85 罪の捏造
悪魔の全滅という歴史的な出来事が起きた、その翌日。
ローズはテレビで顔を映し、多くの記者の前でモルディオのノートを読み上げた。
この様子はクレイル・トリニティ全土で報道された。
ノートに書かれていたのは、グレイン家と栄光の翼の抗争、新生児誘拐事件の真相、サキュバスに関することだった。
このノートで、ローズがモルディオの代わりに指揮した理由、シュヴァルツやグレイの死などが明らかになった。
モルディオはフレグランスにダイヤモンドを盗むよう命令したのは自分であり、ウィンズの殺害も自分がやったと書き、ほとんどの罪を自分になすりつけた。
そのせいで、世間は一斉に彼を非難した。
しかし死んだ者を批判しても仕方ないので、代わりにローズが責められた。
暴言に近い質問の嵐に、ローズは冷静に答えていった。
このノートに怪盗フレグランスの正体やミルフィに関することは書かれていない。
しかも、ノートの最後にはさらに謎を深める一言が書かれていた。
『悪魔の頭領サキュバスは、セヴィス=ラスケティアが倒した』
この一言によって、多くの学者たちはセヴィスの生存説を叫び始めた。
中にはセヴィスが悪魔で、悪魔の全滅と共に消えたと主張する者もいた。
でたらめに見えるこの主張だが、セヴィスが一年生の時にS級になっていたことが助長して、賛成する人間は多かった。
これに対しローズは、
「わたしは彼に一度も会っていませんが、死亡報道後、彼が生きていたのは事実です。彼はあの日にサキュバスと遭遇し、瀕死の状態に陥りました。そこでモルディオがシュヴァルツ元副館長を利用し、彼を死んだことにして、サキュバスから遠ざけたんです。
わたしも捜査していますが、彼の消息は未だ分かりません。悪魔の全滅後、彼が重傷であったことは間違いありません。国外に逃亡できるはずはないんですが、ジェノマニアの病院で彼を匿ったという話も聞きません。でもこれだけは言えます。悪魔は候補生になれません。よって、彼は悪魔ではありません。人間です」と言って終わらせた。
ローズが怪盗フレグランスの正体を知っているのではないか、という疑惑も浮かんだ。
それに対してローズは、かつて自分がテレビで流したビデオの話をして、自分とモルディオが敵であったことを明かした。
モルディオが怪盗フレグランスの協力者であったのは既に明らかになっていたので、ローズに正体が知らされていないのは事実ではないかと主張する声も出てきた。
結局、この疑惑は他の謎に埋もれてしまった。
セヴィス=ラスケティアと怪盗フレグランスが同一人物、という疑惑にたどり着いたのはその中のわずかだった。
だがフレグランスが活動し始めた頃はセヴィスがまだ十一歳であったことや、セヴィスの学業成績が学年最下位であったこともあり、彼らの主張はかき消されてしまった。
このノートに書かれた一連の出来事は、彼の最後の策略――『ラスト・ギャンビット』と呼ばれることになった。
***
「怪盗フレグランスの予告状が来たって本当か!?」
部屋の扉を閉めずに、ハミルはミストに問い詰める。
周囲の警察官が扉の音で驚いたらしく、一斉にハミルを見た。
あれから五年。
警察官になったハミルは、父と同じ特捜課に所属していた。
だがフレグランスは悪魔の全滅――『宝石』が消滅してから活動しなくなったので、今では代わりに増えた泥棒を捕まえることが仕事になっている。
泥棒が増えたことには、夜に悪魔が出なくなったことが大きく関わっているらしい。
もはやフレグランス特捜課という名前は解体寸前だった。
「いや、予告状の柄は確かにフレグランスなのだが」
ミストが予告状を手に唸っている。
ハミルはそれを奪い、凝視する。
「『4月1日夜、ラナンキュラス島にある、セレーネ=ラスケティアの宝物をいただきにあがりますわ 怪盗フローラル』……なんだこれ?」
「今朝、ある漁船の網に引っ掛かっていたものらしい。ただのいたずらかもしれんが、フレグランスと予告状が似ているという理由で、ローズに調査を依頼されたんだ。ローズは未だにフレグランスの逮捕を諦めてないからな。ついでにその宝物とやらも調査しろ、とのことだ」
怪盗フローラルとかいう偽者より、ラスケティアという苗字が気になる。
ありふれた苗字ではない。
もしかしたら、あいつと繋がっている人物なのかもしれない。
ハミルは、怪我が完治した後のセヴィスがどこにいるのか知らない。
サキュバス討伐後、ジェノマニアにやって来たモルディオの両親が彼の治療を引き受けた。
そこまでは、ハミルも知っている。
だが一度見舞いに行ったら、既にもぬけの殻だった。
彼は治療費と礼を書いた紙を残して、どこかへ消えてしまったのだという。
「セレーネ=ラスケティアって誰なんだ? 宝物ってことは、王族か何かか? あいつと苗字が一緒だから、なんか引っかかるな」
「セヴィスに兄弟はいない。ウィンズはあくまで義兄弟。両親の名前も『ラスト・ギャンビット』で明らかになっているが、こんな名前ではなかった。同じ苗字なだけだろう」
ミストはため息をつき、煙草を吸った。
「そこで、だ。ハミル、お前にこの調査をしてきてほしいんだ」
「え、おれ一人で?」
「ラナンキュラス島は国籍こそジェノマニアだが、ほとんど自治区だ。治安は最近よくなったそうだが、それでも犯罪は絶えない。奴らは警察を目の敵にしていてな、今まで行くのは避けていたんだ。だが元祓魔師のお前なら一人でも大丈夫だから行けとローズがうるさくてな。予告は明日だ。明日の朝の便に乗って行って来い」
ローズは現在フリージア連邦に戻って探偵を続けているが、フレグランスの逮捕はまだ諦めていない。
少しでもフレグランスに関することがあると、すぐこの特捜課に調査を依頼してくる。
「そんな、急すぎるだろ。予告時間だって夜としか書いてないし」
「そう言われてもオレに拒否権はないんだ。嫌ならローズに直接談判するか?」
「……わかったよ。どうせローズに口で勝てないし」
どこか腑に落ちないまま説明を受け、ハミルは船のチケットを受け取った。




