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INNOCENT STEAL -Last GAMBIT-  作者: 豹牙
終章 光水の怪盗
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75 モルディオの迷い

 美術館に着いたローズは、司令室に向かう悪魔を退けながら階段を駆け上がる。

司令室は四階の東端にあると聞いている。

悪魔が破壊したのか、途中の廊下や扉は刀傷だらけだ。


 角を曲がると、奥で悪魔が何体も群がっているのが見えた。

ローズは遠くから衝撃波を飛ばして応戦しようとしたが、その必要はなかった。


「……レイラ?」


 周囲の悪魔を一撃で斬り捨てると、モルディオは剣に付着した肉片を振り落とした。

ローズが来たことに腹を立てているようだ。


「よかった、無事ね」

「これが無事に見えるんだね。君は」

 と皮肉気味に言いながら、モルディオは血まみれの左腕に目を向けた。

両足にも剣か何かで刺されたような傷がある。

先程のセヴィスも足に怪我をしていたが、それよりも重傷だ。


「何しに来たの? 祓魔師でもない君の出る幕じゃないよ」


 ローズは窓から下を見て、しばらくは悪魔が来ないことを確かめる。


「あなたの代わりができるのはわたしぐらいだから、司令室に行ってほしいって、ハミル君に言われたのよ。あなたに何かあったんじゃないかってね」

「何かって、見ての通りだよ。サキュバスの仕業だと思うけど、司令室だけ大量の悪魔が来たんだ。サキュバスの魔力権はセビでも止められないだろうし、ある程度は予想してたけど……」


 予想以上だったのだろう。

足元にある『宝石』は軽く三十個を越えている。


「あなた程じゃないけど、さっき見て思ったわ。サキュバスは本当に性格の悪い悪魔なのね」

「それだけ性格の悪い悪魔なら、これから先も送り込んでくるんだろうね」


 モルディオは剣を持ったまま、壁に寄りかかる。

疲労が顔に出てきている。


「それで、今の司令はどうなっているの?」

「逃げてきたレイクに任せてるけど、全然機能してない。クレアラッツの祓魔師の、それぞれの特性を理解してないから。臆病で多数とは戦おうとしないし、本当に役立たずなS級だよ。館長職に慣れ過ぎて悪魔が怖くなったんじゃない」

「それであなたがここを防衛していたのね。とりあえずあなたは休んだ方がいいわ。わたしに任せて」

「任せてって、何をするつもり? 自惚れるのも大概にしなよ」


 ローズは司令室の扉を開ける。


「悪魔か!」


 レイクが構える。

ローズは両手を挙げて、戦意がないことを示す。


「人間です。わたしが悪魔ではない証拠は、彼が攻撃してこないこと、ただそれだけですが信じてください」


 レイクは首を傾げる。


「あなたは確か、フリージアのS級レイク=ヴィレッタですね。彼はこの通り重傷です。彼に代わって、司令室の防衛をお願いします」

「一般人が何を言っているのだ。私が指揮を執らないと、誰が取るのだ」

 とレイクが言うと、モルディオがローズの前に出た。


「残念なことに、事態は悪化しています。てっきり僕より的確な指示が出せるから、ここに居座っているのだと思いましたが、あなたは戦った方がまだ役に立ちそうですね」


 モルディオは顔に付着した返り血を拭いながら言った。


「先程は時間がなかったので、やむを得ず僕が戦いましたが、今度はもう状況を理解できていますね。大量の悪魔に怖気づいて逃げたくなる気持ちも分かりますが、S級の仕事は指揮だけではないことをお忘れなく。逃げたのはあなただけです。他の国のS級は逃げてませんよ」

「……しかし、私が抜けたら指揮をする人間がいなくなるのは確かだ。貴様は重傷だろう」

「あなたと一緒にしないでください。僕はこの程度の怪我で逃げませんよ。最悪、彼女が僕の指示を伝えれば済む話ですから」


 レイクは眉をひそめてローズを見る。

ローズも、モルディオが自分を当てにしていたことに驚いた。


「貴様、何者だ」

「わたしは探偵のローズ=ラスターです。今回の騒動に関しては怪盗フレグランスが密接に関係しているので、彼らに協力しています」

「怪盗フレグランスだと!? あの泥棒と悪魔に何の関係があると言うのだ!」

「全てが終わり次第、わたしが全世界に説明します。知りたければ、生き残ってください。ただそれだけです」

「……チッ」


 レイクは渋々血まみれの扉を開け、廊下に出た。

万が一の時に少しでも時間を稼げるように、ローズは扉を閉める。


「ちょっと目を離した間に、かなり防衛線が乱れてるね。もう既に何百の悪魔がクレアラッツに侵入してる。まあサキュバスの魔力権を考えれば当然か。祓魔師を避難所に集めよう」


 モルディオは無線機を使って指示を始めた。

避難所と聞いて、ローズは聞かなければいけないことを思い出した。


「ベルク、フランはどこにいるの?」

「チェルシーは最初からネモフィラ近くの避難所にいるよ。あそこはマグゼラから一番近いからね」


 ネモフィラは駅からかなり離れている。

しかしセヴィスが力尽きたらそれこそ終わりだ。

例え効かなくても、チェルシーの存在一つでサキュバスに隙を作ることはできるはずだ。

やる価値はある。


「彼女に、中央クレアラッツ駅に来るよう言ってくれないかしら。今からサキュバスがそこに行くわ」

 と言うと、モルディオは驚愕した表情でローズを見た。


「冗談なら今すぐ取り消して。今チェルシーが抜けたら、避難所が破られるよ」

「もちろん多少の犠牲は覚悟しているわ。でもこのままだとセヴィスの方が持たないのは、あなたも分かっているでしょう?」

「でもチェルシーの魔力権が通用するかは分からないよ」

「これは彼の提案なのよ。サキュバスに魔力権が効くか確かめた上で、わたしに頼んできたの。彼はあの状況で、打開策を必死に考えている。それを無視するのはどうなの?」

「それは最初から分かってたことだ。そうするしかなかったこともね。セビを無視するつもりなんてない。ただ……」


 上の電子地図を見つめていた緑色の瞳が、ため息と共に下の無線に落ちた。


「ただ、リスクが大きすぎて……僕が迷ってるだけだ」


 モルディオは切れた唇を噛みしめた。

常に未来を見ていた彼から、迷うという言葉を初めて聞いた気がする。


「彼はフレグランスだから、わたしも厳しく接してきたつもりだった。でも兄だと思っていた男を殺して、大切な人の血を飲んで、自分の師匠の『宝石』を食べて、慣れない武器で悪魔の頭領と戦って……元々彼には荷が重過ぎる。それに加担してるわたしが言うのもどうかと思うけど、その彼が見出した一筋の希望に賭けてほしいと思うわ」

「……賭ける、か」


 モルディオは一番奥にあった無線機を手に取った。

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