漆黒の衝動 -Magenta Fate- ③
医務室を追い出された僕は、しばらく廊下を歩いて頭を冷やしていた。
僕は本当に馬鹿なことをした。
やっぱり謝ろうと思って医務室に戻る。
しかし、そこにいるのは一人の黒スーツだけで、レイラはいなかった。
「レイラ……?」
黒スーツが僕の方を見た。
黒いサングラスをしているが、僕に短剣を差し出した黒スーツと同じ男だということは分かる。
「何だ、レイラのことを知っていたのか。隠していたつもりだったが、さすが医務室常連だな」
「レイラはどこ?」
「レイラには麻薬夫妻のジュエルバレットを試すことになって……ってお前にジュエルバレットの話をしても仕方ないか」
麻薬夫妻やジュエルバレットという単語は、何年か前に聞いた気がする。
それが何かは知らない。
「もしこれが成功したら、レイラはお前たちと同じ生活をすることになるだろう。レイラは元々『武』だったが、お前より賢いみたいだしな」
「……同じ?」
分からないことを考えても時間を無駄にするだけだ。
僕は強くならないといけない。
それから僕は寝る時間を惜しんで、一人で拳銃の訓練をした。
だが、人はそう簡単に強くならない。
結局次の審議で、僕は負けた。
前回からの進歩といえば、相手の攻撃を何度もかわせたことだろうか。
次はないと思えと言われたのに、今回も生き残った。
何度も見捨てられそうになっても殺されなかった僕は、やはり贔屓されていたのだろう。
僕より頭のいい人間は何人かいたが、未来予知は僕だけの能力だ。
「レイラ、やっぱり努力って裏切るのかな」
そう呟きながら、僕は夜中に外に出て、審議が行われる場所で、一人で訓練をする。
レイラの言葉にどこか落胆しつつも、僕は訓練をやめなかった。
ここでやめたら、死ぬだけだ。
***
次の審議が迫る中、いつものように僕は夜中に外に出た。
いつもはない、何かがそこに輝いていた。
近づいてみると、輝くものの正体は月明かりを浴びて光る剣だった。
これはおそらく『武』の審議で殺された子供の武器で、黒スーツが回収し忘れたのだろう。
自分の武器を忘れるような子供が、生き残っているわけがない。
僕は剣を拾い、刃に付着した血を素手で拭き取る。
剣というものを見たことはあるが、触るのは初めてだ。
両手で持ってみると、思ったより軽い。
構え方は窓から見た『武』の子供たちの見よう見まねだ。
そのまま、空気を切ってみる。
「……すごい」
当たり前のことだが、剣を振れば相手が避けない限り攻撃が当たる。
銃のように、自分のミスで負けることは少なくなる。
僕は、能力で最初に相手が避ける場所が分かる。
銃の時はそこに当てることができなかったが、剣なら。
僕は服の中に剣を隠し、勝手に剣の訓練を始めることにした。
僕の剣術は荒っぽく、完全に防御を捨てていた。
防御なんていらない。
相手が攻撃してくる場所は、全て読んでかわす。
それが僕の我流剣術だった。
***
そして審議の日が来た。
僕は服の中に剣を隠し持ったまま、手に銃を持って、溝の中心に立った。
相手はゲオルクだった。
「やっとオレの手で、ベルクを殺せる」
審議で相手を殺すのは黒スーツも奨励しているが、皆はそれをしないので、結局黒スーツに殺されるのが落ちだ。
僕を除く、何年も一緒に暮らしてきた仲間を殺すことはできない。
ゲオルクは、一番の友達を僕に殺されたことを恨んでいた。
しかも、あの時の僕は敗者だった。
敗者が勝者を殺すなど、黒スーツにとってもあってはならないことだった。
本気でやらないと、殺られる。
審議の相手が仲間だった時の甘さは微塵も感じられない。
ゲオルクから感じるのは、殺気のみ。
「先にどうぞ。僕が葬ってあげる」
僕は不毛な挑発で、ゲオルクの攻撃を誘う。
自分が読んだ未来へ、現実を進めるために。
「うぜえんだよ!」
初めて戦った時のように、ゲオルクが僕の腕を狙ってきた。
それを分かっていた僕には、ゲオルクを攻撃する大きな隙が与えられる。
僕は銃を捨て、服から剣を取り出し、ゲオルクの銃を持つ手を斬りつけた。
ゲオルクが避ける場所、それを全て把握して初めて為せることだった。
「なっ」
あるはずのない剣の攻撃に、ゲオルクは気が動転した。
丸腰の彼を斬りつける。
「さよなら、ゲオルク」
そう言った時、僕の剣が吹っ飛んだ。
僕の未来にはなかった、一発の弾丸が、僕の腕に命中していた。
「ベルク、その剣はどこで手に入れたのかしら」
黒スーツを見ても、彼らは興味深そうに眺めているだけだ。
僕ははっとして声のした方向を見る。
僕を止めたのは、黒スーツでも、ゲオルクでもなく、レイラだった。
「レイラ!」
「下種もここまで落ちぶれると醜いものね」
剣を使うのも、いつかの僕の勝利と同様、あってはならないこと。
しかし僕は例の贔屓によって、救われた。
ゲオルクは『知』の中でも強い方だったが、あっさりと殺された。
***
黒スーツの提案で、僕は『武』に移動することになった。
銃より剣の方が向いているとでも思ったのだろう。
『知』と比べると大幅に人数を減らされた『武』は、審議も訓練も生活も、『魔』と共同で行っていた。
突然『武』に入ってきた僕に自己紹介の場は与えられなかった。
ここの面子はほとんどが死んだ人間のような眼をしていた。
リーダー格のゲオルクがいた頃の『知』とは比べ物にならない程暗い雰囲気だ。
ゲオルクがいなくなった後はどうなったのかなんて、僕の知ったことではない。
「あれ? 昨日までいなかったよね?」
暗い雰囲気の中で、一人だけ僕に話しかけてくる人間がいた。
緑色の髪をした女の子で、ここにいるのが不釣り合いな程明るい。
『知』で孤立していた僕にとって、普通に話しかけられること自体が久しぶりだった。
「僕は、ベルク=グラファイス。『知』から移動させられて……」
「へえ、移動なんてあるんだ。あたしの名はフラン=エゼルベルト。『魔』で、水の魔力権を持ってるの。よろしくね」
それだけ言って、フランは他の人間のところに行った。
元々誰とでも話せる人間なのだろう。
しかしそのフランも、すぐに僕を退けるようになった。
顔には出さなかったが、彼女は僕に話しかけなくなった。
『知』の人間は贔屓されているという理由で僕を蔑ろにしたが、『武』や『魔』の人間が受け付けなかったのは、僕の性格だった。
だから『知』の連中のように、彼らが僕を虐げることはない。
それを考えれば、ここは快適な居場所だった。
僕は剣術に関しては当然遅れを取っていたが、実戦では魔力権があるので負けることは少なかった。
いくら剣が遅くても、隙ができる瞬間を知っていれば、致命傷を負わせることはできる。
一度深い怪我をさせてしまえば、後は遅い剣術でも勝てる。
拳銃を使っていた頃抱えていた劣等感も、徐々に消えていった。
補助にしか使えないと思われていた未来予知を実戦に生かし始めてから、僕は強くなった。
僕は彼らにとって異端者だったらしい。
審議で相手の急所を躊躇なく刺すのは僕ぐらいだから、当然と言ったら当然なのかもしれない。
そんな自分には一切疑問を抱かなかった。
生き残る為に相手を倒して何が悪い。




