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INNOCENT STEAL -Last GAMBIT-  作者: 豹牙
四章 反撃の紫怨
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儚き背徳 -Vestige- ③

 この紫色の一匹狼はぶっきらぼうで、協調性は一切ない。

スポーツをよく分かっていないのか、開始地点から全く動こうとしない。

一緒にいたおれは何度もあいつについて聞かれた。

そんな時、おれはいつも「あいつはスポーツとかあんまり得意じゃないんだよ」と勝手に答えるのだった。


 大会の最後に、クラス対抗で相手チームにボールをぶつけ、ボールが当たった人間は外野に回るという、いわゆるドッジボールと酷似した競技があった。

違うのは、ボールがやたら重いことだけだ。

おれたちB組の生徒は、最初から外野にいる人間として補助系の人間とセヴィスを選んだ。

理由は一つ、セヴィスがこのゲームのルールを分かっていないからだ。


 あいつがいなくたって、近距離系が強かった一年B組は勝ち進んだ。

自分で胸を張って言える程、おれも活躍していたと思う。

だが、準決勝戦でクラスの人間が負傷してしまった。

決勝戦でモルディオたちA組と当たったB組は、仕方なくあいつを投入した。


 クラスの人間に頼まれたおれは、セヴィスにルールを説明する。


「いいか、相手がボールを投げてきたらとにかく避けるんだぞ。もしお前がボールを取ったら、おれにくれ」


 自分にパスするよう促すのが、一番楽な方法だった。

しかし、それを聞いたセヴィスは納得がいかないような表情をしていた。


「あのな、お前ルール分かってないだろ。モルディオがおれらの逃げるコースを気味悪いぐらい読んでくるんだよ。実際投げるのもほとんどあいつだし。だからおれがあいつを狙う」

「こっちの動きが読めるのなら、避けたって意味がないだろ。それにこっちが投げてくる場所も分かるんじゃないか?」

 と、セヴィスは言った。

確かにそうかもしれねえけど、棒立ちしてたてめえに何が分かんだ。

まずルールも聞こうとしないくせに、何でそんな偉そうに勝ちにこだわってんだよ。


 おれはため息をついて自分の持ち場につく。

さすがにそこまでできる人間はいないし、もしモルディオがボールを持ったらセヴィスを盾にすればいいや、とおれは思っていた。



 すぐに試合が始まった。

最初におれがボールを投げる。

それを取ったモルディオは少しの間おれの動きを凝視すると、前に踏み込んで投げた。

おれは早速セヴィスの後ろに隠れようとした。

だが、その前にボールはおれの腕に当たっていた。


「うそだろ、ここまで読んでんのかよ」


 それからはA組がモルディオを残しているのに対し、B組は主戦力をほとんど失い、遠距離と補助だけになった。

先程からモルディオが近距離の人間を観察しているように見えたが、気のせいだろう。


 モルディオは現在内野にいる人間の中で一番強そうな者から当てていた。

案の定セヴィスは眼中になかった。


 そしてついに、B組はあいつともう一人を内野に残すという状況になった。

もはやモルディオは手を抜いていて、軽く投げてくる。

それでもクラスの人間は避けられなかったのだが、セヴィスはそれを両手で取った。


「外野に投げるか、後ろのやつにぶつけろ!」


 ほとんどの人間が諦めていたが、何人かがそう叫んでいた。

たかがスポーツだが、この学園での争いは日常茶飯事だ。

やり返さないと気が済まないのだろう。

だが、あいつは全く言うことを聞かず、モルディオに向けてボールを片手で投げた。


「っ!」


 今まで簡単に取っていたモルディオが思わず避けた。

凄まじい速さのボールが外野にまで飛び、遠距離系の女子に当たった。


 その女子は奇しくも、あいつのペアであるルビアだった。

ルビアは弾丸のようなボールを顔面に受けて、頭部を骨折した。

それから試合は中止になった。


 ルビアは打ち所が悪く、半身麻痺を起こしてしまった。

それはもはや祓魔師として戦える身体ではなく、やむを得ず転校という結末を迎えた。

それを聞いたクラスの人間は一斉に彼を非難した。

無理もない。


「お前、さすがに謝った方がいいぞ」


 あの後、教室中の人間が見つめる中、おれはセヴィスに言った。

すると、とんでもない返答が返ってきたのだ。


「どうして俺が謝るんだ?」

「えっ」


 全員が、一斉に言葉を失った。


「あれぐらいの攻撃を避けられない祓魔師なんて、後で悪魔に殺されるに決まってる。命を捨てる覚悟がない奴が、死ぬ前に祓魔師をやめられるんなら、むしろよかったんじゃないか?」


 あいつは一人の人間の将来を捻じ曲げたにも関わらず、謝罪もしなかった。


「てめえいい加減にしろよ! 弱いくせに!」


 そう言って殴りかかろうとした生徒もいたが、これを暴力で解決するのは間違っていると思ったおれは止めた。


「それ、あの子にそっくりそのまま伝えるぞ。いいんだな」


 このおれの一言で、教室での乱闘だけはなんとか防げた。



 それからどれだけの非難を浴びても、セヴィスは落ち込む素振りなど全く見せなかった。

元々クラスに溶け込もうともしていなかったのだから、失うものもない。

おれもあいつと今まで通り話すべきか迷った。

確かに暴力はおかしいが、謝らないセヴィスもおかしいと思っていたからだ。


 この件はニュースになったが、あいつの名前は公表されていない。

報道されたのは、男子候補生がボール一つで女子に怪我を負わせたことと、その男子候補生が相当の問題児だということだった。

曖昧な情報ではあったが、世論は男子候補生か女子かの非難かで分かれた。

あいつを非難する者はクラスの人間と似たようなことを言い、女子の方を非難する者は決まってあいつと同じようなことを言った。

そしてその男子候補生が誰だかは未だに知られていない。


 セヴィスへの非難の嵐はすぐに収まった。

一週間後に初めてのトーナメントを控えていたこともあったが、それだけではない。


「彼の言う通り、祓魔師は命を掛ける覚悟でなるものだから、全ての責任はわたしにあります。トーナメントで怪我をさせるのは普通なのに、スポーツでの怪我は普通じゃないのは間違っていると思います。避けられなかった、わたしが未熟だったんです」


 これはルビアが、友人に伝えられた彼の言葉を聞いて書いたもので、テレビでも放送された。

これで世間の討論の嵐はあっさりと静まったが、あいつとクラスメートの間に隔てられた境界線はまだ残っていた。


 この言葉で、祓魔師が命を簡単に失う仕事だと気づかされた人間も少なくない。

実際彼に賛成している生徒もいる。

それはおれもよく分かっていた。


 あいつの実力は、既にこの大会で顔を出していた。

だが、非難に夢中で誰も気づかなかった。

今思えば、拳銃を投げて悪魔を倒したという話で気づくべきだった。

入学した時から、あいつに実力を隠すつもりなんかなかった。

見せつけるつもりもなかったからだ。


 この時、おれはやっとあいつについて疑惑を抱いた。

あの細い体から、一人の人生を壊すだけの力がどこにあるのだろう。

その答えが、来週のトーナメントですぐ分かるような気がした。

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