儚き背徳 -Vestige- ④
それから時を待たずしてやって来た、トーナメントの日。
おれはあの時の疑惑を忘れる程、興奮していた。
そして自分の試合の後、ほとんど冗談で、あいつに言った。
「もしおれとお前が五位以内に入れたら、タッグ戦一緒に出ようぜ!」
普通の候補生なら、「一年生が入れるわけねーだろ」と返すだろう。
おれはこのときから上位を狙っていたが、一年生が五位以内に入ることは前例のないことだった。
だがセヴィスは「分かった」と一言言って、寝た。
マジかよ、てか候補生トーナメントで寝るなよ、この次お前の試合だろ。
言いたいことが多すぎて、おれはため息をついた。
その直後、あいつはナイフ投げを応用した戦法で候補生たちの視線を釘付けにした。
モルディオとチェルシーもそれなりに注目されていたが、一番観客を熱狂させたのはやはりあいつだった。
セヴィスがS級になるまでの一連の流れは、興奮していたのでよく覚えていない。
でも、決勝戦でセヴィスを応援しなかったのは覚えている。
クロエ館長が憧れだったからなのか、あいつに対する憤りかは分からない。
トーナメントが終わってからは、新たなS級に対する偏見が多く報道された。
セヴィスはインタビューに応じないので、予想しかできなかったらしい。
そのインタビューに格好よく答えて、英雄のように取り上げられるのが夢だったおれは、あいつに羨みの視線を向けていた。
例年B級になれば、たくさんの報道陣が押し寄せる。
おれはそうなることを期待し、意味もなく校門前に立った。
予想通り、報道陣は去年の二倍やってきた。
しかし彼らの主な目的はセヴィスで、モルディオとチェルシーですら『ついで』程度だった。
上に三人もいては、誰もおれを注目しなかった。
おれはしばらくセヴィスに関わるのをやめ、自分の弱さを嘆いた。
これはおれが勝手にやったことだ。
あいつがおれに何かしたわけではない。
それでも、あいつが自分から話しかけることはなかった。
それどころか、何人かのクラスメートは掌を返したようにあいつに話しかけるようになった。
セヴィスと仲良くなっておけば、来年上位に入った際、タッグ戦で組めるとでも思ったのだろう。
そんなクラスメートに対するあいつの態度は、今までと全く変わらなかった。
一年生は偶数であった為、セヴィスの新しいペアをどうするかという話が出た。
この学園のペア制度は連帯感を養い、身を守る為にある。
これは『セヴィスは一人でいい』という結論ですぐ片付いた。
モルディオとチェルシーが違うクラスだったことがまだ救いだった。
もしこの時二人が同じクラスだったら、嫉妬して乱闘にまで至ったかもしれない。
そんなある日――確かトーナメントの次の日の、放課後。
教室にモルディオがたくさんの野次馬を引き連れてやって来た。
モルディオはおれの前を通り過ぎて、真っ直ぐセヴィスの席へ向かった。
先程の授業まで寝ていたセヴィスは眠そうに目を擦っている。
その彼に、モルディオは容赦なく細剣を振り下ろした。
「何やってんだよ!」
と叫んで、おれは思わず駆け寄る。
周囲の人間は騒然として、現場から距離を取る。
セヴィスは自分の席から二メートル程後ろに飛び、モルディオの攻撃を避けていた。
「おい! 訓練以外の戦闘は禁止だろ!」
おれはモルディオの右腕を掴んだが、すぐに振り払われた。
「君が、代わりか」
「何言ってるんだ?」
「とぼけないでくれるかな」
「俺は別にとぼけてない。大体、俺が何の代わりだって言うんだ」
「まさか、何も知らないって……」
しばらく考え込んだモルディオは、踵を返して帰っていった。
「何だよ、あいつ」
おれは当然のように話しかける。
関わるのをやめたことは、すっかり忘れていた。
モルディオのおかげなのかは認めたくないが、吹っ切れたおれはこれまでと同じように話しかけるようになった。
それからモルディオは何度か教室にやって来て、何かを問い詰めるような姿勢を見せるようになった。
モルディオの行動を異常だと思った候補生たちがしばしば割り込んだ。
だが、返って来た嫌味に腹を立て、乱闘が起こるのがほとんどだった。
その割り込んだ生徒がチェルシーだった時は、教室が水浸しになった。
ちょうど悪魔の総攻撃が起きた頃まで、二年A組は乱闘でとても汚れていた。
しかし突然クロエ=グレインの不祥事が何者かによって暴露され、彼女は逮捕された。
それからは全く乱闘が起こらなくなり、事情を知らない候補生はただ不思議に思った。
それを一部の候補生は『モルディオが逮捕により精神的なショックを受けた』と解釈した。
事実、モルディオはこの騒動以降、途端に丸くなったのだから。
***
聞きなれた、砂袋を叩く音がする。
その音で、おれは現実に引き戻された。
音のする方向は、昔から自分がトレーニングしている場所。
そこは橋の下、あいつと初めて会った場所。
「えいっえいっ」
十歳ぐらいの男の子が、橋にぶら下げた砂袋を叩いている。
おれは立ち上がって、その男の子に近寄った。
男の子はおれに驚いて殴るのをやめた。
そのまま逃げようとしたので、腕を掴んで止めた。
「おいおい、逃げなくてもいいだろ」
「ごめんなさい。ハミルのまねしたら強くなれるって思ったんだ」
「えっおれの真似?」
嬉しさのあまり、聞き返してしまった。
憧れだったと、直接言われたのは初めてだった。
チェルシーが女の子の人気を独占しているのは聞いていた。
モルディオにもコアなファンがいる。
セヴィスに至っては戦闘が速すぎて真似すらできないので、「電気ウナギ」のあだ名が出回ってネタにされている。
それでもS級であるあいつは、トーナメントの観客を一番熱狂させている。
そんな中に、おれに憧れる男の子がいたなんて。
「名前、なんていうんだ?」
「ルーク……」
「よしルーク、おれと一緒にやろうぜ!」
ルークは満面の笑みを浮かべてうなずいた。
「ちがう、もっと腰を落とせ! そうだ、そのまままっすぐ突けっ!」
気がついたら、ルークを指導していた。
コツが掴めてきたらしく、パンチもキマってきた。
「もう一発いけえっ!」
ルークが会心の拳を繰り出す。
「あっ」
あの時と同じように、砂袋の紐が切れた。
砂袋は宙を舞い、数メートル手前――ちょうどルキアビッツの入り口があったところで落ちた。
おれは砂袋を拾いに行く。
そこで、初めてあいつと会った柱を見る。
「あれっ」
そこには、あの時と同じ、紫髪の見慣れた背中があった。
ルキアビッツ入り口跡でしゃがんで、一体何をしているのだろう。
「ハミルか」
セヴィスは立ち上がって、こちらに身体を向けた。
足元には何もなく、何も持っていない。
「え、S級……っ!」
「あっ、おいっ」
おれが止める間もなく、ルークは逃げていった。
「あの子は?」
「ここでトレーニングしてたから、ちょっと付き合ってたんだよ。お前が怖かったから逃げたんだろうな。てか、お前なにしてんだ」
「ルキアビッツの入り口が封鎖されたって言うから、どうなったのか気になったんだ」
そう言われて、おれも入り口があった場所を見てみる。
だが、そこには何もなかった。
「政府の仕業か知らないが、跡形もなくなってるみたいだな。ここにルキアビッツがあったってことを、少しくらい書いてほしいもんだな」
「……今更聞くけどよ。どうしてお前、あの時、ここで泣いてたんだ」
「あったな。そんなこと」
「ウィンズに銃で撃たれた話ならクロエに聞いたけどよ」
「さあな。俺もよく分からない」
そう言って、セヴィスは小石を拾った。
「何してんだ?」
「あそこに、二匹の鳥がいるだろ。それに当てる」
これも、あの時と同じ。
違うのは、カエルではないことだ。
「あ」
あの時より格段に速く飛んだ石は、鳥の真下に当たった。
鳥は羽を撒き散らして逃げていく。
セヴィスが外すところを、久しぶりに見た気がする。
「お前、変わったな」
「何が変わったんだ?」
「いや、何でもねえよ。さっ、クリムゾン・スターで飯でも食おうぜ!」
おれは笑いを堪えながら、河川敷を駆け上がった。




