57 始末された男
言われた通り、午後九時ちょうどに、ハミルはクリムゾン・スターに行った。
いつもこの時間なら開いているのだが、今日は閉店になっている。
不思議に思いながら店に入ると、客席にモルディオだけが座っていた。
「すぐに話を始めたいところだけど、もうちょっと待ってくれないかな」
そう言われたので、ハミルは仕方なくモルディオの向かい側の席に座った。
モルディオは何かを待っているらしく、黙って腕時計を見ている。
彼の過去を知った今、何を話せばいいのだろう。
「なあ、ナイトメア・カタルシスって結局どうなったんだ? もしあれを作ったら、ミルフィさんはどうなるんだ?」
と、ハミルは尋ねた。
「ウィンズの設計図を元に、使うジュエルバレットを少し減らした設計図を作ったんだ。結果的に武器は小さくなったけど、無駄なデザインが多かったから大した違いはないと思う。残った分は今日ミルフィに飲んでもらうことになってるよ」
短い会話はそれで終わった。
ハミルが話題に困っていると、奥の扉からセヴィスが出てきた。
グレイの姿では会ったが、元の姿で会うのは久しぶりだ。
首にはブラニューデが巻かれている。
あれはヴィーナ・リリーに行く前にミルフィが編んでいたものだろう。
「やっぱり、生きてたんだな。人騒がせな奴、だぜ」
「ハミル、お前何で泣いてるんだ?」
「だってよ……嬉しくねえわけ、ねえだろ」
向かいの席に座った彼は滅多に見せない微笑を浮かべていた。
それを見たハミルは、笑顔で涙を流した。
ハミルが泣き止むまで、しばらく二人は黙っていた。
「さあ、真相を話してもらうぞ」
やっと泣き止んだハミルは、鼻水を啜りながら気を取り直す。
「真相って、お前はもう知ってるだろ」
セヴィスはどこか話しにくそうだった。
今まで騙していたことに対する罪悪感なのかは分からないが、もしそうだったら少し嬉しいと思う。
「お前らの過去についてはノートに書いてあったけどよ、今については書いてねえ。教えろ、何でお前は死んだことになってんだよ」
「彼の死は僕が提案したことだ」
とモルディオが言った。
「証拠が掴めるまで黙ってたんだけど、僕は元々、シュヴァルツが殺人事件の犯人だって知ってた。ローズが来国する前からね。で、グレイを利用させてもらったんだ」
「えっ、じゃあ本当のグレイは今何してるんだ?」
ハミルはモルディオに視線を向ける。
「トーナメントで、グレイがグロウの本拠地を明かしたよね? その時に、もしかしたらグレイは始末されるんじゃないかって思って、僕はグレイの未来を見たんだ。そしたら案の定、グレイはシュヴァルツに殺されていた。セビがサキュバスと会った、ちょうど同じ時刻にね」
「ちょっと待てよ! グレイはもう死んでるってことかよ!?」
「そうだよ。あの時死んだのはセビじゃなくて、グレイの方だ」
相変わらずの平然とした表情で、モルディオは言った。
「お前、それ知ってたんだろ」
「うん。知ってて、利用したよ」
やっぱりこいつ、とんでもない奴だ。
過去を知って少しは同情したが、ここまで来たら悪魔以上だ。
ハミルは両手を握り締めて、怒りを堪えた。
「あのさ。僕がグレイの未来を見てなくても、同じ結末だったんだよ」
確かに未来を知っていたからと言って、モルディオがグレイを助けなかったことを咎めるのはおかしい気がする。
ハミルも当時何もしなかったことには変わりない。
それでも、同じ学園の生徒を見殺しにするのは許せない気もする。
「そういえば、お前はあの時シュヴァルツと一緒に司令室にいたって、チェルシーから聞いたぞ。それがあったから、シュヴァルツはセヴィスの死に関して疑われなかったんだろ。シュヴァルツはどうやって、グレイを殺したんだ?」
「シュヴァルツは、当時僕と一緒にいたという事実を作っただけ。実際話したのはほんの数分だよ。殺したのはその後みたいだね。魔力権を失ったグレイを倒すのは簡単だったと思うよ」
話を聞いていて、ハミルは複雑な気分になった。
グレイは確かに嫌な奴だった。
でも、死んだことすら伝えられないなんて、ひどすぎる。
「グレイじゃなくてセビを死んだことにした理由は、三つあるんだ。まずローズは、怪盗フレグランスがセビだって絶対気づく。一つ目はその推理を遠ざける為。二つ目は、グレイが生きていると知ったシュヴァルツを焦らせる為。三つ目は、サキュバスをセビから遠ざける為だ。
セビとグレイの声は元々似てたし、フレグランスとしての変装技術もあって、すり替わるのは意外と簡単だった。でもセビは所持者じゃないから、グレイみたいに女子を集めることができない。だから、グレイが彼の死を馬鹿にするような発言をして、女子がいない環境を普通にしたんだ」
「じゃああの時、お前がおれに見せようとした死体の写真って」
モルディオは机の上に一枚の写真を置く。
それを裏返すと、首のない候補生が無残に殺された姿があった。
見るだけでも気分が悪くなりそうだが、制服をよく見るとS級のブローチが着いている。
次にその死体の手を凝視すると、爪がなくなっていた。
つまりこれは、セヴィスの制服を着たグレイだ。
「でもよ、これじゃ警察にバレるだろ」
「そうだよ。だからちょっとだけ王族に力を借りて……」
「それでよくバレなかったよな」
「この国は王族の権力が大きいからね」
今見たらグレイだと分かる写真だが、気が動転していたあの時の自分が見たら、セヴィスだと信じるだろう。
とんでもない計画だが、よく考えられた策略だ。
「何か納得いかねえけど、やることが終わったら全部公表しろよ。それでグレイの両親にも謝れよ」
「謝るって、グレイの母親はサキュバスだし、家族はクロエのせいでとっくに殺されてるよ」
「うるせえとにかく謝れ! お前らは世界中を騙してるんだからな!」
「うん、気が向いたらね」
無言を貫くセヴィスと比べると、モルディオには人を利用することに対する罪悪感が存在しないのだろう。
こんな人間が学園で最も優秀で、候補生の代表に選ばれていたことに、ハミルは改めてため息をついた。
「……あと最後に一つ聞きたいことがあるんだけどよ、セヴィスはサキュバスと戦って、どうやって生き残ったんだ?」
「俺だって、光線で身体中を刺されて、死ぬかと思った。でもサキュバスはあの時、俺を殺さなかったんだ」
と、セヴィスは答えた。
「殺さなかった? 何でだよ」
「俺もほとんど気を失ってたから、よく分からない。でもあのままじゃ確実に死んでた。きっと、サキュバスが治癒の魔力権で、傷を死なない程度に治したんだと思う。サキュバスが『本調子じゃないS級に勝ってもつまんない』とか言ってたのは聞こえたしな」
「本調子じゃないってどういうことだよ」
「さあな。グレイに打ち込まれた毒の痛みは消えてたけどな、足の変色はまだ残ってたんだ。多分それに気づいたんだろ」
ハミルは適当に頷いた。
これで問い詰めるのは終わりにしよう。
ハミルも頭の中を整頓する時間が欲しかった。




