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INNOCENT STEAL -Last GAMBIT-  作者: 豹牙
終章 光水の怪盗
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80 正義のタロットカード

サキュバスが顔を近づけてきた。

セヴィスはすかさずサキュバスの腹を蹴って離れ、下に着地する。

腕を思い切り掴まれたので、無数の光線が飛んできた。


「あら?」


 鎌を投げようとすると、目の前が透明な壁で阻まれた。

光線のほとんどは透明な壁に跳ね返され、残りは避けることができた。

これが誰の仕業かはすぐに分かった。


「あんたがサキュバスだね!」


 後ろからチェルシーが走ってきた。

セヴィスはチェルシーが来たことと、水壁が狙い通り光線の威力を半減したことに少し安堵した。


「この騒動は全部あんたのせいだったんだね。あんたの悪魔のせいで、みんな死んじゃったんだ! 許さないよ!」


 チェルシーは泣き叫びながら、水の塊をがむしゃらに飛ばす。

サキュバスが光線で迎撃しようとするが、跳ね返る。

この戦いが始まって初めて、サキュバスがまともに攻撃を受けて吹き飛んだ。


「鎌を持った男って、あなたのこと?」


 そう言って、チェルシーが顔を向けた。

サキュバスに警戒しているからか、制服の襟にある『S』の文字には気づいていない。


「ってあなたしかいないよね。エルクロスの制服着てるけど、あたしの知らない人か。でも変なの。あなたとは初めて会った気がしないよ。まさかね」


 チェルシーは視線を下に落とす。

その先に、赤いナイフが落ちている。

それに気づいたチェルシーが息を呑んだ。


「セビ、あんた……生きてたの?」


 返答に困っていると、サキュバスが飛んでくるのが見えた。

チェルシーはすぐに向き直り、サキュバスに向けて水弾を撃つ。

水弾は確かに命中したが、サキュバスの動きが鈍ることはない。


「あいつは治癒を持ってるから水弾の傷はすぐ治るんだ。水壁で援護してほしい」

 と言って、セヴィスは黒いナイフを投げる。


 これはサキュバスが近づくまでチェルシーに理解させるための、わずかな時間稼ぎだ。


「わ、分かったよ」


 声で確信したようだが、チェルシーの顔はまだ戸惑っている。

それでも初めて光線を見たとは思えない程、水壁は正確に光線を迎撃している。


 最初のはったりと同じ感覚を、また味わうことになった。

光線を避ける感覚は楽になった気がする。それでも攻撃できる機会に踏み込めない。

先程と違うのは、腕と脚の傷。

たったそれだけなのに、それだけが攻撃を鈍らせている。


「ねえチェルシーちゃん。わたし、女は嫌いなのよぅ」

 と、サキュバスが言った。


「いい加減引っ込んでくれないと、殺しちゃうわよぅ」


 サキュバスの下に、五体の悪魔が現れた。

セヴィスはチェルシーに目配せすると、サキュバスに鎌を投げる。

すぐにチェルシーが悪魔に水弾を乱射する。

しかし水弾が当たったのは二体で、それ以外はかわされたようだ。


「まっ、引っ込まなくても殺しちゃうけど」


 サキュバスは鎌を避けると、光線をなぜか後ろに放った。

それと同時に一体の悪魔だけが後ろに走り出す。

光線は悪魔を追尾し始めた。


「えっ!?」


 チェルシーが動揺している。

サキュバスは、自分が呼び出した悪魔に光線を放ったのだ。

しかも悪魔の足は速く、光線には追いつかれていない。

これが何を意図するのかは、誰にも理解できない。


 セヴィスは回収した鎌をもう一度投げる。

今度は、サキュバスが避けようともしなかった。

次々起こるサキュバスの奇怪な行動に、チェルシーがさらに目を見開いた。


「ほらほら、よそ見してる場合?」


 確かに、鎌はサキュバスの右腕に刺さっている。

だがそれを意に介さず、サキュバスは飛んでくる。

そのまま右腕を引き千切るぐらい、セヴィスは鎖に力を込める。


 放たれた光線から逃れようと、チェルシーがとっさに水壁をつくる。

しかしこれでは二体の悪魔の攻撃は防げない。


「うっ!」


 チェルシーが悪魔の剣の攻撃を受けて、水壁が崩れた。

サキュバスがさらに光線を放つ。

その時、サキュバスの視線が完全にセヴィスから逸れた。

その隙を見逃さず、セヴィスは黒いナイフを投げる。


「うそ」


 鎌が刺さる右腕に追い打ちをかけるように、黒いナイフが刺さる。

タロットカードがサキュバスの手から零れ落ち、光線が消えた。

サキュバスは右腕を振って鎌とナイフを落とす。

左腕がないのに右腕まで千切れそうになり、タロットカードを拾うこともできないようだ。

これは盗む絶好の機会だ。


「こいつはいただいていく」


 一つ残らず宙に舞ったタロットカード。

セヴィスはそれを素早く奪うと、そのまま現場に背を向けて走り出す。


「……彼をなめてたわ」


 サキュバスは右腕を治癒の魔力権で修復すると、すぐに後を追う。

どうやらタロットカードが自分の手にないうちは、光線も放てないようだ。


 折角ここまで来てもらったのに、悪魔をチェルシーに任せる形になってしまった。

だが彼女がいなければ、サキュバスのタロットカードを奪うことはできなかっただろう。


「また鬼ごっこでもするつもり? もう飽きたんだけどぉ」


 上からサキュバスが気怠そうに聞いてきた。


「アンタが鬼だ。アンタの暇つぶしに付き合ってやってるんだ。一回くらい、俺が決めたっていいだろ」

 とセヴィスが答えたその時、国内放送のチャイムが二回、鳴り響いた。


「……好きなだけ追いかけてきていい。何しろ俺は、怪盗フレグランスって呼ばれる程、警察に捕まらずに逃げてきたんだからな」


 正義の柄が描かれたタロットカードを握りしめ、一人の泥棒は夜のクレアラッツを駆ける。

光線さえ封じてしまえば、逃げるのは簡単だ。

それでも攻撃手段を失ったサキュバスが何をしてくるか読めない分、難易度は警察より高い。

まだ油断できない。

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