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INNOCENT STEAL -Last GAMBIT-  作者: 豹牙
九章 監獄の熱縄
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68 真紅の『宝石』

「マリ、何を描いているんですか?」

 と言って、アルジオはカウンターに身を乗り出す。

その向かい側ではマリが大きな木の板に太いマジックを走らせている。

店が空いているからこそできることだ。


「この店、五周年なのに結局何もしてないじゃないですか。だから看板を新しくしてくれって、てんちょに頼まれたんです」


 マリは赤色のマジックで『CRIMSON☆STAR』という文字を書くと、その隣に二頭身の人間を描き始めた。

その人間の頭部には角、背中には黒い翼、そして矢印によく似た尻尾が生えている。

手には長いフォークがあり、舌を少しだけ出した怪しい笑みを浮かべている。

そこでマリが黄色のマジックで髪を塗り始めた。


「これは……店長ですか?」

「はい! てんちょが帰ってくる前に仕上げます!」


 そうマリが言った時、国内放送のチャイムが鳴り響いた。

同時に、テレビの画面も美術館中継に切り替わった。


『皆さん聞いていますか。クレアラッツ本部所属A級祓魔師、モルディオ=アスカです。ジョフェン=エルクロス学園長により美術館長の持つ全権を委ねられました。全ての作業を中断し、これから僕の指示に従ってください』


 店内の視線がテレビを向く。

マリも作業を中断した。

外でも同じ内容の放送が流れているのが聞こえる。


『単刀直入に言います。マグゼラ方面から、クレアラッツに悪魔が襲来しています』


 モルディオはいつものように淡々と述べた。

顔が映っていることを除けば、雰囲気はローズの挑戦状とよく似ている。

客が顔を見合わせ、動揺の声をあげる。


『悪魔の目的は、クレアラッツ市民の無差別虐殺です。以前の総攻撃のように、祓魔師だけを狙うようなことは一切ありません。そこで、皆さんには今から我々が指定する避難所に避難していただきます』


 画面に地図が表示される。

地区によって避難所が分かれているようだが、この付近は美術館ではなくエルクロス学園のジムが選ばれている。

美術館が危険だと踏んだのか、練習用悪魔を防衛に使えるからなのか。

映像は考える暇も与えてくれない。


『祓魔師が防衛線を張りますが、クレアラッツに侵入される確率は極めて高いです。とにかく時は一刻を争うので、必ずしもこれに従えとは言いません。最寄の避難所で構いません。必ず避難してください。避難所までは候補生が誘導します』


 客が悲鳴を上げながら、一斉に店を飛び出した。

アルジオもコンロの火を消して向かおうとする。

しかしマリが動こうとしない。


「マリ!」

「待ってください! てんちょがまだ帰ってきてません!」

「店長なら大丈夫です! 後で必ず帰ってきますから早く!」


 アルジオは看板に手を伸ばすマリの腕を引っ張って、店を出た。


***


 遠くで、マグマのような液体が干上がっていくのが見える。

間に合わなかったのか、それとも。

セヴィスは黒くなった地面を走って、城のような建物へ向かう。


「これは」


 城の前に、赤い『宝石』が二つ落ちている。

一つは何度も盗んだルビーと同じ色で、もう一つは見たことのない真紅色だった。

それを見て、ここで何があったのか、察しがついた。


 ルビーは赤い服にまみれている。

こちらはサウスの『宝石』だろう。


「シンク……」


 真紅の『宝石』は、きっと彼の『宝石』だ。

すぐ傍にあった薙刀と服を見て、悟った。


 シンクは、ここでサウスと相打ちになって、死んだ。

自分は、間に合わなかった。


「……」


 セヴィスはシンクの『宝石』と収縮した薙刀を皮袋に入れた。

ここで落ち込んでいても、何にもならない。

サウスが死んだ以上、サキュバスが怒るのは時間の問題だ。

しかし、ナイトメア・カタルシスがないとサキュバスには歯が立たない。


 服から着信音が聞こえた。

ここでサキュバスに見つかるとまずい。

セヴィスはその場を少し離れ、近くの岩場に隠れる。

そして電話に出る。


『今、クレアラッツ全体に避難指示を出したよ』

「そうか。いくら国内放送でも、ここまでは聞こえないみたいだな」

『サキュバスに聞こえないのならよかった。店長は……やっぱり、駄目だったかな』


 モルディオは未来を見て、間に合わなくなることを知って避難指示を出したのだ。

そしてそれを伝える為に電話してきたのだろう。

白々しい彼の態度に、少し憤りを感じた。

しかし、怒っている場合ではない。


「モルディオ、お前はサウスの特徴が分かるか?」

『未来で見ただけだけど、確か黒の短髪で、赤い服、身長は君ぐらいだったような……それがどうかした?』

「それならちょうどいい。俺がサウスになりすまして、サキュバスが気づくまで時間を稼ぐ」


 とっさに思いついた策を口にすると、息を呑む音が聞こえた。


『それは無茶だよ! 君はサウスを見たこともないのに! 店長にでも聞かないと無理だよ。でも店長は……店長に聞けたらいいのに』

「不自然な言い方だな。今なんとなくお前らの魂胆が分かった」

『魂胆?』


 モルディオは低い声で聞き返してきた。


「お前とローズは、俺にシンクの『宝石』を食わせる為に血を飲ませたんだな。あいつに死ねなんて直接言えないから、わざとレストランで話をして、下手な演技で釣ったんだろ。それに気づかなかった俺も馬鹿だけどな、これじゃグロウと同類だな」

『……君の回避力を保ったまま、店長の力を出せたら、サキュバスを倒せる。彼女の血を飲ませたのは、そう思った結果なんだ。でもサウスの死亡は二日後だった。僕のせいで、それが今日になってしまったんだ。僕がレストランで話をしようなんて言わなきゃ……君には取り返しのつかない迷惑ばかりかけてる』

「取り返しのつかない迷惑って?」

『ルキアビッツのことも、君の両親も、今も』

「あの嫌味野郎が随分卑屈になったもんだな。お前が黙っていれば、俺が自分の責任だってずっと思いこんでたのにな」

『ごめん、本当に』


 初めて、モルディオがちゃんと謝った気がした。

彼も演技は得意な方ではない。

セヴィスは呆れてため息をついた。


「お前がそういう奴だってことは知ってたから、今更文句は言わない。それで勝てるのなら、尚更だ。シンクも、強い奴と戦って死んだのなら本望だろ」

『怒らないんだね』

「そんな暇ないのは分かってるだろ。俺は、今を取り返しのつかないことにしたくないんだ」

『それは、僕だって同じだよ』

「とにかく俺は時間を稼ぐ。ナイトメア・カタルシスができたらすぐ持って来い。また俺を利用した罰でお前をぶっ飛ばすのは、全部終わってからだ」

『……分かったよ。何か見えたら、また連絡するから』


 電話を切って、皮袋から真紅の『宝石』を取り出す。


「あんたの言った通り、俺はS級になった。あんたの『宝石』も俺がいただくことになった。最初から分かってたんじゃないのか、こうなるって」


 返事はない。

当然のことなのに、胸が締めつけられた。


「そういえばあんたと戦うのは、初めてだな」


 そう言って、『宝石』に歯を立てる。

『宝石』は、全てを受け入れるように溶けた。

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