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INNOCENT STEAL -Last GAMBIT-  作者: 豹牙
九章 監獄の熱縄
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64 15分の鎖

「ミルフィ、お前はそれでいいのか?」


 セヴィスは鉄格子の内側に入って、ミルフィの前に座った。


「セビ、入ってきていいの?」

「ああ。15分だけ許可された。今いるのは、俺だけだ。だから、正直に言ってくれ」

「正直に?」


 ミルフィは首を傾げた。


「クロエもグロウも、所持者に一度もダイヤモンドを食べさせてないんだ。一つのダイヤモンドでアフター・ヘヴンにサキュバスが現れるってのは、全部ローズの推測なんだぞ。本当は、嫌じゃないのか? こんなことに命を預けるなんて」

「あたしが役に立てるならそれでいいよ」

 と、ミルフィははっきり言った。


「お前は、強いんだな」

「でも、アフター・ヘヴンだってなくなるんでしょ。もちろん拘束されるのは嫌だけど、サキュバスを倒したら解放するって言われたし、こんなに嬉しいことはないよ」


 ミルフィはラムツェル教会で、監禁生活を送ってきた。

慣れすらも感じてしまうのは、そのせいだろう。


「それに、ローズだけじゃなくて、モルディオも言ってきたんだよ。モルディオは未来が見えるから、きっと大丈夫」


 モルディオはそこまで信じることができる人間だろうか。

イノセント・スティールの網羅に関しては彼の行動に間違いはないと思って従ったが、今は半信半疑だ。


「お前がそれでいいなら、俺に止める権利はないんだ」

「……」

「でも俺は、お前にそんなこと……してほしくないけどな」

「……ありがと。そう言ってもらえるだけで嬉しいよ」


 昨日ハミルがあれだけ言ってくれたのだ。

これでまた裏切ったら、所詮その程度の人間だったということだ。

今必要なのは、信じることなのかもしれない。


「一つ頼みがあって、これを食べてほしいんだ」


 差し出した青い『宝石』を手に取って、ミルフィは首を傾げる。

感触だけでは分からないらしい。

これは初めてローズが警備に参加した時に盗った、レンの『宝石』だ。


「お前の中にいるロザリアに、会わせるって約束した男の『宝石』だ」

「うん。分かったよ」


 拒むことなく、ミルフィは手錠のついた両手で『宝石』を取り、口に運んだ。

『宝石』が溶けるまで一分も掛かっていないのに、長く感じた。


 サキュバスの魔力権を封じるには、ロザリアとレンの協力が必要不可欠だろう。

アフター・ヘヴンにいる悪魔の何人かはセヴィスが倒した悪魔で、自分を憎んでいる者ばかりだ。


「サキュバスって、やっぱりセビが倒すの?」


 ミルフィは何気なく聞いてきた。


「俺だけじゃ多分前と同じ結末になるから、今モルディオが未来を読んで、作戦を練ってるところだ。俺が参加しないことはないと思う」

「じゃあ、あたしからも一つ頼みがあるんだけど」

「何だ?」

「絶対、生きて帰ってきて。あたしより先に死んだら……許さないから」


 いつか自分が言った言葉を、ミルフィがそのまま返してきた。


「分かってる。必ず、帰ってくる」


 そう言いながら、目を逸らす。

実を言うと、不安だった。

一度殺されかけた相手と、もう一度戦うのが、恐怖でしかない。

死ぬことが怖いから、モルディオの未来に頼っている。

でも、それを打ち明けるようなことはしない。

彼女に甘え過ぎるのも情けないし、これ以上恐怖を与えたくなかった。


「そういえば、両親の故郷が分かったんだ。ラナンキュラスっていう、ジェノマニアの南にある島らしい」


 目を逸らしたまま、セヴィスは話題を変える。

ミルフィは目隠しをしているので、目を逸らしても分からないだろうが。


「本当? 見つかってよかったね」

「それで、この戦いが終わったら……」

「えっ?」

「お前さえよかったら、でいいんだ」


 絶対に生きて帰る。

その意志を強くする為に、不安ではなく、想いを打ち明ける。


「俺は、お前が好きだから……離れたくないんだ」


 逸らしていた目を向けると、ミルフィは顔を赤くしていた。

何も言わずに彼女の身体を強く引き寄せ、きつく抱きしめる。

彼女をここまで強い力で抱きしめたのは、初めてだった。


「初めて、言ってくれた」


 しばらく熱と鼓動を感じる。

少し力を抜くと、彼女はすぐに離れた。


「でも、いつも考えてしまうんだ。セビがこんなに優しいのは、あたしが所持者だからじゃないかって」

「じゃああの時、お前が俺に言った言葉は、所持者の言葉なのか?」

「えっ……?」

「違うだろ。それにお前が所持者じゃなくなっても、俺がお前を忘れるわけじゃない」


 再び目を逸らした先に、彼女の腕についた手錠がある。

恥ずかしさを隠すようにそれの開錠を試みる。


「全てが終わっても、まだローズがお前を拘束するようなら、俺が脱獄させてやる」

「……あたしも、あんたが大好きだから、どこまでもついていきたいんだ。でも」

「そう思ってくれるだけで十分だ。俺はお前が所持者じゃなくなっても、ずっと傍にいる」

「本当? 今まで通りで、いてくれる?」

「当たり前のことを聞くな」


 手錠が解けるとすぐに、腕が背中に巻きついてきた。

涙が服を湿らせるのを感じる。


「何か、セビじゃないみたい」

「変装してるからか?」

「そうじゃないよ。だって、今のあたしにはセビがどんな姿をしてるか、見えないし」


 黒い髪を引っ張って、今だけ元の姿に戻る。

全てが終わったら、自分は生きていることを明かせるのだろうか。

或いは、公の場でセヴィスという名前を名乗れなくなり、素顔で出歩くこともできなくなるのだろうか。


「いつもより素直だから。セビらしくないっていうか」


 自分は『怪盗フレグランス』という、犯罪者だった。

この名前が嫌いでも、それは否定できない事実。

例え悪魔が全滅して『宝石』がなくなっても、罪を免れることはできない。

泥棒という過去がある限り、生きていることを明かすことはできないだろう。


 世間の中では、既に死んでいる。

悪魔と違って、自分の生きた証は数え切れない程残っている。

それでも、腑に落ちない。

少しでも長く、ありのままの姿で生きていたい。

そんな願望が蟠っている。


「もっと俺らしくないことを二つ、言っていいか」


 首に巻きついた腕がほどける。

暖かみのある眼差しで、見つめられる。


「これから、本当の名で呼んでくれないか」

「分かったよ、セヴィス」


 力のない笑みを零す。

それに応えるように、彼女は屈託のない笑顔を見せた。

目隠しをしていても分かる程の、明るい笑顔だった。


「一緒にいてほしい。最後まで、ずっと」

「……はい」


 そっと抱き寄せると、彼女は顔を上げた。

ためらわず、その唇にキスをした。


「もう一回、して」

「……」

「怖いんだ」

「サキュバスか?」


 ミルフィは小さく頷いた。


「……サキュバスが怖いのは、誰だって同じだ。でも、俺は負けた後の方が怖い。だから」

「分かってる。あたしはこのまま別れるのが、嫌なんだよ」


 彼女は、そっと自分に抱きついた。


「お願い。キスして」


 キスをねだる彼女を見ると、あの時を思い出す。

ふたりで傷を舐め合うように、舌だけで激しく求め合ったあの時。

それでも、あの時とは違う。


「……わかった」


 そう言って優しくキスをすると、彼女の口は開いていた。

そこに舌を入れ、艶かしく透明の糸を絡ませる。

あの時とは違い、自分から彼女を求めるようになっていた。


 身体が、熱い吐息に火照る。

彼女と唇を重ねるだけで、甘美な快楽が身体を蝕んでいく。

それは紛れもなく、これから倒す相手が与えるものだった。

それを全て飲み込むように、自分から舌を絡めていった。


 ずっと、彼女の傍で、彼女を愛せるのなら。


 強い快楽が蝕むと分かっていながら、さらに深く、艶かしく絡めていく。

そうしながら何度も抱きしめて、熱が伝わる程密着し、互いの指も絡めた。

それなのに、自分の手は震えていた。


「大丈夫……?」


 手の震えに気づいた彼女が、目を開けて、自分の顔を見つめている。

いつの間にか、目隠しが解けていた。


「見るな。こんな顔、見られたくないんだ」

「……じゃあ、目を閉じてるよ」

「悪い、もう少しだけ……」


 浸食してくる恐怖を塗り替えたくて、無意識に激しいキスをしていた。

あの時と立場が逆になって、今度は彼女が黙って自分を受け入れている。


 本当に情けない顔をしているから、見せたくなかった。

心配されたら、現実から逃げたくなる。

今の自分の表情は誰にも見えないし、彼女の瞳に映ることもないけれど、それが一番いいんだ。


 牢獄で許された15分で、彼女と深く愛し合った。

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