87 ラナンキュラス島
ラナンキュラス島に着いたのは夕方だった。
怪盗フローラルの予告時間は夜九時なので、まだ時間がある。
それまでハミルは周囲の人間に聞き込みをして、セレーネ=ラスケティアの宝物について聞くことにした。
それを知らなければ、怪盗フローラルに会うどころではない。
ラナンキュラスは小さな島で、面積はクレアラッツよりも狭い。
スラム街に近いとは聞いていたが、そこまで寂れているわけではない。
むしろ新しい建物が増えてきて、これからが期待できそうだ。
てっきり路上に多くの人間が雑魚寝しているのかと思っていたが、ホームレスも見かけない。
「すみません、セレーネ=ラスケティアってご存知ですか?」
ハミルは警察であることを名乗らずに、近くを歩く老人にたずねた。
「知らないわけないだろう。セレーネさんはこの島に村を作った。村の長だったんだぞ。お前はさっき船に乗ってきた奴だな? この島に何の用だ」
この老人の言葉を聞く限り、セレーネ=ラスケティアは既に亡くなっているらしい。
つまり、怪盗フローラルは遺品を狙っているということだろうか。
「セレーネさんの宝物について調査しています。どこにあるか、教えていただけませんか?」
「お前、警察か」
「いや、怪盗フローラルの予告状が気になって」
下手な嘘をついた。
周囲に嘘をつくのが得意な人間ばかりいたので、昔から苦手だと痛感させられてきた。
未だにそれは変わっていない。
「なるほどな。まさか海の向こうまで伝わるとは……」
老人は地面を指さす。
そこにはミストが持っていたものと同じ予告状が落ちている。
どうやらフローラルが島中に予告状をばら撒いたらしい。
それが海に流れ、漁船、そしてハミルにも伝わったのだろう。
「だったら帰れ。お前らの世話にはならん」
「でも放っておいていいんですか?」
「フローラルは必ず捕まる」
老人はハミルの隣を通り過ぎて歩いていく。
「待ってください! せめてセレーネさんの家の場所だけでも教えてください!」
いくら呼び止めても老人は止まらなかった。
必ず捕まる、とはどういうことだろう。
この島には警察のような、犯罪を取り締まる組織があるのだろうか。
そう思っていたら、突然後ろから玩具の矢が飛んできて、老人の背中にくっついた。
「……またお前か」
老人は大して驚きもせずに矢を取ると、こちらに投げ返す。
そしてそのまま去って行った。
ハミルが後ろを見ると、まだ十五歳にも満たないような少年がいた。
「全然驚かないし、面白くないなぁ。これだから頭の固いじいさんは」
緑の髪の少年は腰に手をあててため息をつくと、ハミルの方を見た。
「ごめん、最後だけ盗み聞きしちゃった。セレーネおばさんの家に行きたいんでしょ? 僕でよかったら案内するよ」
「いいのか?」
少年はうなずくと、先を歩いていく。
「僕はミルダ=フランベール。セレーネおばさんは僕を育ててくれた人なんだ。この島には僕のように、おばさんに引き取ってもらった子供が十人いるんだよ」
「セレーネって人は、孤児院もやってたのか?」
「おばさんは子供が好きなんだよ。異常な程」
「異常?」
と、ハミルは聞き返す。
ミルダは俯いたまま話す。
「おばさんの娘は、犯罪者と結婚して、自分も共犯になってしまったんだ。二人はそのまま島を出て、おばさんは一人ぼっち。その子供、つまり孫もいたんだけど、おばさんとは死ぬまで会うことすらできなかったんだ」
「じゃあその孫って、どこにいるのか分からないのか。名前さえ分かればおれが調べてみるけど」
「ダメだよ。それはこの島の秘密なんだ。言うわけにはいかないよ」
どうして秘密なのだろう。
祖母のことを少しぐらい伝えてあげたっていいのに、とハミルは思った。
「そういえばあなたは警察の人?」
「ああ、ハミル=スレンダって言うんだ」
「ハミル!? おばさんに聞いたことあるよ。確かB級だった……」
少年は驚いている。
ハミルからすれば、むしろ知らないと言われる方が珍しい。
五年前の『ラスト・ギャンビット』で多くの記者がハミルのところにやって来て、ハミルはそれで有名になったようなものだ。
「この島はテレビとかないから、悪魔と祓魔師の存在すら知らない人が多いんだ。他人の過去を探ることもおばさんが禁止してたし。でもハミルさんなら教えてもいいよね。あの人もハミルさんのこと気にしてたから」
「えっ、誰が?」
「セレーネおばさんの孫」
「それじゃ、やっぱり……」
「セヴィス=ラスケティアだよ」
驚きと納得が同時に襲ってきた。
ラスケティアという苗字から期待はしていたが、当たりとは思わなかった。
「セヴィスのおばあさんの宝物を、そのフローラルとかいう奴が狙ってるのか?」
ミルダはうなずいた。
「じゃあ、余計フローラルを捕まえないといけないな」
「それはいらないよ。この島はよそ者の干渉を受けちゃダメなんだ。それとも、セビ兄さんにフローラルを捕まえることを頼まれたの?」
セビ兄さんという呼び方に違和感を抱きつつも、ハミルは首を振る。
「頼まれたわけじゃねえよ。おれはセヴィスの居場所すら知らねえから」
「それなら帰った方がいいよ。この島は警察が嫌いなんだ」
「おれもよく分からねえけど、せっかくここまで来たんだ。何もしないで帰るわけにはいかねえだろ」
「ハミルさん、もしかしてセビ兄さんに会いたいの?」
「当たり前だろ。五年も会ってないんだぞ」
「……わかったよ」
それからミルダはあまり話さなくなった。
ハミルも空気を読んで、黙ってついて行った。




