48 彼らの孤独、南国の美術館
「なんだよシェイム!」
外に出てから、ハミルは解かれた手首を押さえる。
シェイムが強い力で握っていたせいか、痛い。
「ミルフィが好きなのはセヴィス先輩なんです! いい加減気づいてください!」
皆して、何を言い出すのだろう。
ミルフィがセヴィスを好きだったことには、ハミルも気づいていた。
でもあいつは、もういない。
「ミルフィはアフター・ヘヴン所持者なんです。所持者は異性を惹きつけるんです。先輩はそれによって恋をしたと勘違いしてるだけなんです」
「所持者って……」
ハミルは頭を押さえる。
ローズが事件の生き残りだったとか、ミルフィが所持者だとか、色々発覚してきて頭が混乱しそうだ。
「ミルフィはあの人の死を信じたくないだけなんです。だから黙っていてください。所持者が感情を制御できなくなると、乗っ取られるんですから」
「そんな言い方ないだろ! ミルフィさんはおれと違って、好きでアフター・ヘヴンを得たわけじゃないんだろ」
「すみません、言葉が悪かったですね」
シェイムは深く頭を下げる。
本心から謝っているようには見えなかった。
「何で、ミルフィさんはあいつが好きなのかな」
「私はセヴィス先輩が命の恩人だったことしか知りません。ミルフィはよく無理をして人を安心させてしまう傾向がありますが、先輩にだけは心を開いていられるそうですよ。だからこの辺りはふたりにしか分からない領域なのでは?」
いつもより早口気味で、シェイムは言った。
これ以上の詮索はやめておこうと思った矢先、ハミルの服から着信音が聞こえてきた。
電話の相手はチェルシーだった。
『ハミル、今どこ?』
「えっ今日授業?」
『もう一限目終わったけど』
「ごめん、おれは行けないって教官に伝えてくれ。あいつの仇を討ちに行くんだ」
ミストの予想に反して、学校は授業を再開したらしい。
世間では、セヴィスを殺した犯人はシュヴァルツになっている。
この関連は全て解決したのだと思われているようだ。
『どうせそうだと思ってたよ。モルディオも来てないし。しかもあいつ、S級になる気はないみたい。あいつがいなかったら、誰がS級をやるのって感じ』
チェルシーは先程まで泣いていたらしく、枯れた声で言った。
「そっか。あいつ、あれだけS級になるって言ってたのにな」
『実はね、さっき新生児誘拐事件のこと、みんなに話したんだ。でも、分かってもらえなかった。みんな、なんだかんだ言ってあいつのことを信頼してたからね。
ハミルはさ、あいつのこと……どう思ってる?』
難しい質問だ。
少なくとも総攻撃の時まで、ハミルはモルディオを嫌っていた。
当時の彼は会う度に「馬鹿だから分からないんだね」など、様々な言葉で罵ってきた。
しかしそれは、魔力権を知られたくないという思いから、避けられようとして出た言葉だったのだろう。
その証拠に魔力権がセヴィスとハミルに発覚してから、モルディオが人を無意味に罵ることは少なくなった。
クラスメートたちが悪口を言うことも減り、ハミルは彼をレストランに誘ったりするようになった。
仲良くなれたと思った。
だがその信頼とセヴィスの死を利用し、クラスメートを動かした部分は許せない。
結局モルディオはみんなを信頼していなかったのではないか。
だから、本名を教えてくれなかったのだ。
シェイムも知っていたことを考えると、おそらくセヴィスは知っていたのだろうが。
「本音が分からない奴だよ。あいつって、おれたちのことをどう思ってたんだろうな」
『そこはあたしも分からない。でも、あいつのことは恨まないでほしいんだ。あいつは、ずっと独りだったから。小さい頃に姉に捨てられて、グロウに解放された後も両親に嫌われてたらしいし。
だからあいつのこと、絶対ベルクって呼ばないでね。それじゃ』
電話は切れた。
独り。
それはハミルが経験したことのないもので、彼らは経験したものだ。
セヴィスは、同じグロウによって間接的に育てられている。
兄を名乗るウィンズに拳銃で撃たれ、地下スラムでの閉塞した生活を送り、目の前でクロエに両親を殺された。
最もこれは千里眼を持っていたハミルしか知らないことだが、この両親の殺害ですらグロウに仕組まれている。
改めて考えて見ると、二人は過去において様々なところが似ている。
独りは独りを経験した者にしか分からないのだろう。
ハミルは六歳の頃からセヴィスを知っているが、彼の手助けになることはできなかった。
独りの彼に、何もしてやれなかった。
だから、一人で死んだのだ。
そして彼と同じように、今のモルディオが死に急いでいる気がする。
「なあ、どうやったら、あいつのことを分かってやれるんだ? おれには、分からねえよ」
答えのない問いだった。
***
ヴィーナ・リリー共和国は、ジェノマニア大陸の南にあるファルシア大陸の大半を占める。
その首都マーキュリアはクレアラッツと比べると人口密度が低く、気候も暖かい。
高層ビルも一切なく、低い建物が多い。
世間の南国のイメージそのものだ。
「ここが美術館です」
そうシェイムに言われて、ハミルとミストは目を疑った。
ヴィーナ・リリーの美術館は澄んだ青色をしたビーチ沿いに建てられ、見た目も鮮やかだ。
建物は民家同様低く、横に長い。
ジェノマニアの美術館がほとんど祓魔師の要塞に近いのに対し、ここは完全に観光地になっている。
はっきり言って、ジェノマニアよりも簡単に『宝石』を盗み出せそうだ。
ハミルでさえそう思えるのだから、フレグランスなら楽勝だろう。
そんなことを思いながらV・リリー美術館に入ってみたが、中は予想通りだった。
一般人を歓迎する横断幕に、貝殻やブラニューデを売る商店まである。
悪魔討伐依頼をするカウンターがおまけのようだ。
「ここ、本当に美術館か?」
「はい。私もこれが普通だったので、ジェノマニアでは随分驚きました。やっぱり本部だけは違うんですね」
ミストが祓魔師にフレグランスの話をしている間、ハミルはシェイムに美術館を案内してもらった。
横に長いものの、基本的な構造はジェノマニアと同じだ。
防犯システムも同じものが使われている。
何度か祓魔師とすれ違ったが、彼らは丁寧に頭を下げ、挨拶をするのかと思ったら「いらっしゃいませ」と口を揃えて言う。
まるで店の店員のようだ。
ハミルのことを知っている祓魔師は、マーキュリア名産の元気ドリンクを勧めてきた。
シェイムが彼女かと茶化す祓魔師もいた。
彼らはセヴィスについて一切触れなかった。




