4 シュヴァルツと追跡者
「僕たちは悪魔じゃありません。それは入学試験で証明されたはずです。なのにどうして僕たちまで拒まれるんですか」
「最近A級祓魔師が連続で死んでるのは知ってんだろ。あれは絶対悪魔どもの仕業だ。だからオレは祓魔師にスパイがいると踏んでんだ」
「スパイって、副館長は祓魔師を疑ってるんですか?」
「うっせェな、今回だけは許してやるって言ったろ。次からはもう適用だ。言っとくが、オレがいない間に入ろうったってそうはいかねェぞ。最強の防犯カメラも取り付けたからなァ、今日は特別に見せてやるよ」
シュヴァルツは扉を少し開け、天井を指差す。
モルディオはセヴィスに視線を向ける。
覗いてみると、そこにあったのは多数の監視カメラだった。
「何だこれ、初めて見た」
ハミルが目を見開いている。
設置されているカメラは首が長く、常に奇妙な動きをしている。
従来のものとは全く異なっているのだから、ハミルが驚くのも無理もない。
「こいつから逃れることはできねェ。今度から勝手に入ったら剥奪すっからな」
「じゃあ最後に一つだけ質問させてください。館長はいつ帰ってきますか」
「館長は平和の為に世界中を回ってる。テメーらに会ってる暇なんてねェよ」
一番聞きたかったことを、やっとシュヴァルツが吐いた。
しかし、シュヴァルツが言いたいことが分からない。
頭の中には疑問符が大量に浮かぶだけだ。
「平和の為って……」
「万年赤点のスレンダには分かるわけねェよ。じゃあな」
扉は勢いよく閉められた。
しばらくの沈黙の後、ハミルは大きくため息をついた。
「何だよ、あれ。意味分かんねえ」
「余程見られたくないものがあるみたいだね」
そう言ってモルディオは踵を返す。
「あっ!」
突然ハミルが両手を叩いた。モルディオの言葉で何か思い出したらしい。
「おれ、言うのすっかり忘れてた」
「何?」
三人はほとんど同時に廊下で立ち止まる。
「前に千里眼で見たんだ。館長室の本棚は隠し扉になってて、地下室がある」
館長室から地下室に繋がる扉がある、ということだろうか。
セヴィスには全く検討がつかなかった。
「そんなこと知ってるなら……もっと早く言ってくれないかな」
モルディオはどこか期待する目で言った。
「間違いねえ。あそこからウィンズは出てきたんだ」
そうハミルが言った時、彼の服から着信音が聞こえてきた。
「もしもし親父?」
ハミルは二人の前で電話を始めた。
相手はミストらしい。
「えっおふくろの誕生日プレゼント? 分かった、すぐ行く」
電話をしていたのはわずかな時間だった。
「悪い、親父が予約してたおふくろの誕生日プレゼント、取りに行かないといけなくなったから先帰るぜ!」
ハミルは携帯電話をしまうと、廊下を走り、階段を駆け下りていった。
「お母さんの誕生日プレゼント、か。おかげで、後で君を呼び出す必要がなくなったよ」
モルディオの言いたいことはなんとなく理解している。
セヴィスはハミルが階段を駆け下りる音がしなくなるのを待ち、一度周囲を見渡す。
「まさか館長室に侵入するのか?」
「もちろん。むしろしないと何も分からないままだよ。だから学園が冬季休みに入るまでにしたいね」
モルディオは即答した。
冬季休みに入るまで、つまり明日までということだ。
「お前、一体何がしたいんだ?」
「軽く説明した方が納得してくれそうだから、説明するよ。僕がこの学校に入った当初の目的は、事件の捜査を王族に懇願することだった。まず王族に会うには、それだけの地位が必要なんだ。そのうちの一つが美術館長で、美術館長に会うには祓魔師にならないと厳しい。あと僕たちの代わりのS級も気になったから、僕はこの学園に来た……っていうのは前に話したね。
最初は館長に頼もうかと思ったんだけど、美術館の上層部は信頼できないってすぐに気づいたんだ。だからクロエの悪事を暴くことで館長の地位を下げて、王族に会おうと思った。捜査をしてもらわないと、あんな戦闘訓練を受けさせられた納得がいかなかったからね。
で、その当初の目的はもう達成されたんだけど……クロエの悪事を探るうちに、今度はグロウとか悪魔全滅計画とか出てきた。グロウが事件の犯人なのはもう確実だし、彼らの計画を破綻させることが僕の復讐に繋がるんだ。だから僕は『イノセント・スティール』を網羅する。それが今の目的なんだけど、そんな時に秘密の地下室なんて話聞いたら、やっぱり黙っていられないんだよね」
そんなに長々と話すより、最初からグロウの計画を暴くと言ってくれればいいのに、とセヴィスは思った。
だがクロエにあんなことを言われたせいか、グロウの計画を暴こうと思い始めているのはセヴィスも同じだった。
「ただ、僕だけじゃ無理だね。変わった監視カメラだったし」
「あれはアリュール式追跡型監視カメラだ。通称は確か『デモニック・チェイサー』。留守の家への侵入者を映すことに特化した最新機種で、一度人間を捉えたら顔を映し続ける」
「変な名前だね。で、突破口はある?」
このモルディオは本当に退くという言葉を知らないのだろうか。
未来が分かるので、退くという判断を下すまでに未来を変えているだけなのかもしれないが。
「デモニックは人間の温度で感知するんだ。だからあれの感覚を一度狂わせて、その間に通り抜けるか壊すかしないと、顔を映される」
と、セヴィスは端的に説明した。
「壊したら僕たちが侵入したことが一発でばれるね。じゃあ通り抜けることになるかな?」
「ああ。でもあれの感覚を狂わせられる時間は短いんだ。仕掛けられてるのがデモニックだけなら、カイロか何かを部屋に投げて作動させて、その間に真下を走るだけで済む。でもあの館長室にはモモン式レーザーもあった」
「モモン式は確か、ラムツェルで僕も通り抜けたね。あれも温度で感知するんだっけ」
「どっちも単体ならたいしたことはないけどな、両方くると厄介だ。デモニックを狂わせる為に下手にカイロを投げたら、今度はモモン式が発動してブザーを鳴らされる」
「そんな時、怪盗フレグランスはどうするの?」
どうしてこいつはそんなに嬉しそうな顔で聞いてくるのだろう。
セヴィスは頭をかく。
今見たばかりの防犯カメラの群れを通り抜ける策など、すぐに思いつくわけがない。
怪盗フレグランスという誰かがつけた名前は変な影響力を持っており、時にそれはフレグランス本人をも困らせる。
フレグランスは警察の偏見もあって、賢い女泥棒ということにされている。
そのせいか、いつも照明や防犯システムに細工しているのではないかと言われる。
しかし、それは誤解だ。
実際セヴィスは怪盗と呼ばれる程の頭は持ち合わせておらず、防犯カメラに細工したこともない。
下見には行くが、調べるのはカメラの種類と配置だけ。
防犯システムの死角を潜り抜けるのに利用するものは、自身の運動神経と電撃の能力。
ほとんどこの二つだ。
「モモン式の死角にカイロを投げ入れて、デモニックの感覚を狂わせる。で、その間に潜り抜ける」
セヴィスが出した結論は、あまりにも簡潔だった。