43 悪魔のような嘲笑
「そろそろ黙ってくれないかな……」
鼻の骨が折れ、気を失ってしまったシュヴァルツを、クラスメートたちは少し心配そうに見つめる。
シュヴァルツは生きていた。
と言うより、わざと急所を外しているのだろう。
そしてシュヴァルツが死んでいないことに気づくとすぐに、クラスメートたちが未来予知という能力を隠していたことについて問い詰める。
ベルクという名前は、ローズのビデオによって全国に伝わっている。
『フレグランスの正体を知る者』として。
「おいどういうことだよ!」
男子たちが一斉に彼を囲む。
「聞いた通り、僕の魔力権は無効化じゃなくて、未来予知。ベルクは僕の本名だよ」
「え……?」
「今更バレたっていいよ別に。僕はそれを前提に行動してるから。剣が折れたのも、シュヴァルツがクラスの全員に言いふらすのも全部、想定内。変えられない未来だって、あるんだよ」
クラスメートは言葉を失った。
チェルシーですら、目を見開いていた。
「信頼なんてのは、シュヴァルツを追い詰める分だけあれば十分だよ。『ナイトメア・カタルシス』の作り方さえ分かれば、僕に信頼なんて必要ないんだよ」
「お前……」
ハミルは湧き上がる怒りを抑えつつ、彼の前に立つ。
「友達じゃねえのかよ」
「友達? 誰のこと? 後ろを見てみなよ、みんな僕に引いてる。友情とか、信頼とか、どうせ建前で言ってるくせに、口だけは達者だよね。少しでも変な人間が現れたら、途端に饒舌になって責めてさ。結局クラスってのはそういうものなんだよ」
「……それがお前の本性か?」
「本性? 僕はいつもどおりだよ」
「じゃあ、お前はセヴィスの死を、わかっていて利用したのか?」
「僕が常に彼の未来を見ていたとでも? 僕は彼の死を一切望んでなかったし、彼には死んでほしくなかった」
「利用してたからだろ。あいつを利用してたから! 死んでほしくなかったなんて綺麗事が言えんだろ!」
「あのさ、冗談も大概にしてくれないかな」
「うるせぇっ!」
堪えられずに、ハミルは拳を振り上げる。
「殴るんだ。僕が殴られたところで、誰が喜ぶのか知らないけど」
モルディオは拳を避けようともせずに、ただそこに立っている。
結局、それは振り下ろされずに終わった。
「ほら。そうやって、どいつもこいつも、全部僕のせいにしようとする。だから話したくなかったんだよ、こんな能力を持ってるなんて」
誰も、何も言い返さなかった。
「ふふっ、一国の副館長が鼻血垂らしてさ、ほんと間抜けな面だよね! 今まで見た中で一番傑作かな? あはははは!」
突然一人で笑い出したモルディオを、全員が凍った目つきで見つめていた。
「お前……フレグランスの正体知ってんだろ」
今はフレグランスのことを聞いてる場合じゃないだろ、とハミルは自分でも思った。
だが、責める言葉が思い浮かばなかった。
「そうだけど、それが何? 僕を警察に突き出して、何年も娑婆から追放するつもり? いいよ、抵抗はしないし、脱獄もしない」
「え……?」
「でも無意味だと思うよ。僕を捕まえたって、現状は何も変わらない。
怪盗フレグランスがダイヤモンドを盗むのは、誰にも止められないんだ。グロウは滅ぶ。彼の手で、イノセント・スティールは完遂される」
そう言って、モルディオは部屋を出て行った。
誰も止めなかった。
その理由の大半は彼の言動と行動、嘲笑に引いたからだろう。
そして未来予知という能力が発覚した以上、止めても無駄だと思ったのが残りを占めるのだろう。
「何なんだよ」
一人がそう言うと、全員が愚痴を言い始める。
「あいつは、私たちを利用したの?」
おそらくこの中で一番事情を知っているチェルシーは俯いている。
ハミルはモルディオが事件の生き残りだということは知っていたが、その本名を知らなかった。
それでもクラスメートと同様に、裏切られたようには感じない。
モルディオの目的が、なんとなく読めてきたからだ。
「みんな、警察を呼ぼう。とりあえず、シュヴァルツを放っておくわけにはいかないだろ?」
ハミルは落ち着いていた。
色々ありすぎて、もう驚かなくなっていた。
こうして冷静になったハミルの頭は、一つの結論に辿り着く。
セヴィスを殺したのはシュヴァルツではない。
そもそもシュヴァルツの攻撃は遅く、実力もA級の中では最下位だ。
先に殺されたアルヴェイス、ライム、フロストは、おそらく油断したところで殺されている。
シュヴァルツを疑っていても、人間なので殺そうとはしないだろうと思い込んでいる。
それが大きな隙を生み出したのだ。
この三人は速い戦闘はしない。
隙さえあればシュヴァルツでも倒せる。
セヴィスもまたシュヴァルツを疑っていた。
モルディオが犯人だと知っていたのだから、おそらく伝えられているはずだ。
警戒しないわけがない。
そうなると、不意打ちもできないシュヴァルツにセヴィスは倒せない。
他の三人と違って、シュヴァルツにとってセヴィスは相性が悪い。
それに先程の態度を踏まえると、犯人はシュヴァルツではない。
もしシュヴァルツの言っていたことが本当なら、犯人はサキュバスだ。
ハミルもそう思っている。
あいつを殺せるのはサキュバスだけだ。
サキュバスは、ハミルにとって憧れであったクロエを殺した。
もし、大切な友人までも手にかけたのなら絶対に許さない。
倒す。
しかし、相手はクロエすら一撃で仕留める悪魔だ。
セヴィスがどのようにしてサキュバスと戦い、敗北したのかは知らない。
だが、何かあるはずだ。
何か。
サキュバスの本体はダイヤモンドだと、クロエが言っていた。
ダイヤモンドといえば、怪盗フレグランスだ。
フレグランスなら、何か知っている可能性が高い。
そして一番知っていそうなのがウィンズだ。
ウィンズならサキュバスを倒す術を知っているかもしれない。
それをきっと、モルディオが探している。
フレグランスとウィンズ、ハミルが接近しやすいのはフレグランスだ。
「なあ、ヴィーナ・リリーの美術館って、ダイヤモンドあるよな」
警察がシュヴァルツを連行している横で、ハミルはシェイムに尋ねた。
「ありますが、それがどうかしましたか?」
シェイムはいつも通り、冷静だった。
彼女はクロエに直接聞いたか、クロエ逮捕の騒動で『ベルク』について最初から知っていたのだろう。
「フレグランスはジェノマニアのダイヤに手を出した。モルディオの言い分からして、他のダイヤも集めるはずだ。しかもヴィーナ・リリーにはウィンズがいるって、グレイが言ってただろ。絶対何かある」
きょとんとしているシェイムの両肩を掴んで、ハミルは決意した。
「シェイム、案内してくれ。おれ、ヴィーナ・リリーに行く。親に止められたって、行ってやる。セヴィスの仇を討ちたいんだ」