46 ナイトメア・カタルシス
「予告時間一分前に課長がトイレに行ったことが、大きな鍵だったことは嫌でも分かったわ」
「大きな鍵? まあ、そうかもね」
「……まず、課長はコレットさん同様、トイレに捕らえられていた。課長に変装したフレグランスは、隙を見てダイヤモンドを偽物とすり替えた。その後トイレに行き、課長の服に造花を刺し、逃げた。課長にはデッド・フレグランスを使って、分からなくしたのでしょう?
フレグランスの正体はセヴィスだった。これは揺るぎない事実よ。でも課長に変装したフレグランスは、あなたに依頼された別人だったのよ」
これでどうだ、とローズは得意げな顔をつくる。
モルディオは一切表情を変えず、
「少女探偵ローズ=ラスターが聞いて呆れるよ」
と言った。
そんな、また外した。
ローズは動揺を隠す為に顔に力を入れ、真相が語られるのを待つ。
「こっちは僕が少し手助けした。相手がダイヤモンドだけあって、フレグランスもだいぶ困ってたしね。偽ダイヤモンドを使う案を編み出したのは彼だけど、彼に偽物を作る技術はなかった。だから僕が精巧な偽物のダイヤモンドを用意したんだ。まあ、僕の武器加工学の知識は君やウィンズより下なんだけど」
「で、どこが違うのかしら。わたしは朝に一度ダイヤモンドが本物か確かめたわ。フレグランスが課長に変装しなかったとしたら、いつすり替わったの?」
「朝に一回? 君にしては詰めが甘いね。もしかして予告時間前にもう一度チェックする予定だった?」
「……できなかったのよ。セヴィスの死亡ニュースが入って、それどころじゃなかった」
「だろうね。君にとって最大のフレグランス候補だった彼が死んだニュースは、特捜課全員を釘付けにしたと思う。だって、警備ががら空きだったじゃん。ダイヤモンドがすり替わったのは、その間なんだ」
S級が死んだとなれば、誰だってニュースに食らいつく。
まさか、そこに目をつけるとは。
つまり、モルディオは予めフレグランスにニュースが流れるタイミングを伝えていたということだ。
例え彼の死を防げなかったとしても、それをすぐ利用するとは、相変わらず非道な男だ。
しかし、死亡ニュースが流れたのは正午前だ。
フレグランスが予告時間前に盗むことなどあるのだろうか。
「でも予告状は十一時よ。嘘をついたの?」
「残念だけどそれ、昼の十一時だよ。僕が予めニュースの時間を知って決めたからね。フレグランスがいつも夜に盗むから勘違いしたんでしょ。フレグランスは夜に盗む時は『夜十一時』って書くけど、今回は『十一時』としか書いてなかったんだ」
「卑怯ね。納得いかないわ」
「そりゃ、フレグランスじゃなくて僕が考えた策だからね。フレグランスが予告時間を定める理由は、悪魔に襲われるのを防ぐことと、その悪魔を利用して警察から逃げる為だ。でも今回は僕が警察を欺くだけだから、それは必要ないんだ。そもそも卑怯だから犯罪なんだよ。
それと、これにも気づかなかった? 課長の時計、ずれてたんだよ」
ローズは自分の心臓が剣で斬られたような気分になった。
気づかなかった、あれだけ予告時間を気にしていたのに。
「言っておくけど、フレグランスは課長に変装してないよ。そんな毎回変装する程低脳だったら、今頃捕まってると思うよ。
で、遅れた時計を見た課長は、まだ余裕があると思ってトイレに行った」
「時計がずれていたのは分かったわ。でも、いくら余裕があるとはいえ、予告時間前に課長がトイレに行く保証はどこにもないじゃない」
「別に課長がトイレに行く必要はなくてもよかったんだ。時計のずれはあくまで、君の推理を真相から遠ざけるダミーだからね。
これは本来の作戦なんだけど……まず予告時間が来たら、課長は周囲の様子を見て、明らかな腕時計のずれに気づく。そこで課長はフレグランスが何かを仕掛けたと錯覚して、一人で廊下に出る。この間、そこでフレグランスが課長に僕からの手紙と造花を刺して終わりだったんだ。でも課長が予告時間前に外に出たから、先に刺したんだ。
これがダイヤモンドのトリック。どう? 思ったより単純だった? でもフレグランスは今まで単純な方法で君たちを欺いてきたんだからね。考えすぎはよくないよ。クロエの二の舞だよ」
ローズは歯軋りをした。
わたしの推理が、こんなに簡単に外れるなんて。
悔しい。
「というわけで、君の負けだね。大人しく従ってもらうよ」
「わたしに何をさせるつもり? まさかフレグランスを見過ごせとか」
「大したことじゃないから、そんな怖い顔しないでくれる」
そう言って、モルディオはローズに一枚の紙を差し出した。
それを開くと、鎌のような武器の設計図が描かれていた。
上には『ナイトメア・カタルシス』とある。
「依頼はたった一つ。その武器を作ってほしいんだ」
ローズはナイトメア・カタルシスの設計図を凝視する。
素人には分からない用語の羅列の中に、ダイヤモンドという文字が見えた。
「これはあなたには無理ね。あなたの専門分野は戦略だったから、当然かしら。でも材料に大量のダイヤモンドが必要みたいね。これはどこで調達するの? まさかフレグランスが集めてくるのを、指を銜えて黙殺しろと?」
「物分りがよくて助かるよ」
つまりフレグランスが全てのダイヤモンドを盗むまで、捕まえてはいけないということだ。
それは許せない。
「冗談じゃないわ。わたしに犯罪の手助けをさせるつもり? 大体、こんな武器作って何になると言うの」
「それがないと、サキュバスは殺せない。サキュバスは君が思っている以上に厄介な存在だ」
モルディオはサキュバスに関して知っていること全てを話してくれた。
だがローズはグランフェザーやキングがどんな悪魔か分からない。
サキュバスという存在の危険性は理解したものの、納得はできない。




