59 最適の未来、天国の制圧
「セヴィスを逮捕するのに、ミルフィさんを捕らえるのはさすがにおかしくねえか?」
とハミルも言ってみる。
ローズが想定外の行動を取る理由を知りたかった。
「もちろん、それだけではないわ。ミルフィさんには、サキュバスを倒す手伝いをしてもらおうと思ってるわ。彼女にダイヤモンドを一つ食べさせて、ジュエルバレットを飲めば、理論上サキュバスの魔力権が一つ消えるはずよ」
「ミルフィを利用して、サキュバスを弱体化するつもり?」
「そういうことよ」
モルディオが考え込んでいるのを見ると、彼はローズの言うことも一理あると考えているのだろうか。
ハミルは止めるべきだと思っているが、サキュバスがナイトメア・カタルシスだけで本当に倒せるのかは分からない。
「サキュバスはこのままじゃ倒せないわ。だからこのミルフィさんを使って、サキュバスの魔力権を一つか二つ消すのよ」
「でも、ダイヤモンドを一つ食べたら、アフター・ヘヴンの中はどうなるのかな。僕が気になるのはそこなんだけど」
モルディオの口調は、どこかローズに賛成しているように聞こえる。
ローズの言う通りにして、成功するのか。
現時点でそれを知ることができるのはモルディオだけだ。
つまりモルディオが賛成したら、それは未来で成功することなのだろう。
未来予知は便利な能力だと改めて思った。
選択を誤って間違った道に進むことを事前に防いだり、後悔もしなくて済む。
ハミルも珍しい魔力権を持っているが、未来予知を持つモルディオが羨ましいと度々思うことがある。
「わたしの予想だけど、おそらく弱体化したサキュバスがアフター・ヘヴン内にも現れるわ。クロエはきっとこうなることを予想して、彼女にS級悪魔の『宝石』をたくさん食べさせてるのよ」
「つまり、一つの魔力権しか持ってないサキュバスが現れるってことだね。僕はアフター・ヘヴンの中をよく知らないけど、サキュバスが乗っ取らないようにアフター・ヘヴン内の悪魔たちで取り押さえるってことでしょ? 無理だよ。ミルフィは悪魔を制御できない。戦闘能力もないから、悪魔がサキュバスに従ったらミルフィが死ぬよ」
賛成したと思ったら、反対し始める。
彼が何を考えているのか分からないが、モルディオが最適な未来へ導いているのだと信じたい。
「いいえ、できるわ。ミルフィさんじゃなくて、彼女が食べたS級のロザリアがやってくれる」
「僕も君も、ロザリアには会ったことすらない。セビの話を聞く限り、相当お人よしな悪魔だったみたいだけど、彼女が見知らぬ悪魔を従えられると思う?」
ハミルもロザリアの性格は知っている。
ローズが言うように、ロザリアなら協力してくれるだろう。
だが、ロザリアが全ての悪魔を説得できるとは思えない。
「クロエがロザリアの『宝石』を食べさせたのはその為だと、わたしは考えているわ。それに、わたしも元所持者。身体を乗っ取られる苦しみはよく分かるから、彼女を殺すような真似は絶対しない」
所持者という単語に、ミルフィが目を見開いた。
ローズが誘拐された理由は、ジュエルバレットの効能を確かめる為だとノートに書いてあった。
「とりあえずわたしはナイトメア・カタルシスを作らないといけないから、それまで彼女は刑務所で預かるわ。彼女をどうするかは、もう一度モルディオと話し合って決めるわ」
警官二人が犯罪者を連行するように、ミルフィを押す。
警官が扉を開けると、ローズは振り返って、
「何か彼女に言い残すことはないかしら?」
と言った。
「……」
ミルフィの視線がどこか寂しそうに逸れる。
涙が零れる気配はなかった。
「ないのね」
「……殺さないって、嘘じゃないだろうな」
「信じてもらえるか分からないけど、わたしは嘘をつくことが嫌い。ただそれだけよ。そこにいるベルクと一緒にしないで」
ローズはわざとらしくモルディオを睨みつけると、警官と一緒にレストランを出て行った。
ローズが出てすぐに、ハミルはセヴィスの背中を叩いた。
「何やってんだよ」
「何って」
「ミルフィさんがお前のこと好きなの知ってるだろ。何で何もしねえんだよ。せめて抱き締めるとかしてやれよ」
セヴィスは何が起こったのか分からない表情をしている。
その様子を見て、モルディオが苦笑した。
「何もしなかった君もだけど、ローズもひどいよね。手錠だけじゃなくて猿轡まで噛ませてさ、やりすぎだよ。彼女、君に助けを求めたくて仕方なかったんじゃないかな。あの状況で彼女が泣かなかったのは驚きだけど、キスぐらいしてあげたらよかったのに」
「は……?」
「さすがに猿轡の上からしろとは言わないけど、サキュバスと戦うには必要だよ。彼女はもうすぐ所持者をやめるんだからね」
サキュバスにキスされたら終わり、とシェイムが言っていた。
そういえばサキュバスと対峙した時に、セヴィスはされなかったのだろうか。
いや、されなかったから、彼はここにいる。
ハミルは浮かんだ素朴な疑問を一人で勝手に解決した。
「僕はサキュバスの弱体化に関しては賛成するけど、何も監禁までしなくていいと思うんだよね。手錠なんか着けたら、余計彼女が追い詰められるだけだよ。全く、ローズもひどいことするよね。一度やるって決めたら変えようとしないし」
「人のこと言えんのかよ」
「人聞き悪いな。僕は女の子を監禁するような真似はしないよ」
「それって、男ならすんのか?」
「あのさ、誤解を招くからやめてくれない。そんな趣味ないんだけど」
ハミルは思わず吹き出す。
モルディオで笑ったのは久しぶりだ。
「まあ、ミルフィは分かってると思うよ。例えローズが出してくれなかったとしても、セビが助けてくれるってね。でも、犯罪者でもないのに刑務所暮らしなんて不安でしかないし、やっぱり何かしてほしかったと思うよ」
セヴィスは黙り込んでいる。
こう見ると、とても怪盗フレグランスと同一人物とは思えない。
「今日はもう解散にしようか。ナイトメア・カタルシスを作るのに時間がかかりそうだから、僕はそれより遠くの未来を読んでみるよ。セビには明日ミルフィの処遇を見てきてもらうとして、ハミルはどうする? セビは生きてたわけだし、君はサキュバスと戦う理由がないんじゃない」
「クロエ館長もシェイムもサキュバスにやられたんだ。さすがに許せねえよ。で、明日は学校に行くことにした。一週間も休んでたし。あ、そうだ。ついでにお前がしようとしてること、全部話すからな」
「……どういうこと?」
モルディオの表情が曇った。
殴りかかった時と同じ、落胆した表情だった。




