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INNOCENT STEAL -Last GAMBIT-  作者: 豹牙
五章 悔恨の被策
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32 狂気のポイズン

 チェルシーは作戦通り、観客に見えないようにする為、水壁を二つ生成した。

グレイは上を見上げる。

この中にいるのは自分とセヴィスだけだ。


「俺様は気にすんな!」


 グレイは二度目の自分の声が、近くから発せられていることに気づいた。

まさかこいつ、俺様の真似してんのか。

今チェルシーに指示を送ったのは、俺様じゃなくて、セヴィスだったってのか。


「てめぇ」


 吐き気が少し退いた頃合を見て、グレイはよろよろと立ち上がる。


「俺様の真似、すんじゃ、ねー」


 グレイはもう一度炎の魔力権を発動しようとする。

だが、先程と同じように発動しない。


「なっなんで出ねーんだよ」

「何が出ないんだ。アンタの魔力権、浮遊じゃなかったか」


 こいつ、俺様の魔力権が浮遊だけじゃねーってこと、知ってやがった。

グレイは自分が魔力権を出せない理由を考えることに精一杯で、攻撃を忘れていた。


「どうだった? ジュエルバレットのお味は」


 グレイの声真似をしていた時とは打って変わって、セヴィスは地声で言ってきた。

ジュエルバレット、グレイはその名を知っている。


「ジュエルバレットって、てめぇ!」

「そうだ。これでアンタのアフター・ヘヴンは終わった」


 セヴィスは立ち上がり、グレイの手に向けてナイフを投げてきた。

グレイはとっさに避けたが、武器である長い鉤爪は、小指の部分だけ折れてしまった。


「何で、て、てめぇがそれを持ってやがる。それは……麻薬夫妻が作ったやつだ。クロエでさえ手に入れられなかったんだぞ」


 くそ、魔力権が使えなかったら、俺様はただの人間だ。

鉤爪は浮遊と氷の魔力権のコンボがあるからこそ扱える武器。

最凶を支える足がなくとも、セヴィスのナイフの威力は衰えていない。

ただの人間が、S級に勝てるわけがない。


「別に欲しかったわけじゃない。あいつらが死に際によこしてきたんだ」

「てめぇ、あいつらとどーいう関係だ」

「麻薬夫妻は俺の両親だ」

「なっ」


 麻薬夫妻の息子は、スラム街でグロウの実験台にされたと聞いている。

セヴィスはハミルの幼馴染だ。

ハミルはスラム出身ではない。

この二人の接点がどこにある。


「アンタ、クロエに関して何か知ってそうだな。細かい話は後でたっぷり聞かせてもらうか。というわけで解毒剤をよこせ」

「嫌だって言ったら?」

「爪を剥がす」


 グレイはその場に座り込む。

顔が青ざめていく感覚だけが、むなしく残った。


***


「えっ!?」


 水壁を作ってすぐに、チェルシーは声をあげた。

おかしい。

グレイの作戦では、モルディオをこの水壁の中に入れ、グレイと二人で倒すはずだった。


 だがモルディオが剣を持ってこなかったことによって、それは崩れた。

この水壁の中にいるのはチェルシーだけだった。

つまり、あとの三人はもう片方にいるということだ。


「やめろうあああっ!」


 壁の向こうから奇妙なうめき声が聞こえた。

声がしたのは、先程グレイが立っていた方、右側だ。

チェルシーは壁を解除しようとする。

ところが水壁に小さな穴が開き、チェルシーの左側をすり抜けた。

ここで水壁を解除するのは危険だと勘が告げた。


「どういうこと!?」


 水壁に無数もの穴が開けられる。

この穴の大きさはナイフではない。

ナイフではない以上、跳ね返せない。


 チェルシーは思い切って水壁を解除する。

倒れているグレイを見つけて息を呑むとすぐに、腕から血が噴出した。


「やっぱり解除したね。どこまでも甘いんだよ、君は」


 今まで水音で聞こえなかった、引き金の音。

後ろを見ると、モルディオが拳銃を向けていた。

最初から水壁の外にいたらしい。


「拳銃を使えるのは知ってたけど……っ!」


 驚くべきなのは、その正確さだ。

手に掴んだ小動物をいたぶるように、弾丸はわざと急所を外してくる。

それを受けたとき、忘れかけていた狂気を思い出した。


 誘拐された後、何度も見てきたベルクの癖。

確実に止めを刺せるまで相手を痛みつけ、嬲り殺す。

学園に入学して優等生という噂を聞いてからは、改心したのかと思っていた。

昔から避けてきた狂人ベルク=グラファイスと、嫌味ばかりで、どこか馬鹿にしていた優等生モルディオ=アスカ。

この二人が同一人物であることに、改めて気づかされた。

だが、二重人格とはまた違う。

モルディオが癖を出さなければ、中身は結局ベルクと同じである。


 観客の喜ぶ声が聞こえてくる。

近距離系であるモルディオが拳銃を使ったことに対する声か、グレイが倒れていることへの声かは知らないが、不愉快であることには変わらない。

チェルシーはすぐに指をモルディオに向け、水弾を撃つ。

簡単に避けられた。

飛んでくる弾丸は、自分の足に命中する。


 昔から、彼には勝てなかった。

グロウの審議で彼と当たる度、嬲り殺されるのが怖かった。


「試合終了!」


 審判が、ゴングを鳴らした。


「なんで、どうして!?」


 チェルシーはグレイに駆け寄る。

グレイは破れたシャツを掴んで激しく息を切らしていた。

審判はグレイが気絶したと判断したらしい。


 このグレイの反応は見覚えがある。

ハンバーガーを食べていた時、突然体調不良を訴えたハミルと同じだ。


「ペアの一人が気絶したから終わったんだろ。何か文句あるのか?」

 とセヴィスは言う。

その手に握られているのは、空き瓶だ。

グレイの爪は一つが剥がれ、シャツは不自然に破れている。

解毒剤が奪われた明らかな証拠だった。


 モルディオが制服のブレザーを開けていたのは、隠していた拳銃を取り出しやすくする為だった。

それに気づかなかったチェルシーは、作戦通り壁を作り、グレイを隔離してしまった。

その結果、グレイは観客に見えないところで拷問を受けた。


「爪まで剥がすなんてひどいよ……」

「先に毒を盛ったのはこいつだ。俺はこのクソにかなり腹立ってるんだ。それでも毒のことを公表しないんだから、むしろ感謝してほしいもんだな」


 そう言って、セヴィスは何事もなかったかのように、自分の足で階段を上がっていった。

確かにグレイがセヴィスにやったことは許されないことだ。

だが、そこまでする必要がどこにある。

チェルシーはグレイを治療班に任せ、自分の席に戻った。


 ベルクは何も言わなかった。

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