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INNOCENT STEAL -Last GAMBIT-  作者: 豹牙
七章 妨略の覇者
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51 フレグランスの脱出

ぼやけた視界の中に、黒い壁が映る。

目を擦ろうとすると、両腕が動かない。

何度も瞬きをして視界を明瞭にして、自分の背中を見ようとすると頭をぶつけた。


「なんだよこれ……」


 ハミルはやっと、自分が拘束されていることに気づいた。

自由なのは足だけで、腹と両腕が柱に縛られていた。

どれだけの時間意識を失っていたのだろう。

腰が痛むが、立つこともできない。


「見ての通りだ。俺たちはグロウに捕まった」


 ハミルの後ろ、柱の向こうからグレイの声が聞こえた。

彼も拘束されているらしい。


「えっ、おれ、今から拷問されんのか……?」

「グロウがお前に聞くことなんてねーだろ。グロウは全てのダイヤモンドを手に入れた。邪魔されねーように一時的に拘束してるだけだ」

「じゃあシェイムは……」

「シェイムは無事だ。美術館の祓魔師は催眠術の魔力権で眠ってたみてーだが、グロウに少し時間を貰って、俺が地下に連れて行ったらなんとか間に合った。まあ、しばらくは戦えねーけど、グロウも意外と優しいとこあんだな」


 そんなことを言われても、ダイヤモンドを渡して連れて行けと言ったのはグレイだ。

信用できない。


 シェイムが無事だというところは信用してよさそうだ。

サキュバスがクロエを殺したとき、警官が催眠術で眠っていたという話をセヴィスに聞いた。

救援の祓魔師が来なかったのはサキュバスのせいだと考えていいだろう。


「じゃあ、いつになったら出られるんだよ!」

「知らねーけど、そんなもん脱走すればいい話だろ。幸い足は自由だ。お前、あれあるだろ」

「あれって?」

「持ってるだろ。ちょっと貸せ」

「だからあれって何だよ」

「ほら、あれだよ。……セヴィスのナイフ」

「セヴィスのナイフ?」

「グロウは俺たちの武器を取り上げたみてーだが、お前からはナックルしか取り上げてなかった」


 グレイが言った通り、制服のポケットにその感触はある。

ハミルが意識を失っている間、グレイは気絶していなかったらしい。

あれから何があったのかは分からないが、分かったのはグレイがフレグランスであることだ。


「持ってるけどさ、おれはお前に聞きたいことがある」

「あ?」

「フレグランスってお前か?」

「ああそうだよ」


 グレイはあっさり答えた。


「お前は、サキュバスを倒す方法、知ってるのか?」


 一番聞きたかったのはこれだ。

これを聞き出す為に、ハミルはヴィーナ・リリーにやって来た。


「グロウが作ろうとしてるナイトメア・カタルシスがあれば倒せる。設計図は手に入れた」

「グロウと同じ方法でサキュバスを倒すのか?」

「ちょっと違うけどな。そんなの今どうだっていーだろ。とにかく早くしろ。グロウが来たらどうすんだ」


 柱の向こう側から、グレイの右手が見えた。

それを見たハミルははっとして、トーナメントのことを思い出した。


「グレイ、お前の爪……」

「何だよ、まだあんのか」

「お前の爪、確かセヴィスに剥がされてたよな? 何で残ってるんだ?」

「それは左手だっつーの」


 ハミルの中のグレイのイメージは、声がでかくてチャラい男だった。

だが、グレイの声はだんだん小さくなっていく。

そんなに喋るのが苦手な奴だったっけ、とハミルは違和感を抱き始めた。


「じゃあ、なんとなくお前の手に見覚えがあるのは気のせいか?」

「俺の手ぐらいお前も見たことあるだろ。ほら、さっさとよこせ」


 ハミルは靴を脱ぎ、靴下をもう片方の足の指で引っ張って脱ぐ。

それから足を制服のポケットまでなんとか動かし、足の指でナイフが入った白い袋を取り出す。

それをグレイの手の近くまで放り投げる。

グレイは探るようにして中の赤ナイフを取り出すと、柱を縛る縄を器用に一本ずつ切っていく。


「お前、やけにナイフの扱い上手いよな」

「ナイフぐらい誰だって使えるだろ」

「セヴィスのナイフは両側に刃があって、切れ味も抜群だ。おれなんか触るだけでも躊躇するぜ」


 グレイの手が止まった。


「うるせーな。こいつを使わねーと、脱出できねーだろ」

「そりゃそうだけどよ。あとさ、何で設計図を知ってるんだ? お前シュヴァルツ拘束の時はいなかっただろ」

「ナイフぐらい俺にも扱える。設計図に関しては後でモルディオに聞いたんだよ」

「確かにモルディオはフレグランスについて知ってたけどよ、あいつお前のこと銃撃するぐらい嫌ってただろ。そもそもお前、自分のこと様付けすんの止めたのか?」

「やっやめたんだよ。今思えば俺様とかすげーかっこわりーし。調子乗ったらまたモルディオのやつに撃たれるしな」


 グレイの手が再び縄を切ろうと動き出した。

モルディオのやつ? とハミルの頭に疑問符が浮かんだ。


「……お前さ、モルディオのこと、モルって呼んでなかったか? 様付けはともかくとして、モルディオの呼び方まで変える必要もあったか?」

「それは後で話す。とにかく俺はやることがあるから、お前に頼みてーことがある」

「何だよ。言ってみろよ」

「この縄が解けたら、どこでもいいから部屋に入って、グロウのノートを取って来い」

「グロウのノート?」

「モルの能力で調べてもらったんだよ。グロウの連中は全員、イノセント・スティールについて書かれたノートを持ってる。それを取ったらすぐここを出て、ジェノマニアに逃げろ。脱走したことがバレたら殺されるかもしれねーからな」

 とグレイが言うと同時に、縄が解けた。


 ハミルはすぐに立ち上がり、柱の向こうに回りこむ。

グレイがナイフを持ったまま、先にある扉に走っていくのが見えた。

その走り方にも、見覚えがあった。


 サキュバスの手下と戦った時も、彼はハミルが見えない背後に回りこんで物を投げていた。

いくら似せようと、物の投げ方は変えられない。

一瞬だけ見えた、腹の傷。

あれも総攻撃の時につけられたものだ。


「おれ、お前の正体、分かっちまった」


 身長も違うのに、よくあれだけ似せたものだ。

さすが、怪盗フレグランスって呼ばれた奴は伊達じゃねえな。


 このどこかも分からない場所で、ハミルはこみ上げる嬉しさに浸っていた。

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