34 天秤にかけられる男
こんなことになるなら、最初からモルディオを連れて来るべきだったかもしれない。
いや、モルディオはこの会話を予め知っていて、あえて来なかった。
セヴィスは勝手にそう思い込んだ。
「モルディオの目的はイノセント・スティールの網羅と、グロウの壊滅だ」
「はあ? あいつとグロウって何かあんのか?」
グレイはグロウの名を出しても反応した。
世の中には彼のようにグロウを知っている祓魔師が何人いるのだろうか。
「グロウに対する復讐らしい。でもあいつがグロウに何をされたかは、俺もよく知らない。それと、あいつの魔力権は未来予知」
「はーん、全部繋がったぜ。あいつが新生児誘拐事件の生き残りか」
グレイは興味深そうにうなずいた。
「知ってたのか」
「クロエがしつこい程手下に言ってたぜ。あの事件にはベルク、フラン、レイラの三人の生き残りがいて、ベルクが世界で唯一未来予知を持ってるから、奴を野放しにしたグロウが始末できねーって話をよ。てことはあの事件が、モルの復讐の理由だな。よし、これですっきりしたぜ」
グレイから全部聞き出すつもりで来たのに、逆に敗者を満足させてしまった。
セヴィスは自分の口の軽さを情けなく思った。
「じゃあ約束通り、教えてやるよ。イノセント・スティールってのは、サキュバスを殺す計画だ。サキュバスが死ねば、この世界にいる悪魔は全員死ぬからな」
「全員死ぬのか!?」
「おうよ。悪魔はもちろん、てめーらの魔力権も消えると思うぜ。あと所持者も半分悪魔だ。ジュエルバレットでも飲まねー限り、生きていけねーだろ。俺様はてめーのおかげで生きられるけどな」
グレイの言い草からすると、ジュエルバレットは悪魔の血を消す効果があるらしい。
もしサキュバスを倒すとしたら、先にミルフィにも飲んでもらわないといけない。
悪魔の全滅より先にミルフィのことを考えてしまうのは、やはり彼女が所持者だからなのだろうか。
「サキュバスはただの武器じゃ透けて殺せねえ。サキュバス自体も強ええし、直接素手で倒すのもきつい。でもサキュバスはダイヤなら触れる。
だからグロウは、ジュエルバレットを使ってダイヤを加工して、サキュバスを殺す為の武器を作ろうとしてんだ。この武器も相当ヤバいらしくってな。グロウはダイヤを盗めて、かつこの武器を扱える人間を作る為に、事件とか起こして強いドロボーを育てたって話だぜ。そのドロボーに関しては俺様も知らねーけどな。ベルクが正体を知ってるってローズも言ってたし、怪盗フレグランスだったりしてー」
「何でグロウは盗むっていう手段をとったんだ? 他国に交渉とか、他にも方法はあるだろ」
「さあな。サキュバスっていう存在自体を他国に知られたくなかったんじゃねーのか、ってクロエが言ってたけどな。その理由は知らねえ」
グレイはおどけた口調で説明し、どこからか取り出した例のぬいぐるみを握りつぶして遊びだした。
「グロウはジュエルバレットを持ってるのか?」
「麻薬夫妻が死に際にてめーに託したってことは、ほとんど持ってねーだろ。てめーはあれを俺様以外にも使っただろ? 麻薬夫妻が死んだ以上、持ってるのはてめーだけだ。近いうちに奪いに来るんじゃね?」
「じゃあグロウは所持者を使わないのか?」
「所持者を使おうとしてたのはクロエだけだ。グロウは所持者をクロエの手下とか、未完全サキュバスとしか考えてねえし、サキュバスと一緒に死んでもいいと思ってやがる。でも邪魔になるなら始末しに動くだろーなぁ。俺様はもう所持者じゃねーから、関係ねーけどよ。
まあクロエの言い分からして、この世界にいる所持者はあの女一人だ」
あの女とは、ミルフィのことだろうか。
ナインが始末しに来たことを考えれば、ミルフィ一人だろう。
セヴィスはサキュバスに対し何もしないつもりだった。
だが、このままではグロウが勝手に動いてサキュバスを殺してしまうかもしれない。
そうなると、悪魔と共に彼女が死ぬ。
それを防ぐ為に、出来るだけ早く彼女にジュエルバレットを飲ませなければならない。
それを防ぐ為、グロウはセヴィスが殺しにくいナインを使ってミルフィを殺そうとした。
放っておくと、また来るかもしれない。
そんなことを考えていると、
「間違っても、そいつにジュエルバレットを使おうとか考えるなよ。新しいジュエルバレットを作る以外の、サキュバスを倒す術がなくなっちまうからな。でも麻薬夫妻はジュエルバレットのレシピを完全に抹消したって聞いたぜ。だから大人しくジュエルバレットをグロウに渡した方が楽だと思うぜ。逮捕された直後にクロエが知ったことらしいが、グロウはヴィーナ・リリーの『覇者の塔』に拠点を構えてる。そこに行って渡せばてめーはもう何もしなくていいだろーし……まずそいつも赤の他人だろ」
グレイは考えていることを見透かしたように言ってきた。
グレイはあくまで悪魔の全滅を望んでいる。
悪魔の全滅でミルフィが死のうと、知ったことではないのだろう。
だが、セヴィスはそれをしたくない。
グレイはセヴィスが麻薬夫妻の息子であることしか知らない。
だから簡単に渡せと言えるのだ。
たとえセヴィスがグロウにジュエルバレットを渡したとしても、S級祓魔師兼フレグランスである以上、楽にならないだろう。
それどころか、グロウに拘束されて何をされるか分からない。
やはりジュエルバレットは当然、ダイヤモンドもグロウに渡してはいけない。
イノセント・スティールの完遂は彼女の死を意味する。
それにダイヤモンドを盗めば、グロウは彼女を殺すどころではなくなるかもしれない。
この日、この瞬間、セヴィスはダイヤモンドに手を出すことを決めた。
悪魔の全滅ではなく、彼女を守る為に。
ダイヤモンドを盗んだ、その先にあることなど、このときは全く考えなかった。
「ここから先はギルティの話だ。クロエの実験で、ダイヤがジュエルバレットじゃ完全に消滅しねえってことは分かった。だからS級を大量に食った所持者にダイヤを食わせて、出てきたサキュバスをアフター・ヘヴン内で取り押さえるんだ」
「サキュバスが出てくる……?」
「ダイヤを食ったら中にサキュバスが現れるってのは、あくまでクロエの推測だ。で、ジュエルバレットでアフター・ヘヴンごと消滅させるのがギルティだ。でもこれも失敗する確率が高かったから、人工のアフター・ヘヴンを作る実験もやってたみてーだな。
でもクロエは世界中のダイヤを所持者に食わせたらどうなるか、分かっちゃいねーんだ。仮にそうしたとしたら、てめーと会ったサキュバスはどーなるんだって俺様は思うわけよ」
確かにそうだ。
そもそもサキュバス自体がおかしい。
『宝石』は死んだ悪魔のなれの果てだ。
だがサキュバスは存在しているにも関わらず、ダイヤモンドがある。
これは一体どういうことなのだろうか。
そんなことを考えていた時、館内放送のチャイムが鳴った。
『トーナメントは一時中断。A級以上の祓魔師は至急二階会議室に集合。繰り返すー。トーナメントは一時中断』
棒読み加減のシュヴァルツの声が、館内に響く。
「一時中断? どーいうこった」
グレイは首を傾げる。
「とりあえず行ってくる」
まだ聞きたいことが山ほどあるのに。
セヴィスは制服のポケットに手を突っ込んで、会議室に向かった。




