49 沈黙の七日間
その後、ミストは美術館の会議室を借りて、特捜課の拠点にした。
そこで警備の配置などを決めていくのだが、肝心の人物がいない。
「親父、ローズは? おれ、てっきり違う便で来るのかと思ってたんだけど」
「それが、オレもよく分からんのだ。後からヴィーナ・リリーに来ると聞いていたが、連絡も取れんしな」
この日からフレグランスが来るまで、ハミルたちは美術館の医務室を借りて寝泊りすることになり、シェイムは祖父母が暮らす実家に帰って行った。
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二日目、ヴェスマリン帝国のダイヤモンドがフレグランスに盗まれたというニュースが入った。
次はローズの祖国フリージア連邦を狙うのではないかと特捜課は噂していたが、ローズは来なかった。
暇になったハミルはシェイムの家に行って、彼女の両親とミルフィについて聞いた。
ミルフィの両親――実際の母親はサキュバスで、ここで話すのはあくまで養母らしい――は所持者を研究するクロエの家族グレイン家を恐れ、七年前にクレアラッツからヴィーナ・リリーに逃げたらしい。
その時A級祓魔師であったシェイムの両親が彼らを匿った。
しかしシェイムの両親は正義感が強く、さらに融通の利かない性格で、グレイン家を逮捕させるべく、無理矢理ミルフィたちを連れてクレアラッツに向かった。
その結果グレイン家によって彼らは殺され、シェイムとミルフィは逃がされた。
その逃げた先がルキアビッツで、彼女らを助けたのがセヴィスだったらしい。
偶然にも程がある。
悪魔や所持者を研究していたクロエの家族、グレイン家に関してはよく分からなかった。
だがハミルは、命の恩人におれが勝てるわけないか、と諦めをつけることができた。
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三日目、ミラーズ王国のダイヤモンドがフレグランスに盗まれたというニュースが入った。
ここのダイヤモンドに関しては、警備をする前に盗まれたらしい。
ローズはまた来なかった。
ハミルはシェイムにブラニューデの作り方を教えてもらった。
やりたいと言ったわけではなかったが、シェイムは悲しみを紛らわそうとしてくれているらしい。
その思いを無駄にしたくなかった。
しかしハミルは不器用だったので、ほつれたブラニューデはウナギのようになってしまった。
それを見て、また彼を思い出そうとする自分を抑え込んだ。
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四日目、フレグランスに関するニュースもなく、ローズが来ることもなかった。
身体が鈍ることを警戒したハミルは、ヴィーナ・リリーの悪魔討伐を手伝った。
この国のB級はクレアラッツのC級と同じレベルだったので、苦戦することもなかった。
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五日目、クレイエル帝国のダイヤモンドがフレグランスに盗まれたというニュースが入った。
残るダイヤモンドはフリージア連邦とヴィーナ・リリーの二つだ。
それなのに、ローズは来なかった。
「親父、どうなってんだよ! 何でローズは来ねえんだよ!」
ついにハミルは父に問い詰めた。
「ローズが『私が来るまで何もしないでください』と言ったのだ。ローズの言うことは聞かないといけない。オレも最初は不服だったが、ローズが今まで手を抜いたことはない。あいつがいなければ、今もフレグランスが男だと気づかなかっただろう」
ミストは真剣な表情で答えた。
父がローズを認めているのは分かったが、五日間も来ないのはさすがにおかしい、とハミルは思った。
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六日目、フリージア連邦のダイヤモンドがフレグランスに盗まれたというニュースが入った。
やはりローズは来なかった。
「親父! このペースじゃ今日中に盗まれるぞ!」
と、ハミルはミストに言った。
さすがに遺憾に思っているらしく、ミストもうなり声をあげた。
「ローズはあの時手紙がどうとか言ってた。絶対モルディオが関わってる。そうとしか思えねえ。あいつは学校に来てないらしいし……。なあ、自分が来るまで何もするなってことは、フレグランスに盗ませろってことじゃねえのか? モルディオに脅迫されたか手を組んだかは知らねえけど、ローズはおれたちを裏切ったんじゃ」
「やかましいっ! 文句あるならジェノマニアに帰れ!」
ミストの罵声に追い出され、ハミルは会議室にすら入れなくなってしまった。
しかし、その志は折れることを忘れていた。
「ローズがおれを置いたのには理由があるはずだ。だから、おれ一人でもフレグランスに会うことはできるはずなんだ」
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その日の夜、ハミルは無断でダイヤモンド展示室のある二階廊下にやって来た。
本当に頭がおかしくなったのかと思うくらい、警備がいない。
もしハミルの行動で防犯システムが起動してしまったら、それはそれでいい。
みんながフレグランスに気づいてしまえばいい。
ハミルは堂々とダイヤモンド展示室の扉を開けた。
だが、防犯システムが作動しない。
そこには月明かりを浴びて、淡く輝くダイヤモンドがあるだけだ。
広い部屋の中に、ダイヤモンドのガラスケースだけが置いてある。
フレグランスはまだ来ていないようだが、ハミルがこれだけ踏み込んでも防犯システムが作動しない。
ということは、もうすぐ来る可能性が高い。
「ねえ」
ふと、声が聞こえた。女の声だ。
だが、フレグランスは男だとローズが暴いたはずだ。
まさか、フレグランスはもう一人いるのか。
「誰だ!」
後ろを振り返っても、何もない。
不思議に思いながらも前を見ると、ダイヤモンドの前に女が立っていた。
いつの間に近づかれたのだろう。
「なーんだ。てっきりフレグランスかと思ったけど違うじゃない。ハミルくんもダイヤモンドが欲しいのぅ?」
女は地面につく長い銀髪で、わざとらしく露出した赤いドレスを着ていた。
この見た目は、ハミルがセヴィスに聞いたサキュバスそのものだ。
「だめよぅ。これまで奪われちゃったら、わたし死んじゃうかもしれないのよぅ」
「サキュバス……」
「なーに冷静を装ってるの? 足がガタガタ震えてるわよぅ」
サキュバスは何か持っているわけではなかった。
だが、何が起こるか分からない恐怖が身体を苛んでくる。




