66 幽霊城、シンクとサウス
「まだ来るなよ、セビ」
セヴィスがクリムゾン・スターを出た頃、シンクはマグゼラに到着していた。
幽霊城の噂と場所は、何度か聞いたことがある。
マグゼラには毎日来ている。
今更迷うことはない。
浜辺を歩いていくと、マグゼラから聞こえる人々の声が聞こえなくなっていく。
今は冬だというのに、暑くなってきた。
『立入禁止』と書かれた看板を素通りし、さらにその先へ進む。
「ん?」
滴り落ちる汗が気になって足元を見ると、地面がどろどろした赤い液体に覆われていた。
この魔力権を持つ悪魔がいることは事前に聞いている。
この悪魔を倒すために、シンクはここに来た。
液体は火山の噴火の時に流れ落ちるマグマによく似ているが、そこまで熱くはない。
そう感じるのは、シンクが炎の魔力権を持っているからだ。
この魔力権がなかったらシンクは近づくこともできないだろう。
「ボクを倒しに来たのかな? 祓魔師かな?」
前方から声が聞こえた。
目を凝らして見てみると、豆粒程の人影が見える。
おいおい、と言うようにシンクは肩をすくめる。
広範囲とは聞いていたが、ここまで魔力権を届かせることができる悪魔は初めて見た。
「てめえがサウスか?」
「そうだけど、キミは誰かな」
サウスはまるで幼子と話すような口調で喋る。
モルディオと話すよりも、馬鹿にされている気分だ。
「俺は元S級悪魔のシンクだ」
「シンクって、確か人間に混ざって暮らしてる変わり者の悪魔」
「そうだ。悪魔だけどな、てめえをぶっ殺しに来た」
「どうしてそんなことを言うのかな。ボク、キミとは初対面なんだけど。戦う必要がどこにあるのかな」
サウスの話し方に腹が立ってきた。
でもこれからぶっ殺すからいいか。
シンクは一人で納得して、笑う。
「悪魔が全滅する前に、セビが勝てねえような強い奴と戦いたかったんだよ」
「何を言っているのかな。全滅なんて、するわけないのに」
シンクはサウスに近づきながら、言う。
「いや、絶対に全滅する。俺はあいつらがイノセント・スティールってやつを成し遂げるって、確信してんだ」
「じゃあキミは大人しく全滅するのかな? そいつらを殺して、こっちに来てサキュバス様に従えば、生きていられるのに……変な悪魔」
変な悪魔、という言葉にシンクは自嘲した。
確かにその通りだ。
人間より、悪魔の全滅を望んでいるのだから。
「ああそうだな。俺は悪魔が嫌いだ。だから、人間に近づこうとしたんだろうな」
「理解できないかな。どうして人間になろうとしたのかな?」
「悪魔は元々、生まれるはずのねえ命だ。一部のバカな人間に生み出された兵器の分際で、どの族の悪魔も揃って、生きたことを後悔しねえとか馬鹿げたことを言いやがる。俺はそんな悪魔はクソだと思ってるし、死ぬべきだと思う。だから俺は、人間みたいな生活をしてきた。それで分かったことがある」
どうして初めて会った悪魔にこんなことを語っているのだろう。
今まで誰にも言わなかったのに、変な気分だ。
「……何かな?」
「人間ってのは、クソどもよりずっといい生き方をしてる。悪魔みてえに、生きる意味だとかくだらねえことは考えねえで、楽しむことを考える。そんな奴らにもたまに例外がいるけどな、俺やレンが店っていう、人間にしかねえことに憧れたのは、そういうことだったんだよ。
クソどもに人間を支配する資格はねえ。ここで大人しく全滅すんのが、クソの末路ってもんだろ」
サウスの姿が見えてきた。
全身赤で、思ったより老けた、厳つい顔をしている。
「黙って聞いていれば、同志をクソ呼ばわりなんて」
「クソだろ。てめえらが未来で、人間の邪魔すんだろ。そうなる前に、俺がクソどもに引導を渡してやるよ」
「じゃあ、キミを始末するしかないかな。いいかな?」
マグマが怪しく動き、全方向から降り注ぐ。
シンクはボタンを押して薙刀を伸ばし、マグマを潜り抜ける。
そしてサウスがいる方向へ地面を蹴る。
「やっぱり。ボクの魔力権が効いてないってことは、炎の魔力権か、無効化を持っているのかな」
サウスはマグマを操ることを止め、手に持っていた武器を構える。
遠くからではよく分からなかったが、近づくにつれて武器の正体が明らかになってきた。
サウスが持っているのは身長より少し短い棒で、先端には金属の鈍器がついている。
俗に言うメイスの類だろう。
シンクも様々な悪魔や人間と戦ってきたが、メイスを扱う悪魔は初めてだ。
それがまた、闘争本能をくすぐるのを感じた。
「全く、サキュバス様が与えてくれたボクの仕事は、祓魔師を始末することだったのに。どうして悪魔と戦わないといけないのかな」
ぶつぶつ文句を言いながら、サウスはメイスを振り回す。
リーチは薙刀の方が長そうだ。
「残念だったな。相手が俺で」
シンクはメイスの攻撃を薙刀で弾く。
サウスにできたわずかな隙に突っ込み、横腹に蹴りを入れる。
感触はあったが、サウスはびくともしない。
***
同時刻、セヴィスはマグゼラの市場でシンクを探すのに奔走していた。
マグゼラに着くまでに追いつけると思っていたが、甘かった。
ここは人が多すぎて、シンクを見つけるのは至難の業だ。
幽霊城の場所をモルディオに聞いてくるべきだった。
今電話をしても、繋がらないだろう。
「さっきの金髪のお兄ちゃん、幽霊城に行ったね」
「えーっ! あそこに行ったら二度と帰れないって、ママが言ってたよ」
近くで遊んでいた二人の少女の些細な噂が、耳に入ってきた。
セヴィスは片方の女の子の肩を掴んで止める。
「おい、その幽霊城ってどこだ」
思わず地声で聞いてしまったが、相手は気づいていない。
こちらが気にしている暇もなかった。
「お兄ちゃんも行くの? ダメだよ! 帰れなくなっちゃうよ!」
「金髪の男は俺の友達なんだ。助けないといけない」
「……あっちの海沿いに行けばあるって、ママが言ってたよ」
もう一人の少女が前方を指差して言った。
幽霊城の恐ろしさを親に聞かされているらしく、怯えた表情をしている。
「頑張ってね、セヴィス似のお兄ちゃん」
「何言ってるの? セヴィスは死んじゃったんだよ」
「あたし、実際のセヴィス見たことあるもん。悪魔からあたしとママを守ってくれたから、よく覚えてるよ。体型がそっくり」
「でもあのシュヴァルツに殺されたんだよ? そのシュヴァルツも殺されちゃったし。やっぱりセヴィスは弱かったんだよ。クロエに勝ったのはまぐれだったんじゃない」
「それでも、S級がいないと何か、怖いよ。あたし、サキュバスはセヴィスが倒してくれるって思ってたもん」
子供の言葉に軽く動揺しながら、セヴィスはその場を離れる。
自分はいつも子供の言葉に動揺している。
死んだら、こんな風に扱われるのか。
感謝してくれる子供もいたが、その傍らではシュヴァルツに殺された雑魚として焼きついているのだ。
五年間S級を独占していたクロエに勝ったのは、トーナメントの『三回倒れたら負け』という規則に救われた部分があったというのは自覚している。
サキュバスに為す術なく殺されかけた、無様な祓魔師であることも認める。
それでも死にたくないと、改めて思った。
シンクは友人だったのだろうか。
自分が口に出した言葉に、疑問が浮かんだ。
思えば、変な関係だった。
出会ってからの五年間、シンクは依頼主だったり、師匠だったり、店長だった。
どれでもいい。
とにかく、生きていればいい。
サキュバスを倒すとか言っている奴が、一人の悪魔を生かしたいなんて、どうかしていると思う。
でも、死なせたくない。




