろ変わっていない方がいい。




