33 女王の性質、堕落
闘技場がトーナメントで盛り上がっている最中、セヴィスは一人で美術館の地下にやって来た。
モルディオには何も言っていない。
どうせ会話の内容は筒抜けているだろう。
広い医務室で寝ているのはグレイ一人。
それは他の出場者がまだベッド送りにされていないことを意味する。
しかし奇妙だ。
いつも当たり前のようにグレイの周りにいた女子が一人もいないのだ。
「毒は大分消えただろ。知ってることを全部話せ」
セヴィスはベッドの隣に置かれた椅子に座り、ナイフを取り出す。
「俺様の知ってることなら全部話すぜ。だからこいつはいいだろ」
と言いながら、グレイは爪に突きつけられたナイフを押し戻す。
仕方なく、セヴィスはナイフをしまった。
「随分あっさりしてるんだな」
「てめーに情報を渡すことは損にはならねーし、悪魔の全滅を望む俺様からすればむしろ得だ。俺様はアフター・ヘヴンがないとただの人間だ。バレットは飲んでねーから魔力権も使えねーし、女の子ももう寄ってこねーんだよ」
「女が寄ってくることとアフター・ヘヴンって、関係あるのか?」
「あるぜ。アフター・ヘヴンは、サキュバスと人間の間に生まれた子どもにしか現れねえ。異性を惹きつけんのは、サキュバスの性質を半分にしたようなもんだ」
サキュバスと人間の間に生まれた子どもが所持者になるということは、ミルフィの母もサキュバスということになる。
それに異性を惹きつけることがサキュバスの性質とは、どういうことだろう。
「意味分かんねーって顔してやがるな。俺様もサキュバスがどんな奴かは知らねえ。ただ所持者の性質を、より強力にした感じのやつを持ってるってことは知ってるぜ」
「所持者の性質って他に何があるんだ?」
「まず『宝石』を食べて、死んだ悪魔を体内に蓄える。奴らとは夢で会える。で、奴らを納得させれば魔力権が貰えるけどよ、できなかったら操られる。あとは異性を惹きつけることだ」
グレイは布団を蹴っ飛ばすと、ベッドの上で胡坐をかいた。
『宝石』に関する話はミルフィに聞いたが、グレイは彼女の知らないことも知っていそうだ。
「アンタの周りに女子が集まったのは最近じゃなかったか」
「仕方ねーだろ。俺様は最近までずっと悪魔に操られてたんだからな。操られてる間は、なぜかその性質が発動しねーんだよ。操ってる悪魔だって、自分の魔力権しか使えねーんだ」
「俺が一年のときに見てきたアンタは別の悪魔だったってことか」
「そういうこった」
これでグレイが女に囲まれていたことと、今年トーナメントを勝ち抜いた理由は分かった。
だが、まだまだ聞かなければいけないことがある。
「アンタはそれをどこで知ったんだ」
「元々俺様は自分が所持者とか知らなかったんだぜ。最初は祖国でスカウトされた、ただの子供モデルだった。でも雑誌の一ページに載っただけで、異常な数のファンがついたんだ。それに目をつけたクロエが俺様に『宝石』を食わせたんだ。そしたら『宝石』が溶けてな、俺様は捕えられて、監禁された」
「クロエが?」
「あいつはギルティ・スティールの為に所持者を必要としてたんだ」
ミルフィが監禁されていた理由と同じだ。
しかしミルフィと比べると、グレイはどうして自由の身となっているのだろう。
「よく解放されたな」
「さっき言っただろ。俺様はクロエの実験のせいでおかしくなって、ずっと他の悪魔に乗っ取られてたんだ。それで自我も保てなねーような奴はいらん! ってクロエに捨てられたんだ。クロエの計画には強靭な精神が必要なんだってよ」
「クロエの実験って?」
「ああ、俺様はクロエの実験台にされた。アフター・ヘヴンに関する知識もほとんどそこからだ。
クロエは俺様に太るようなもんばかり食わせて、俺様を醜くした。それでもまだモテるか確かめてきたんだ。その後はサキュバスと同じ能力があるか確かめる為に、知らねー女とキスさせてきた」
「キス……? どうして?」
「クロエが言うには、サキュバスはキス一つで男を溺れさせることができるらしい。サキュバスとキスした男は、離れられなくなっちまって、快楽だけを求める人間に堕ちるらしいぜ。で、あいつの予想通り、所持者にもそれは受け継がれてた。サキュバスみてーに虜にはできねーが、所持者とのキスはすげー気持ちいいんだとよ。一度でもしたらまたしたくなっちまうとか聞いたぜ。
俺様は彼女がいるからこの学園の子にキスしてねーけど、もう普通の人間になっちまったんだよな。なんだかさみしいぜ。でもこうなったらよ、サキュバスとか所持者のキスの味ってやつが気になっちまった」
グレイの話で、奇妙な熱と悦楽の正体と、モルディオが見ていた資料の内容はなんとなく察しがついた。
ミルフィが抵抗した理由もこれで辻褄が合う。
結局自分は、ミルフィの持つサキュバスの性質に溺れていただけなのかもしれない。
そうでもなければ、ランドのいる場所で大胆に彼女を抱きしめるような、柄にもないことはしなかったはずだ。
奇妙な熱と悦楽は、サキュバスの性質が与える快楽への依存だった。
それに今更気づくなんて、鈍い男だ。
「それ、したらどうなるんだ」
「何でそんなこと聞くんだよ」
「……アンタ以外にも所持者がいるかもしれないだろ」
「そんなにいねーとは思うけどなぁ」
グレイは、怪訝そうに頷いた。
本当は、自分への影響が知りたいだけだ。
「一回程度なら後で戻るみてーだ。そこは俺様もよく知らねーけど、やりすぎたらサキュバスみたいに依存しちまって、離れられなくなっちまうんじゃねーの?
あと、悪魔に所持者の性質は効かねーんだと」
彼女から、離れられなくなる。
一見いいことのように聞こえるが、それだけを求める迷惑な存在にはなりたくない。
「で、俺様も麻薬夫妻の息子であるてめーに聞きてーことがあるんだけどよ。俺様はさっき負けたわけだし、てめーは一筋縄じゃ教えてくれなさそーだ。だから交換だ」
「交換?」
「俺様はギルティ・スティールの全貌を話せるし、イノセントの方も少しだけ知ってるぜ」
ギルティ・スティールに関してはクロエに軽く聞いた程度だ。
イノセント・スティールに至っては皆無に近い。
これは喉から手が出る程欲しい情報だ。
「何を教えればいいんだ? サキュバスと話したことか? 言っとくが、俺はアンタより多くは知らないぞ」
「サキュバスじゃねーよ。俺様が知りたいのはあいつ、モルの目的だ。てめーなら知ってるだろ、あいつの正体」
モルディオの正体とは何のことだろう。
新生児誘拐事件のことだろうか。
「あいつの魔力権は無効化なんかじゃねえ。俺様は無効化も持ってたけど、隠し通してきたから分かんだよ。あいつは魔力権を気づかれねえ範囲で避けてる。まあそれもそろそろ限界だと思うぜ。だからあいつの本当の能力を知りてーんだよ。隠すって相当だろ。アフター・ヘヴンじゃねーとは思うけどよ」
言ってもいいのだろうか。
だが、グレイが持っている情報はもっと重要だ。




