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INNOCENT STEAL -Last GAMBIT-  作者: 豹牙
一章 敵躍の代行
6/100

6 迷いなき六等星

「罠だったみたいだね」


 モルディオの口調は明るい。

どうせ最初から分かっていたのだろう。


「大丈夫、一人来るだけだから。僕が話をするよ」


 モルディオは得意げに言うが、彼に任せていいのだろうか。

セヴィスの頭の中に、教会での戦闘とキングの死体が浮かんできた。

あの出来事がなかったら、モルディオをもう少し信じられたかもしれない。


「そこにいるのは誰ですか?」


 数秒後、モルディオが口を開いた。


「っ!」


 続いて聞こえたのは誰かの息を呑む音だ。

扉の方を見ると、白衣を着た若い男がいた。

手には大きめの拳銃がある。

足音を一切立てずに来たようだ。


 数秒遅れてモルディオが振り返る。

この男がベルの音に気づいて廊下から撃ってくるのは、能力で読んでいたのだろう。


「ベルク、それにS級……なぜここにいる」


 男は驚愕している。

ベルクという名前を知っていることに関しては、大して驚かなかった。

新生児誘拐事件を企てた組織の施設なのだから、当然だ。


「資料を取りにきました。それで、ここを守るのはあなた一人ですか?」

「そうだ。ウィンズがその資料を取りに来るわずかな間だけ、私は一人で侵入者の排除を命じられた。だが」


 男は拳銃を地面に落とし、地面に膝と手をついて頭を下げた。


「貴様ら相手では勝ち目がない。どうか、見逃してくれ」


 この男は本当にグロウの人間なのだろうか。

そう疑う程、男は弱腰だった。


「でもこのままあなたを見逃したら、僕たちが侵入したことがバレそうですね」


 モルディオは資料を元の場所に戻し、男の元へ歩いていく。

しかし、剣は持ったままだ。


「言わない、約束しよう」

「そうですか、では約束を守ってもらいます」


 細剣の刀身が顔を出した瞬間、セヴィスは思わず前に出た。

頭を伏せている男が当然気づくはずもない。

それどころか、安心しているように見える。


「ぐっ!」


 遅かった。

セヴィスに止めるつもりはなかったが、遅かった。

男の右肩に剣が浅く突き刺さっていた。

どうして右肩に刺したのか、考える前にモルディオが柄についたボタンを押した。

すると、右肩からさらに多くの血が噴出した。


「ぐああああっあああっ!」


 まさか、傷を抉っているのか。

シンクの戦闘を見た時と同じ疑問が、頭を過ぎった。

だがモルディオの剣にそんな細工がしてあったなら、セヴィスもトーナメントで攻撃を受けた時に抉られただろう。


「死にたくないなら、最初から出てこなきゃよかったのにね」


 男の悲鳴は、心臓への一突きで収まった。


「これからウィンズは頼れないし、自分で改造してみたんだ」


 確かにウィンズがいない今、武器の店は従来の武器しか作れない状況にある。

自分で使いやすいように作り直すのは重要なことだが、これは役に立つだろうか。


「そんな改造して……どうするんだ?」


 セヴィスは呆れた表情でたずねる。


 モルディオは剣を収めてから、

「いつか必要になる気がするんだ」

 と言った。


「必要?」

「さっ帰ろうか。明日から冬季休みだけど、毎日登校決定だね。調べ物づくしだよ」


 そう言って、モルディオは先に部屋を出て行った。

もうこの部屋に用はないと踏んだらしい。

セヴィスは一度振り返って男の死体を見る。

そこには男の死体はなく、緑色の『宝石』が落ちていた。

それを拾うのはおそらく自分の仕事だろう。

セヴィスは『宝石』を拾ってから部屋を出た。


 冬季休みとなると、普通の寮生は実家に戻るはずだ。

チェルシーと違って、モルディオに帰るつもりはないらしい。

彼にとって、家族よりグロウの計画を調べることが大切だということだ。

グロウとクロエらの抗争によって家族を失ったセヴィスには、その気持ちを理解することはできなかった。


 それにしても、いつか必要になるとはどういうことだろうか。

なんとなくそう思うだけなのか、能力がそう告げているのか。

モルディオは能力を初めて明かした時、その日にあることぐらいしか見ることができない、と言っていた。

もちろんそれはクロエを騙す為の嘘であったのだとセヴィスは確信しているが、どこまで見ているのかは分からない。

いつも一週間先を軽く見越した行動を取っている気がするのは、気のせいだろうか。


 モルディオとシンクの相違点は笑っているか、無表情か。

モルディオは『宝石』にならないだけの、一種の悪魔だ。

恐怖心はなかったが、見る目は変わってしまった。


 そんなことを考えながら、セヴィスは黒く塗りつぶしたカイロを処理して、報道陣で溢れた家への帰路についた。



 あれからかなりの時間が経ったにも関わらず、まだ家は記者に囲まれている。

セヴィスが姿を現した途端、途切れのないフラッシュが一斉に降り注いだ。


「クロエ=グレイン元館長の殺害現場にいたのは本当ですか!?」


 多少言い回しは違うものの、投げかけられた質問のほとんどはこれだった。


「クロエは面会後に死んだ」


 たった一言セヴィスが喋るだけで、騒がしい記者は一瞬で静まった。

すぐにレコーダーとカメラで取り囲まれる。


「俺が部屋を出た直後にサキュバスが殺した」


 先程から一切表情を変えていないのに、まだ写真が必要なのだろうか。

フラッシュのせいで目が痛い。

だからインタビューには応じたくなかった。

だが応じないと家に帰れない。


「サキュバスって元館長の言う悪魔の頭領ですよね? それを見たんですか?」

「見た。でもすぐに壁を通り抜けて消えたんだ」


 サキュバスと話をしたことに関しては言うなとモルディオに言われた。

ここでグロウやイノセント・スティールの話をすると、関係のない人間が詮索を始めてしまう。

そうなるとグロウが何をするか分からないからだ。


「どんな見た目をしていましたか?」

「長い銀髪と赤いドレスの女だった。武器は持ってない」


 それからは似たような問答が一時間程続いた。

クロエ逮捕のきっかけにもなった例の放送についても聞かれたが、それは分からないと言った。

世間では例の放送すら謎のままだ。

その放送をした張本人は何も知らないふりを一時間続け、なんとか報道陣を遠ざけたのだった。


「あの時、もう少し長く親と話せたら……俺も迷わないのにな」


 そう頭の中で呟いて、制服のままベッドに寝転ぶ。

窓から見える星空には、例の日食を引き起こした巨大衛星セディ・アースと、その半分にも満たない大きさの衛星グラインド・ヘヴンが輝いている。

自殺なんていう馬鹿な真似はもうしないと決めたが、何も分からない今は、何をする気も起きない。


 何も分からないのは一般人も同じことだ。

中途半端に知ってしまったから、何かをしなければならないという義務感に苛まれるのだ。

どうせ生まれるなら、平凡に生まれたかった。

こんな人間だから、彼女にしなければならないことすら分からないのだ。

かと言って五年余りも自由を奪われ、多くの心の傷を抱えた彼女にできることが自分にあるのか。


「俺は何をすれば……」


 多くの蟠りを残したまま、二学期最後の日は終わりを告げた。

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