78 太陽のない砂漠、天国の後
同時刻、アフター・ヘヴンの中は騒然とした空気が漂っていた。
ダイヤモンドを食べたら、ローズの予想通りサキュバスらしき女悪魔が現れた。
そしてそれはロザリアとレンが倒した。
その後もう一つのダイヤモンドを食べて、サキュバスが再び現れたと思ったら、何もしていないのにサキュバスの左腕が消失したのだ。
「セヴィスがやったのか?」
レンが槍を持ち替えて言った。
アフター・ヘヴンの悪魔はミルフィを通して、真実を全て聞いている。
サキュバスの存在も、候補生たちがそれを倒そうとしていることも知っている。
しかしここにいる悪魔たちは一度死んでおり、サキュバスを倒すことに一切興味を示さない悪魔がほとんどだ。
中にはサキュバスを庇う悪魔もいたが、レンが斬り捨てた。
「そのようね。でも、まだまだよ」
そう言って、ロザリアは休まずサキュバスに攻撃を繰り出す。
武器は透けるので、素手の攻撃となる。
ミルフィを通したことやロザリアの説得で、セヴィスを見直した悪魔もいる。
だがそれは指で数えられる程しかいない。
そのうち三人は一回目のサキュバスの催眠術を受けて既に倒され、地面の砂と化してしまった。
アフター・ヘヴンで迎える二度目の死に、臆する悪魔もいた。
「……」
戦闘能力を持たないミルフィは、後ろで傍観することしかできなかった。
教会にいた頃はここの悪魔に偉そうな態度を取っていたのに、今ではこのアフター・ヘヴンの主が誰かも分からなくなりそうだ。
「あれが、あたしの母さんなんて」
アフター・ヘヴンに現れたサキュバスは、一言も話さない。
あくまで本体ではないので、話す機能がないのだろう。
このサキュバスは何の意思もなく勝手に動いているに過ぎない。
説得は無意味でしかない。
でも、何かしないと。
あの時と同じだ。
所持者を始末しようとしたナインに殺されそうになった時。
シンクとハミルが自分を守って、セヴィスがナインを倒すまで、ミルフィは何もできなかった。
結局、あたしは彼に守られてばっかりだ。
セヴィスとロザリアがあれだけ戦っているのに、あたしだけ何もしていない。
もう守られるだけの足手まといなんて嫌だ。
おそるおそる、サキュバスに近づく。
「危ない!」
突然目の前に伸びてきたサキュバスの腕を、ロザリアが押さえつけた。
サキュバスが一瞬で間合いを詰めていたことに気がつかなかった。
「隠れてって言ったでしょう! ここであなたが倒されると、身体を乗っ取られるわ」
「でも! このままじゃあたしが迷惑かけてるだけ」
「だからって、彼が一番望まないことをしてどうするの? あなたはダイヤモンドを食べる決断をした。それは彼だって驚いたことなんでしょう? それだけで十分役に立ってるの。今のあなたの役目は、乗っ取られないことよ!」
レンがサキュバスに拳を叩き込む。
サキュバスが怯んだ。
もう少しで抑えられそうだ。
「戦うことが、役に立つことじゃないわ。彼のような、強い人間なら尚更そう思うはず。この状況であなたに戦わせるような人間は、弱い人間よ」
ロザリアはサキュバスの様子を伺いながら、はっきりと言った。
「もちろん、彼だって完全じゃない。でも彼の弱さを理解できたのはあなただけなんだから、もっと自信を持った方がいいわ。彼は、あなたが生きて傍にいてくれることを望んで、あんなことを言ったんでしょうから」
「……ロザリアは何で、戦えるの? あんたとあたしは、何の面識もなかったのに」
「あなたと彼がいたから、私はまたレンと出会うことができたの。だから、あなたたちの生きる世界、人間の為にも絶対負けないわ。私たちを信じて」
ロザリアはサキュバスに向けて駆け出す。
その背中は頼もしかった。
レンが作った隙を狙い、ロザリアが鳩尾に拳を叩き込む。
「やったか!」
勝利を確信したレンが声をあげる。
サキュバスは無言でもんどりうって、倒れた。
その姿はあっけなく見える。
「なんか、短い間だったな。このアフター・ヘヴンでロザリアと再会して、サキュバスと戦って……これからまた死ぬってのに、全然怖くないな。
そういえばミルフィってシンクの店で働いてたんだよな? 人間から見たシンクって、どんな感じだった?」
と、レンが聞いてきた。
「店長は……いい人だった。あたしを匿ってくれたし、トーナメントにも連れて行ってくれた」
「そうか。おれは、よくわからない。シンクは確かに仇だけど、ここに来てからあいつが店をやってたって知って驚いたよ。実際あいつの作る飯は美味しかったし、すごく強かったから素直に憧れてた。それに長老たちの態度もおかしいところがあったし……おれはシンクを憎みきれてなかったんだよ。だからあいつに勝てなかったんだ。死んだ後に気づくなんて、変だよな。多分、セヴィスも似たようなことを考えてるんじゃないかな」
レンは暗い砂漠の空を見上げる。
アフター・ヘヴンの空に星はない。
だが、彼の表情は美しい星空を見ているようだった。
「シンクの『宝石』はもうないけど、あの店があいつの生きた証……『宝石』なんだ。だから、きみさえよかったら店をずっと残してほしいんだ」
「クリムゾン・スターはなくならないよ。美味しい料理を出すから」
「そっか。それと、セヴィスみたいな奴には、もっと甘えてもいいと思うよ」
「甘える……?」
「レンの言う通りね。あなたも彼も、子供のうちに多くの苦しみを味わった……これからは楽しいことがいっぱい待ってるはずよ。さあ早く、戻ってジュエルバレットを飲んできなさい。私たちは何も後悔してないわ」
ロザリアに言われ、ミルフィは少し戸惑いながらも頷く。
「元気でな」
穏やかな笑みを浮かべて、レンが手を振った。
自分を苦しめ、そして彼に貢献させてくれたアフター・ヘヴンと中の悪魔たち。
二度と来ないと思った彼らとの別れが、訪れようとしている。
嫌いだった太陽のない砂漠の景色にも、愛着に似たものが沸いている。
「みんな、ありがとう! 会えてよかった!」
ミルフィは笑顔で言うと、目を閉じて集中する。
主は、光と共に世界を出る。




