60 悪魔店長の懐古
「みんなはまだお前のこと信頼してるって、チェルシーに聞いたぞ。だから誤解を解いた方がいいだろ」
「冗談も大概にしてよ。誤解なんてどこにもない。人の死を知っても、助ける前に利用することを考える。こんな僕を誰が信頼するの?」
こいつ、ひょっとしてセヴィスより重症なんじゃないか。
そう思った時、
「誰もお前を信頼しなかったら、俺は今頃死んでないと思うけどな」
とセヴィスが言った。
「確かに。そもそもお前、頭はいいし剣は上手いし拳銃も使えるし、卑下するとこねえだろ! その腐った根性以外な!」
「君も僕を腐った根性の持ち主だって思うんだ。だったら同じだよ」
「何が同じなんだよ。クラスのみんなか? 誘拐されて一緒に過ごした奴らか? 全部ノートに書いてあったぜ。お前、いつも孤立してたらしいな」
「だから何?」
「お前に何があったのかはよく知らねえけど、何でも能力のせいにする卑屈野郎ってのは昔からなんだな」
卑屈野郎という言葉に、いつも平然としていた顔が一瞬崩れた。
心の触れてはいけないところに触れているのは百も承知だ。
でも、そうでもしないとこいつは一生卑屈野郎のままなんだ。
「言っとくけどな、おれは一年のときからお前が嫌いだった。嫌味ばっかり言うし、どれだけ思い上がってんのかと思ってたぜ。でもそっちの方がまだマシだ。劣ってもねえくせに自分を卑下する奴より、よっぽどな。
はっきり言ってやるよ! おれは今のお前が大っ嫌いだ! 信頼した仲間を裏切って、一人でやり遂げるのがそんなにカッコいいか? ふざけんなよ」
「……君はさ、裏切ったこと、ないの?」
ないのかと言われたら、ある。
だが誇れる。
あの時クロエを信頼したのは間違いだったと。
「あった。でも、死ぬ程後悔した。裏切らない方が、絶対いいって気づいたしな」
「……そっか。じゃあ、僕は君を信じて利用していい?」
「していい、じゃねえよ。利用もすんな。信頼しろよ。頭はいいくせに、そういうところはバカだな。お前」
落胆した表情が、諦めに変わった。
しばらくして、モルディオは失笑した。
「バカ、とか。こんなに叱られたの、久しぶりだよ」
「分かったんなら、二度と利用とか口に出すなよ」
「分かったよ。僕も学園に来いってことでしょ?」
「それで、みんなに謝れよ。全部話せよ」
「さすがに全部話すわけにはいかないけど、学園長を問い詰めないといけないし、どっちにしても学園には行かないといけないんだ。見えた未来に関しては、明日同じ時間にここで話すよ」
モルディオは、先に帰って行った。
何を急いでいるのか、早足で歩いて行った。
ミルフィがいなくなった今、セヴィスはシンクが帰るまでレストランに残らないといけないらしい。
せっかくなので、ハミルも残ることにした。
ハミルは、セヴィスの過去に関する様々な質問をした。
予想に反して、セヴィスは全て答えてくれた。
スラム街でファイトクラブに参加した時の話や、シンクに戦闘訓練を頼んだ時の話、初めて『宝石』に手を出した時の話。
どれも、ハミルがどれだけ恵まれた環境で育ったかを痛感させられるものだった。
中でも先代のS級ソディアがフレグランスを追いかけて、シンクと戦った話は驚愕だった。
ソディアの死因は未だ不明だからだ。
自分が警察の息子であることを忘れ、ハミルは一人の泥棒の話に聞き入っていた。
三十分程後にシンクが帰ってきた時は、いつも以上の戦慄を覚えた。
元々ハミルはシンクが苦手だったが、話を聞くと怖さが増した。
セヴィスが少し暗い声でミルフィが連れて行かれたことを話すと、シンクは至って普通の表情で頷いていた。
ハミルははっとして思い出した。
イノセント・スティールを完遂することは、悪魔の全滅を意味する。
つまり、サキュバスを倒したら、シンクも死ぬ。
セヴィスがシンクに対して話しにくそうだったのは、そういうことだったのだ。
「ミルフィを使ってサキュバスの弱体化? ミルフィがどうなるか知らねえけど、サキュバスのババアが弱くなるなら、それに越したことねえよな。まあ、ミルフィ次第か。で、サキュバスはてめえが殺んのか?」
「そうなると思う」
「全く、セビにこんな重要なこと任せるなんて、世の中分からねえな。あの時の雑魚い餓鬼が世界を背負うってことか。ははっ、俺が鍛えてやった時が懐かしいぜ」
珍しく思い出に耽っていることを除けば、シンクは普段と変わらない。
それどころか、イノセント・スティールに納得している。
「そういえば今のセビと俺って、どっちが強いんだろうな。ずっと気になってたんだよ」
「俺はまだ敵わない。アンタが桁外れなんだ」
「そうか? まっ、てめえがS級になってから、一度やってみたかったってだけだ」
総攻撃の前のセヴィスは、悪魔の全滅を望んでいた。
それはシンクも知っていたことだ。
だから、今更なのかもしれない。
元S級悪魔とS級祓魔師の『いただく』という関係は、それで成り立ってきた。
セヴィスにとって、ダイヤモンドを盗み出すことは苦渋の決断だったのだろうか。
それとも、別の可能性を信じていたのか。
どちらにしろ、サキュバスを放っておくことはできない。
そう考えるのは、モルディオもローズもみんな同じだ。
「でもよ、俺は本当に強い相手と戦いたかったんだぜ」
シンクは笑いながら、さらっと返事に困ることを言った。
「セビより強い祓魔師っていねえんだろ? だったら、サキュバス以外の悪魔はどうなんだ? 俺より強いのが、絶対どっかにいるはずなんだよ」
「そんなのがいたら、とっくに討伐してる。上級祓魔師を何人か派遣してな」
「じゃあ俺を倒すとしたら、セビは誰を呼んでくるんだ?」
「さあ。ハミルとモルディオがいれば勝てるかもしれないな」
「お前、なんだかんだ言って信頼してんじゃねえか。普通他のS級を挙げるだろ」
「……シェイムはともかく、信頼できないんだ。あいつらはサキュバスに怖気づいて、この国に近づこうともしない。会議で偉そうな口を叩くだけの給料泥棒だ」
「それお前が言うなよ」
「本当のことだろ。結局サキュバスを倒そうとしてるのは、お偉い館長どもじゃない。俺たちなんだ」
セヴィスは目を逸らして、ため息をついた。
セヴィスがこんなことを言うなんて、やっぱり変わった。
以前と違って、そんな彼に嫌悪感を抱くことはなくなった。
「なあセビ」
「何だ」
「俺の飯、旨かったか?」
シンクはまた笑顔で言ってきた。
「不味かったら、今頃潰れてるだろ」
「ははっそうかもな」
「……でも、アンタが店を開く前に作ってくれたハンバーグの味、俺は好きだった。あれがあったから、後からやみつきになったんだ」
店内が静まった。
「おいおい、セビが好きとか似合わねえよ。お前らしく『そんなことどうでもいい』とか言えよ」
「……」
「二人してだんまりしやがって。そうだ、お前ら夜飯食ってねえだろ。俺が作ってやるよ」
二人しかいない客に、シンクは大きなハンバーグを振舞った。




